ねこのにくきゅう「泣き虫おかん日記ー星が笑えばー」

あかいねこの
       ひとりごと 

百ヶ日法要

2011-04-17 21:24:26 | 日記
絵を描いた。好きな色 赤とピンクが使えない。
似顔絵教室には、行けた。まわりに圧倒されて、また何かたくらみを発想する気力がない。百ヶ日の事が気がかりだからだろうか。
この前までは、100日たてば悲しみも薄れるもんだと思って、一気に骨袋を縫う事ができた。泣かなかった。このまま悲しみのないなかで、
百ヶ日にお骨納めをしてしまった方が心の整理がついたかもしれない。(姑が1年はおいておけ、と言う事をきいたばかりに。でも墓は10月しかたたないからしかたないか。)ようやく死を受け止められたような気がする。それまでは、戻ってくるとかよみがえる事ばかり考えたいた。だから火葬場では、「死んでないから、そのボタンをおさないで!」と泣き叫び、くずれたいのをどんなに耐えた事か。
百ヶ日法要 仏花 枯れてない。黄白まんじゅう OK。
午前11時からだというのに、10時から集まる親族達もクルクルパーだ。せめて30分前でええやろが。
姑とはできるだけ顔をあわさず、はなしをしないようにしていた。どうせなにをしても気に入らないだろう。最後の会席で冷たい視線をつきさされた。はいはい、私が孫を殺した嫁です。こう開きなおれる事ができたのは、遺族の会のおかげかな。
 さてさて、ここで私の両親を登場させるか。健在ではあるが半分ボケボケである。「あの子は高校生で亡くなったんかいな。」と何回も尋ねるので、また悲しくなる。「もう!さっき言うたやろ!」と実の親なら声をあげて怒れる。帰りには「くつがない」ときた。おいおい自分のくつぐらい覚えておいてくれよ。あげくに、ご住職がまちがえてはいて帰っただと。ご住職は草履やからそんな事あるわけないやろー。
このボケ老人は、私1人で抱え込まなくても、姉、弟がいるから大丈夫だと思うのだが、弟は東京にいるし弟の嫁と私の母とはやはり相性があわない。姉とは、悲しみの中の私を「はやく立ち直れ。私がしっかりせなあかん」と往復ビンタをあびせるほどの暴言をいただいた。私は泣きながら「みんなから責められてるんや。私が死んだらええんやろ」「もう誰も死んだらあかんのや」と姉に言われてから少し距離をおいている。
 しばらく また誰とも会いたくない。たいへん疲れた。思い出さなければ、悲しくないのに。ボケ老人のように忘れてしまうのも、悲しい。

百ヶ日法要が終わって、月命日のお知らせをしていましたが、やめる事にしました。
息子のお友達の皆さま、忘れないでやってくださいね。
コメント (4)
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