■□■カムイミンタラ■□■

旅の話、仕事の話、色々と書いてます。。。

林檎と母

2009-01-26 19:19:58 | Weblog
最近、りんごスイッチが入った私。
むしょ~にりんごが食べたくなり青森のりんご農家のHPを
漁っていて思い出した。青森に友達がいる 。

早速、メールしてりんごを安く分けてくれる農家を紹介して
欲しいと伝えると、『りんごぐらい送っちゃる~』との返事。
シーズンが過ぎたために、味はいいが見た目が悪いりんごで も
いいならとのことだったので、遠慮なくいただくことに。

早速、送られてきたりんご大量~ 。
数えたら40個以上そして、甘くて美味しい 。

この友達は郵便局時代の1コ上の先輩で、部会が一緒の先輩の寮の
同室のコだった。私は1年ほど、寮に入ったけど、寮生活って
凄く楽しかった。旦那さんも郵便局の人で当時からよく一緒に 遊んだ。
彼女は山形出身なんだけど、旦那さんが青森なので 結婚して青森に帰てしまった。

一度だけ遊びに行ったことがある。
青森までの一気走り。もう二度とやりたくないね。笑。
TDM850に乗っていたから疲れはなかったけどね。

で、当時は長女の葵ちゃんだけが生まれていた。
現在は3人の女の子、葵、雅、桜。

『四女の桜』は、836グラムで生まれている。
836グラム・・・・・砂糖が1袋で1キロだと思えば
いかに小さいか想像できる。もちろん、NICU(小児の集中治療室)で
育ち、一時は625グラムまで体重が落ちた。

子供は大体、平均で3000グラム(3キロ)で生まれてくる。
その半分どころか4分の1もない。

友達は子宮頚管無力症といい妊娠を継続することが難しく
子供が出てきちゃう病気というか、体質というか、そういう 子宮なんだよね。

2人目のときは切迫早産で二ヶ月半の入院を経て出産。
3人目のときは、妊娠5ヶ月で生まれてしまい死産。
4人目の桜のときは、妊娠4ヶ月のときに大事をとって入院し
5ヶ月間入院する予定だったが、入院3ヶ月目で出産。

普通分娩でのリスクを考えて帝王切開で出産するはずだったが、
間に合わず普通分娩での出産。そして、頭蓋内出血。
これ以上、出血が広がれば脳に障害が残ると宣告され
その後、感染症にかかり、治まらなければ血液を全交換すると
言われたが、桜は生命力が強いコで全てをはねのけ成長した。

普通、低体重で生まれた子は、体の成熟が未熟なために
障害が残ると言われる。特に『目』。網膜の発達が未発達なために
最悪な場合は失明する。在胎週数34週未満、出生体重が1800g未満の
低出生体重児に起こり易いと言われているが、桜はそれすらも
はねのけ現在、どこにも障害が現れることなく成長している。

人の生命力の強さに感動するが、やっぱり母は偉大だな~って思う。

私が遊びに行ったときは、大姑、姑、舅と同居していたときで
全員で私を歓迎してくれて、舅さんは手書きの垂れ幕まで
用意してくれていて、この時、初めて大家族っていいな~って
思った瞬間だった。まぁ、家に戻ったら様々な誘惑にすっかり
そんな気持ちも時空の果てに吹っ飛んで行ったけどね。笑。

今年の夏は久々に青森に寄ってから北海道に渡る予定である。
それまでに元気でスクスクと育って欲しいと願う3人娘。

そんでもって、なんと、この友達から頂いた年賀状が
『3等』が当たったのだ~初めてだ~。

最強のクラスメイト

2009-01-24 19:26:25 | 看護学校のコト
多分、この人が一番の強者(ツワモノ)かと・・・・・
現在、弁護士立てて学校を訴えてます。笑。
ど~してこうも、アホな輩が多いのでしょか・・・・

彼女は50代。年齢を絶対に言いません。笑。

もう、どうしようもありません。
なんと言えばいいのでしょう。
自己中心的で被害妄想が強くにっちもさっちもいきません。

実習で同じグループになった人達の叫びを散々聞いてきましたが
運がいいのか私は同じグループになったことがなく。
実習先で散々事件を起こし教員も手がつけられません。

ある日は、『私はグループのみんなにいじめられている!!』と
泣き叫び、トイレに閉じこもり出てこなく挙げ句の果てに
『精神安定剤を飲んだ』とぶちまけさすがに教員から『帰りなさい』
と言われ実習中座。

