僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

今年は昭和で言えば何年? 平成で言えば?

2020年10月01日 | 雑記

ある日のこと。
預金通帳を見ていた妻が僕のほうに目を向け、

「平成33年って、いつ?」と尋ねた。
平成33年?
「はぁ? なんのこと?」
と僕は、質問の意味がよく分からず、聞き返した。
「これよ」
と、妻が見せてくれた定期預金の通帳を覗き込むと、
「満期日 平成33年〇月✖日」
と記入されていた。

あ、そ~ゆ~こと。

何年前か知らないけれど、それが記入された時は平成の世だったので、そのまま「満期日・平成33年」となっているのだろう。

でも元号は去年の5月から令和に変わっている。もう平成じゃない。
だから平成33年って言われたら戸惑いますね~。

で、去年、つまり平成最後の年は平成何年だったっけ? 
それも忘れてしまった。
 
そこで僕はこんな計算方法を思いつき、妻に言った。

「え~っと、モミィが生まれたのが平成17年で、今年誕生日が来れば15歳になるんやから、17と15を足して、あぁ~、32ね。つまり今年は平成で言うと32年ということになるんだよね」
妻は、「なるほど~。じゃぁ平成33年は来年ということね」

そんな会話を交わしながら、僕は「元号ってややこしいねぇ」とため息まじりにつぶやいた。西暦との変換もむずかしいしね。

僕らが生まれ育った昭和の世は「昭和に25を足せば西暦になる」ということが常に頭に入っていた。たとえば昭和45年と言えば25を足して70だから1970年。昭和60年なら1985年、という具合。しかし、昭和から平成に変わるとそれがよくわからなくなる。

平成10年は西暦何年? と言われても、即座にわからない。人の年齢も、昭和30年に生まれた人が平成10年には何歳? と聞かれてもピンとこない。だから僕は、平成になっても「今年は昭和で言えば何年」ということを常に頭に入れてきた。これはなかなか便利である。今年の場合、昭和で言えば95年だから、昭和40年生まれの人なら95から40を引いて55歳ということがすぐにわかる。

今度はその平成が令和となり、僕もだんだん物覚えが悪くなってきているので、去年の令和元年は平成何年だったか? ということも忘れてしまった。だから、平成33年っていつなの? と妻に聞かれても即答できなかったわけ。

そんなことで去年は4月まで平成31年で、5月から令和元年だったんですね。で、今年は令和2年で、平成で言えば32年、ということになります。昭和から平成、令和と変ると西暦との変換がいよいよややこしくなる。僕の頭の中では、いまでも昭和だけが居座り続けています。

こういう元号を使っているのは現在では世界中で日本だけ、と言われています。あらゆる分野で超便利になった世の中ですが、この元号だけは甚だ不便ですね~(歴史・伝統があり、そして神聖な元号に対してこんなことを言っちゃ𠮟られるかも知れませんけど)。

そして令和に入ると、今度は「今年は平成で言うと何年?」というモンダイがいろいろ出てきます。冒頭の預金通帳の満期日もそうですし、また運転免許証の有効期限なんかでも「平成34年まで」というようなことが書かれています。わが家では、これからは、モミィが生まれた平成17年の「17」と、モミィの年齢を足すという方法で「平成で言うと何年?問題」を乗り切って行こうと思っています。

と、何の役にも立たない情報でした。
あしからず。


あ、ついでにもうひとつ、
NHKテレビのBSで毎朝7時15分から昔の連続テレビ小説が再放送されていますが、今月から始まったのが沢口靖子主演の「澪つくし」(1985年)です。その中で大正天皇崩御のニュースが流れる場面があったのですが、大正天皇が亡くなられたのは1926年の12月25日で、当時は「即日改元」だったので、その日から昭和天皇が即位されました。

ということで、昭和元年は12月25日から31日までのわずか7日間しかなかったのでした。そしてその昭和天皇は1989年(昭和64年)1月7日に亡くなられ、翌8日に平成天皇が即位されました。つまり、昭和64年も7日間しかなかったわけで、昭和というのは最初と最後の年が、共に1週間だけだったんですね。

こう見てみると、わずか7日間しかなかった「昭和64年」生まれの人というのはごく少数なんでしょうね~。「昭和元年」生まれだったという方にもこれまでお会いしたことはありませんし。

ハイ。これで終わりです。
これもまた、何の役にも立たない情報でしたね。

 

 

 

 

 

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アベノママデス とは何のことやら

2020年09月09日 | 雑記

台風10号もやっと過ぎ去り、今やニュースの焦点は安倍首相の後任を選ぶ自民党総裁選に移っています。昨日告示がされ、菅、石破、岸田の3氏が立候補して、それぞれの政策を主張しています。

