心の平和を求めて・・・

夫と別居中→調停離婚成立。
私の身近で起きている「性格や考え方に偏りを持つ人」との戦いの記録です。

はじめに・・・このブログについて

自己愛性パーソナリティ障害の元夫との戦いの記録をつづっています。 パーソナリティ障害の人と付き合っていくのは 色々な苦労があります。 この障害の人は相手を思いやることができません。巻き込まれると自分の考え方や、人間性まで深く傷つけられてしまいます。 自分のやってきたことを一度まとめて記録にしようとブログを 立ち上げてみました。
はじまりは2005年4月6日から。
現在別居中(ダンナが勝手に出て行きました)→調停離婚が成立しました。

覚え書き↓
2009年11月  ダンナがまたおかしくなりはじめた。
2009年12月  ダンナがまた出て行った。(二度目の別居)
2010年 2月  姑とのバトル。これ以降一切連絡を取っていない。→姑の電話で暴言。

家族で遊園地へ。

2005-10-30 07:33:21 | 
朝私が一番に目が覚めてしまった。
ダンナは最近起きるのが早かったのに今日は疲れたのか、ぐっすり眠っていた。

ダンナは起きて「薬を飲んでくる」と一旦アパートに戻った。
やはりあまり調子はよくないんだな。

駅まで自転車で行こうとして、はじめてダンナの自転車が無いことに気づいた。
(アパートに自転車置いてきたのだ)

結局みんなでバスで駅まで行った。
乗り換えて、ダンナは子供達を電車の先頭に乗せてくれて
子供達は凄く喜んでいた。

遊園地の入場券が意外と高くついてしまい、お金がぎりぎりでちょっと焦った。
ここは他の遊園地ほどにぎわっていないにしても色々とイベントやっていて
お昼もどの売り場も並んでいてなかなか食べられなかったり、
こういう場所、ダンナ辛くないかな・・・と気になって余計疲れた。
ダンナはニコニコしている。私が無理に笑顔でいるせいかな。

だけどタバコを吸いに行ったり、少し離れるとこわばった顔をしている事が多い。
目があうとまたニコニコ顔にもどるのだけど。
無理についてきたんだろうなあ、子供達の為に。
ダンナはそういうところ無理するからなあ~。

ダンナはもともとそんなに子供好きな方ではない、嫌いかも。
だからこそ自分が子供達に「うっとおしいなあ!」って遠ざけてしまう事、
凄く罪悪感を感じるようだ。だから無理してしまうんだね。
だけど無理しなくてもいいのにって思う。
それでも無理してしまうのがダンナなのだ。

しんどそうだったけど自分からすすんで子供達と乗り物に乗ってた。
帰りのバスではダンナは疲れて寝ていた。

夜は私がダンナをアパートへ送っていった。
部屋に電気がついているよ~と冗談で行った。本音は一瞬そんな気がして。
けど電気ついていたのはダンナの部屋じゃなくてお隣さんの部屋だった。

実は私はダンナのアパートに行くのが怖かった。
女がいたりしてそうしてそういう現実を見て自分が傷つくのが怖いのだ。
だから行かなかった。
本当は女とどうなっているのか聞きたいんだけど・・・怖いね。

ダンナを車から降ろすと何だか少し寂しくなった。
だけど今までの寂しさに比べれば私はましだと思う。
少しは心が通じたし、笑顔で話せるようになってきたのだから。

「3日の日、子供達を見ていてもらえるかな?」
と聞いてみたけどやっぱダメだった。
「買い物いくから」だって。

ちょっとむっとしたけど仕方が無い、これは私がこらえなきゃね。
結局私の実家にお願いした。
もうしばらくすれば子供達も父親をそんなに必要としなくなり
もしかしてそうなったら私はダンナへの気持ち、
本当になくなってしまうのかもしれない。

今は子供達がかわいそうだという気持ちが凄くあってダンナに帰ってきて欲しいと思う。
ただ、自分がうまくやっていけるか・・・と考えると難しいと思っている。
子供達が自分の世界を作り、
父親のスキンシップなどを必要としないで生きていける年頃になったら・・・
私の気持ちも大きく変わるのかもしれない。

姑も自分の母親も言っていた、

いいじゃない、ダンナがいない方が楽で。お金さえもらっていればいいじゃない。
と。
確かにそうだ、楽だよ~。(笑)
実は以前夢見た生活でもある。(笑)
でも実際には私にはそう割り切れるほどにはどうしてもなれなかったけどね。

これからどうなっていくのかはわからない。
だけどダンナがこうして心を開いてくれて
今は数ヶ月前よりはよっぽど状況は良くなっているはずだ。
だから私も落ち着いていられる。
私は私なりにがんばっていく。
もちろん無理するのではなく、自分の幸せを求めながらね。
コメント
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