え~っと、私たちはグループで報告会を行うんですよ。
自分の受け持ちの患者さんの情報をメンバーとカンファレンス
しあいながら、受け持ちの患者さんの個別性を見いだし
どんな看護を行うか計画していくのですが・・・・。

それで、ディスカッションすると『いじめられている!!』と
言い出すしまつ。苦笑。

かと思うと、院内の廊下を歩くときにポッケに両手を
入れて歩いていたので、グループ評価とかもあるので
注意したら『年下のくせになによ!!』と逆切れし始め
手がつけられなくなるらしい。苦笑。

うざい、うざいぞ~。

そんな彼女と1クールだけグループは別だが同じ
病院になったことがある。うんざりするほど、うざかった。
そして、看護師としてのセンスは全く感じられなかった。
参考書ばかり見ていて全く患者を見ていなかった。
あまりにも看護の視点がとんちんかんだったので、
教員が残って指導しようと『残るように』と言ったのに
『結構です』と帰ってしまい、なのに他の人に
『私だけ残された』と電話で延々と泣くおばちゃんなのだ。

で、でだ、

実習にも評価がある。100点満点中60点で『落とし』になる。
『8掛け』というペナルティがあるのだが、
欠席、早退、遅刻、中座、忘れ物などが対象になる。
教員の点数と指導者の点数を足して2で割ったものが評価になる。
しかし、ペナルティになると教員が出した点数が80%評価になる。
教員が75点という評価を出してもペナルティが加わると
8掛けになり、60点で『落とし』になる。
ま、指導者が60点以上配点してくれれば免れるけどね。

学科、実習、問わず『3つ落とし』になると落第だ。
退学するか、留年するかを選ぶ。

その彼女は、実習で『3つ落とした』。

なので、本来なら退学が留年なのだが『納得いかない』と
毎日、学校に来ている。教員に『帰れ』と言われたから
帰ったので8掛けの対象には納得がいかない、と。

『学校に来れなくなったら生きている意味がないので死にます』

とまで、言って現在、毎日、教室に居座っている。
修学旅行も参加できないと言われたのに来た。

で、自分の評価に納得がいかないと現在は弁護士を
立てて争い中~みたいな。苦笑。

ふざけ過ぎだろ。

普通は実習は落とさないですから。普通~にやっていれば。
実習を落とすってことは、センスないってことですから。

実はこのおばちゃん、この学校の入試の日に会場で
見たときに私は、どっかで見たことある!!この人、私、絶対知ってる。
どこで会ったんだっけな~・・・・・と考えあぐねていると・・・


同じ職場だった。笑。


階が違ったんだけど、ウチの病院で働いていた!!
あっと言う間に辞めたけど。辞めた日に食堂で話した。

私 「腰を痛めたって聞いたけど、大丈夫ですか?」

おばちゃん「こんなに患者さんに触るとは思ってなくてね~」

は?じゃぁ、何しに来たんだ?と思ったんだ。
腰を痛めたのでって診断書出して退職したんだけど、
一体、どんな仕事をするつもりだったんでしょうね。
しかも、『おむつ交換できません』って拒否したからね。苦笑。
この『できません』ってのは、『下の世話なんて嫌です』って
意味のできませんだからね。

そんなおばちゃんと看護学校で再会したときには驚いた。
今度は看護師?! もっと、無理だろ~。

この話、今日、知ったんだけど、言われた。

「知らなかったんですか~?
 いろいろ、聞いていると思ってた~
 みんな知ってますよ~」

だからさ、基本的に興味ないんだってばよ~。
で、彼女は来月の資格試験を受験できるのだろうか???

続・松子と梅子

2009-01-21 19:30:06 | 看護学校のコト
松子と梅子、本日、激突しました。笑。
教室の中で・・・・・足りなかったのか更に外で。


今月から授業は月曜、火曜は学科のテスト。
それ以外は資格試験対策といい毎日、科目別にテストと講評。
本日は運動器疾患患者の看護のテストと講評を行ったのだが
いつも17時ギリギリまでみっちりあるのだが、本日の講師は
夜勤明けということで「もう、終わりにしてもいい?」と
15時30分には帰ってしまった。

その後の時間は、自己学習ということになった。
まぁ、大半の人はおしゃべりをしていたけど、
とりあえず私は教科書なんぞツラツラと読んでいて
ふと、気が付くと梅子がいない。

あれ?トイレか?と思ったのだが、1時間近く帰ってこない。

後ろで数人の人達が、ず~っと噂話をしている。
まぁ、ここんとこクラスの噂話はもっぱら梅子と松子だし。
梅子も完全にクラスから孤立してしまっている。

ったく出来ない奴に限って授業中からうるさい。
落ちてしまえ!!と思う。笑。

で、17時前に梅子が教室に戻ってきた。
私は日直だったので窓の鍵を確認しに窓際に行く。

梅子と松子は窓際にひとつ飛ばして座っている。
帰り支度を始めた梅子が松子に

「あのさぁ、なんだか、全然関係ない情報とかを広めるのやめてくれる?」

と、声を掛けていた。

(うお?! ついに始まっちまったか?!)