でも、いくらそれぞれの政策を主張されても、自分が投票できるわけでもないので、ただ聞いているだけみたいな感じ。おまけに「誰が勝つのか?」もわかっているしね~

政策がどうのというよりも、派閥の人数で総裁になる人が決まるわけだから、政策の主張も言葉の羅列ばかりのようで、テレビを見ていても全く緊張感が伝わって来ません。

安倍さんの次は菅さん、というのは確実視されているし、政策も安倍さんの路線を引き継ぐことになるようです。

そんな時、ネットでは、
アベノミクスやアベノマスクにかけてか、

「アベノママデス」
という言葉が出回っています。

安倍さんの政策をそのまま引き継ぐ「アベノママデス」。
思わず笑っちゃいます。
(笑っている場合ではないか?)

こんな写真も見つけました。

 

          


 
 やはり、笑ってしまう?

ところで、
6月にこのブログで「安倍総理に聞かせたいキムタクの演説」という記事を書きました。12年前に放送された木村拓哉主演の『CHANGE』というドラマの再放送を見た感想を述べたものですが、せめて、今回の総裁選でも、候補者からこれぐらいの熱意が伝わってくれば、投票権がなくても関心が高まるんですけどね~

ということで、若き総裁候補となったキムタクの演説をもう一度掲載します。

「国会議員とは選挙で選ばれた国民の代表で
国民の中でいちばん偉い人だと思っていました。
でも 今の考えは 違います。

国会議員とは 国民の皆さんのために奉仕することを約束したうえで
選挙で 国民の皆さんに選んでもらった人たちです。
そして総理大臣とは 
誰よりも国民のために働く義務と責任を背負っている!

選挙のときだけ 頭を下げて 当選した途端に
特権階級のようにふるまうような人間は
本当の政治家ではありません。

誰にでも 分かるような言葉でしゃべることのできない人間は
本当の政治家ではありません!

国民の皆さんの幸せよりも
自分の利益を 優先するような人間は
本当の政治家ではありません!

そして何より 国民の皆さまが
何に怒り 何を望み 何を言いたいのか!
それが分からない人間は 本当の総理大臣ではないんです!

僕は約束します。
皆さんと同じ目で 今行われている政治の問題点を見つけだし
そしてそれを正すことを!

僕は約束します。
皆さんと同じ耳で弱者といわれる人たちの
どんな小さな声も真剣に聞くことを!

僕は約束します。
皆さんと同じ足で問題が起きている現場に
ためらうことなく駆けつけることを!

僕は約束します。
皆さんと同じ手で 自分も汗まみれになって働き
そしてこの国の 進むべき道を指し示すことを!

僕のすべては
僕のすべては皆さんと同じです!」



 1シーンです。

では今日はこれで、お・し・ま・いでぇす(半沢直樹かい)

 

 

 

 

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高齢者はコロナで死んでもいいということ?

2020年08月06日 | 雑記

今朝のニュースですが
日本の人口が11年連続で減り続けているというニュース。
しかも今回は、減少数が過去で最大だったという。
ちなみに今年1月1日時点での国内の日本人の数は、1億2427万1318人で、前年から50万5046人減ったそうです。

これはむろん少子化ということが主な要因なのでしょう。世間では、いまの時代のことを「原始時代」にひっかけて「減子(げんし)時代」と呼ばれたりしているそうです(ホンマかいな)。

でもこの人口減少は単に少子化だけではないですよね。つまり、亡くなる人も増えているから人口が減る、ということにもなります(当たり前ですけど)。

政府の統計資料によると、去年1年間の出⽣数は約86万5千人。これは統計開始以来最少で、前年から5万3千人余り減少。年間の出生者数が90万人を切ったのも今回が初めてのことらしいですが、一方で死亡者数も138万人余りで、この数字も過去最大とのことです。

つまり、生まれてくる赤ちゃんの数が過去最少で、死んだ人の数は過去最多。

これでは人口が減るのは当たり前ですね。

僕が生まれたのは1949年(昭和24年)で、いわゆる団塊の世代です。(団塊の世代を「ダンコンの世代」と読む人がいるようですが、間違えないでね)。

で、昭和24年生まれの人の数を調べたら、269万6638人とありました。
なんとまあ、1年間で269万人余です。

去年生まれた人の数は前述のように約86万5千人ですからねぇ。
こんな数字を見ると、改めてビックリします。

そのダンコンじゃなかった「団塊の世代」は昭和22年から24年までの3年間に生まれた人々のことを言い、その合計出生数は約806万人にのぼるそうです。

ここで今度は「2025年問題」というのが出てくるんですよね。

1947年~49年に生まれた団塊の世代が、2025年には後期高齢者(75歳)の年齢に達し、医療や介護などの社会保障費の急増が懸念されている、というあの問題です。そしてその年は後期高齢者人口が約2千200万人に膨れ上がり、国民の4人に1人が75歳以上になる計算だということです。

