残業に辟易しつつもどうにか家にたどり着いた深夜、自分の部屋で一人ネクタイをゆるめていると無性に童話が読みたくなることがあります。今晩何となく本棚から取り出したのは
Oscar Wildeの
『The Happy Prince』でした。しかしOscar Wildeは凄いですよね。1行目からして「High above the city, on a tall column, stood the statue of the Happy Prince.」ですから。映画であれば幸福の王子が俯瞰する市街をひきで撮って、カメラを像に向けるような絵が目に浮かぶようです。こんな文章が書けるようになるには何年英語を勉強すれば良いのでしょう。ということで今晩は「どうすれば美文が書けるようになるのか」という果てしない課題に対して、これまで僕が思い悩んできた過程を告白してみたいと思います。
別段作家やライターになりたい訳ではありませんが、きれいな文章が書けることは悪くないことだと思っているので、それらしき本を何冊か読んだことがあります。中でも特筆するに値するのはまず
三島由紀夫の『文章読本』と
谷崎潤一郎の
『文章讀本』です。前者は確か雑誌「主婦の友」の付録をもとに書籍として出版されたもので、かなり分かり易く三島流「文章のなんたるか」が書かれています。個人的にはあまり好きな内容ではないのですが、好き嫌いは別としても納得させられるものがありますね。他方、
谷崎潤一郎の
『文章讀本』はというと「論理が破綻している」というような否定的な声を聞いたこともありますが、個人的には
三島由紀夫の『文章読本』よりも好きな内容です。ロジックを超越した「日本語の美しさとは何か」がつまっていて、本書を読めば誰しも美しい日本語を書きたくなることでしょう。
評判が良い割に読んでがっかりしたのは
『理科系の作文技術』です。正直、論文やビジネス文書を書くのであっても
『理科系の作文技術』が目指す日本語は美しくないと思います。ただ、ビジネス文書や技術文書を書く上で押さえるべきポイントが何かという点についてはいくつか参考になる記述はありました。
ビジネス文書の作成という目的であれば、僕のイチオシは何といっても東洋経済新報社の
『ロジカル・シンキング』ですね。この本は戦略系コンサルティング・ファームの雄マッキンゼー&カンパニーでエディティングをしている方が論理的なコミュニケーションのコツを伝授してくれるものです。文章自体の美しさを教えてくれる類のものではありませんが、プレゼンテーション資料や電子メール等ビジネス文書・技術文書を書くときのポイントを押さえる目的であれば
『理科系の作文技術』の何十倍も価値があると感じました。
# 値段も4倍くらいの開きがありますが...
あと、マニアックな勉強法なのかも知れませんが、辞書を読むというのも結構ためになるような気がします。最近のお気に入りは、ほとんど駄作なく辞書を出し続ける大修館の
『明鏡国語辞典』とIT業界のデファクト・スタンダードである三省堂の
『新明解国語辞典』です。いずれの辞典も百科事典のような表層的・総花的な記述を廃し日本語と真摯に向き合った語義を提示してくれるので、国語辞典にも拘わらず読み物として楽しめてしまいますね。
と、紆余曲折あったのですが、最終的にはやはり
三島由紀夫の『文章読本』にもある通り、美しい文章に沢山ふれて文章の美醜を見極める審美眼を養うのが一番の早道だという気がしてきました。僕がもっとも美しいと感じる日本語はやはり
谷崎潤一郎の日本語です。特に関西移住後の作品を読むと日本語が母語で良かったと思ってやみません。
そういえば「秘密」とよく似た
Oscar Wildeの短編(タイトルを失念してしまいました)がありますね。
谷崎潤一郎は東大英文科出身なので海外の美文家に酔いしれた一人だったのかも知れません。