「なんのコト?」ととぼける松子。

ガチで激突です!!笑。 エスカレートするする。

「もうさぁ、別れたんだけど」 (あ、別れたんだ・・・・)

「何よ~、アタシが全部悪いっていうわけ~? 
 良い言葉教えてあげるわ~、因果応報っていうのよ!!
 お金返してから言いなさいよ!!」

いやぁ、もう、2人ともバカ丸出し。
教室でやるなっつ~の。噂好きのおばさん達は露骨に周りに集まるし。
日直だから、帰れなくなっちまったじゃんかよ。

そこに先生が現れたので、「アレ、止めてよ」「何でケンカしてんの?」
「お・と・こ」「え~、そこに私が入るのぉ~」
「じゃぁ、帰っていいよね。任せたよ。」とさっさと帰宅。
日直の片付けを終え昇降口で梅子に会う。あら、終わったんだと
思い、外階段を降りてくと松子がいた。

背中越しに梅子の声が聞こえてきた・・・・・・。

梅「・・・・・・(聞き取れない)・・・・」

松「インプラントのお金だって出してもらうんでしょ」

梅「それは結婚したらね」

松「なによー!! イトコと結婚する気だったわけー!!」

梅「だから・・・・(聞き取れない)・・・・・」


またまた駐輪場でデッドヒート。
う~ん、インプラント入れることを暴露されることの方が恥ずかしくね?

ボスと一緒に帰っているので、ボスが言ってた。

「お互いに言いたいこと、言いあった方がいいんだよ。
 周りが絡み過ぎたからね。◯◯ちゃんを通して梅子が話を
 聞いて欲しいって言ってきたんだけど、断ったんだ。
 来月には資格試験もあるのに、それどころじゃない。
 みんなかかわり合いたくないって思ってるよってね。」

確かに。当人同士が話し合わずに周りに愚痴ってるから
話に背ひれ尾ひれが付いてるし、おばちゃんが多い学年だから
ホントに近所の井戸端会議的な感じになってるんだよね。
さも、私が当事者です、みたいな話し方するからさ。

どうせ、やるならトコトンやれ。
できれば、取っ組み合いまでしてくれたら大爆笑だったのにな。

松子はホント、クラスメート絡んだトラブル多いよ。
梅子は・・・・・実は看護学校に誘ったの私なんだよね
付き合い、長いんだなでも、もう、ほとんど絡んでないけどね。

さて、明日はどのツラ下げて来るのでしょうか。

松子と梅子

2009-01-16 19:33:55 | 看護学校のコト
修学旅行の時に梅子がヴィトンのデニム生地のウエストバックを
付けていた。ヴィトンに全く興味がない私(逆にあんなメーカー名が
まんべんなくプリントされていることに悪心がする)だが、
そのバックは可愛いじゃんと思い梅子に「それ、可愛いね」と言った。

 隣のクラスに梅子と松子がいる。この2人は仲が悪い。

梅子からは、「もぉ~、松子の友達ごっこにはいい加減うんざり」って
言葉をよく聞いていた。松子のことは、私自身、嫌いである。笑。
基本的にオバサンなので、逐一、ギャーギャーうるさい。
そして、実習時に

 「患者さんが臭くて、私、昨日の晩ご飯のときにそれを
  思い出しちゃって、ご飯食べられなくなっちゃった~」

と、発言し、私をキレさせた。笑。
また他にも、現在再び1年生まっしぐらのクラスメートにむかい

 「よらないで、バカがうつるから」

と、言い放ち、「バカはうつらないわよ」とクラス委員にするどく
突っ込まれたこともある、そんな人である。(頭はいいんだけどね)

かといって、梅子も面倒くさい女なので、正直どうでも良い。苦笑。
明日は早番だってメールしているのに、平気で夜中に電話してくる。
母が倒れた話を散々聞かされて、誰にも言わないでと言われたのに
ばっちり、みんな知っていた。

呑み会を誘っても、「大勢は嫌」、少人数(4人まで)で
ディ~プな関係を求めてくる濃厚女である。


で、修学旅行、2晩目の2次会の終盤戦にいきなり、
ボスに胸ぐらを 掴まれ「ちょっと来て!!」と廊下に呼び出された。

「ちょっと、すごい話、聞いちゃったんだけど・・・・」
と切り出されたその話は、


30代後半、元・丸の内OLだったことが自慢のバツ1の梅子は
松子のイトコというオトコを紹介してもらい、交際していた。

そのイトコのオトコというのが、最近、マンションのローンを
払えなくなり、親に「金がない」と泣きついてきた。
事情を聞くと梅子の学費から生活費まで、全て払っていたという。
ちなみに、梅子は両親と暮らしているので、まぁ・・・かかるわな。笑。

で、松子は、親戚に会わす顔がないと言っているらしい。

「松子も梅子に直接、言えばいいじゃないですか」とボスに言ったけど
「そう思うんだけどね~、言わないって言ってるみたい」と。

ボスは、梅子を批判していた。

「クラスメイトに迷惑かけちゃ、いちばんいけないよ~」


・・・・・・そうかぁ~?
私としては、その『イトコのオトコ』が、バカなだけなんじゃないかと。笑
子供じゃあるまいし。金を出すも出さないも、自分で判断したんだろが。

まぁ、その場の雰囲気を壊したくなかったので、適当に相づちを打ったが。
松子も梅子も、どっちもど~でもいいので、どちらの肩を持つ気もない。
こ~いうのが、アレだ。女社会の面倒くさいトコロだ。

で、そのヴィトンのバックも『イトコのオトコ』に
買ってもらったモンなんだってさ。

別れ

2009-01-10 19:36:48 | Weblog
その親父さんと知り合ったのは2004年の3月。

仕事を辞めて日本一周へと旅立った私は、川崎から船で
宮崎へと入った。何日目の宿泊地かは、もう忘れてしまったが
国の松原キャンプ場にテントを張った。

そこでワゴン車に乗った親父さんに声を掛けられた。
ちょっと説教臭い親父さんで、29歳の女がフラフラと
旅をしているなんて、親不孝もいいところだみたいな
ことを言われ、苦笑、まぁ、本気で怒るというよりは
自分の娘だと考えると心配でたまらん的なノリだったが。

当時の私は旅から帰ったら、一緒に暮らすことが決まっていたので
嫁ぎ先は決まっているから大丈夫だよ、みたいな話をしていた。

その親父さんは写真が好きで写真を撮りながら全国津々浦々
していたようで、翌朝、記念にと私の写真を3枚撮った。
後日、丁寧にレイアウトしてくれて、私の自宅に送ってくれた。

その時の親父さんの手紙には
「前略、お元気にお過ごしのことと思います。
 その後、鹿児島佐多岬、指宿、熊本天草、阿蘇、宮崎高千穂へと
 一回りして、九つの山に登りました。今は旅行の整理などをし、
 次の旅を思っています。相変わらずの貧乏なたびですが・・・・
  貴女は、無事屋久島へ行けたのでしょうか。女一人のバイクの
 たびは年寄りには心配なことです。とは思いながら、若いことは
 何よりなことです。まだまだ人生は始まったばかり、これからの
 人生幸多かれとお祈りします。」
と書かれていた。

その後のお付き合いは年賀状のやり取りや、メールのやり取りだった。

そんな親父さんから、食道癌だとカミングアウトを受けたのは
2007年の3月のことだった。手術は出来ないので、化学治療を
行った結果、癌細胞も見つからず、普通に過ごしていると。
4月にはまた旅に出る予定であると告げられた。

食道癌の予後が悪いということを私は知っている。
5年生存率もかなり低い。

看護学校に合格した事を伝えると、お祝いにと
神奈川も落花生の名産であると、美味しい落花生を送ってくれた。

その後、旅の便りを送ってくれたが、去年の年賀状では
「旅の足が止まってしまいました」と書いてあった。

今年は年賀状が来なかった。

もしかして・・・・とは思ったが、入院中かもしれないし
とても気にはなったが、どうしていいのかもわからずそのままに。

今日、外出先から帰ると、一通のはがきが来ていた。
親父さんの名字だが、下の名前が女性である。
父が去年の6月に他界したという内容であった。

今年の私の年賀状は、がんばっていますよ、という意味を
込めて、かなり恥ずかしかったが、白衣の写真を使った。
見てもらうことが間に合わなかったのが残念でたまらない。

春になったら合格の報告をしに行こう。