やれやれ。
自分がその当事者でもあるにもかかわらず、えらい世の中になるんだな~、とため息が出ます。

ところで、
今回のコロナ禍では、若い人は感染してもほとんど無症状か軽症で、危険なのは高齢者が感染した場合で、重症や死亡に至る場合が多い、と言われています。

そんな時、先日、橋本徹がテレビのワイドショーに出て、
「コロナの感染拡大を心配し過ぎるのは良くない。それを深刻に考えるより、元気な若者はどんどん感染すればいいんですよ。どうってことないんだから」
と驚くべき発言をしていました。これを聞いて僕は、なんとなく、
「年寄り連中や病弱者なら、感染して死んでも、かまわんやろ」
という意味に受け取ってしまったのです。元気な若者がどんどん感染したら、接触した高齢者や妊婦さんなどにも広く感染が及ぶんだもんね。

ま、橋本徹もそこまで意図して言ってはいないんでしょうけど。

でも、
高齢者が限りなく増えていき、若い人や子供たちが減っていく。この先の社会経済の発展にはこれが大きな障壁となっているわけで、コロナで高齢者が大勢亡くなってしまえば日本の国は持ち直す、と、心の中で思っている人も案外いるんじゃないかなと、つい思ってしまうんですよね。

コロナのニュースや橋本徹なんかを見ていると、
ふと、そんなマイナス思考に陥ったりもします。
あきませんなぁ、そんなこと思うようでは

ちょっとひがみ過ぎでしたか。
失礼しました!

★ つい先ほど、大阪府で新たに225人の感染が確認されたと報じられました。府として過去最多です。感染者数で一喜一憂してはいけない、と言われていますけど、やはり数字は気になります

 

 

 

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「愛の不時着」と吉村大阪府知事

2020年06月04日 | 雑記

今朝のニュース番組「朝チャン」を見ていたら、ゲストに橋下徹が出ていた。まあ、出ていたといってもスタジオではなく自宅からの映像ですけど。

そこで吉村大阪府知事の話題になった。
司会の夏目三久ちゃんが橋本徹さんに、
「吉村知事の政策についてはいかがですか?」
とスタジオから問いかけると、
橋本さんはニターっと笑ってこう言った。
「具体的でわかりやすいです。何より男前(おとこまえ)ですもんね」
それを聞いて僕は思わず笑ってしまった。

橋本さんは続けて、
「大阪市長の松井さんは大阪のおっさんの強面(こわもて)ですからね。吉村さんのような人気は出ません。だから、松井さんが裏方になって男前の吉村さんを支えるという形で、大阪の知事と市長が連携しているのがいいんですよね」と笑顔で話していた。

そして、次に橋本徹さんが言ったのが、これがまた面白かった。

「吉村知事は」と橋本徹さん。
「いま人気の韓流ドラマ『愛の不時着』に出ている俳優に似ているでしょ?」
と言ったのでした。

えっ? 
「愛の不時着」とは?

僕は見ていないけど、ネットで配信されている超人気のドラマのようで、最近、朝日新聞のテレビ欄「キュー」というコラムで島崎今日子さんが「何回も繰り返して見ている」とベタ褒めしていたので、僕もそのドラマのことは少しだけ知っていた。まぁこの「愛の不時着」というタイトルにもジーンと来ますね。
「不時着」という言葉が悲恋を想像させ、何とも切ない。

物語は、韓国の財閥のお嬢さんが、パラグライダーで突風に巻き込まれ、北朝鮮に不時着する。そのお嬢さんを助けたのが北朝鮮の将校で、2人はいつしか愛し合うようになるというラブストーリーらしいです。

その将校の役に出ていたのがヒョンビンというイケメン俳優です。
吉村知事と顔が似ている、と橋本徹さんが言った俳優さんですね。

2人の写真を並べてみます。

 
  ヒョンビン

 
  吉村知事
 


確かに。
似ていますね~

まぁ、いずれにしても、イケメンは得です。
吉村知事も顔で得している部分も結構ありますよね。

僕もこれまでの人生で、ずいぶん得をしてきました。
だははは~~~!
(アホやがな)

すみません。

「愛の不時着」のサイトはこちらです

https://www.netflix.com/jp/title/81159258

 

 

 

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「天皇誕生日」 をめぐるお話

2019年12月22日 | 雑記

先日の病院での診察が終わった時、医師がカレンダーを眺め、
「では次回は来年2月24日の月曜日ということでいいですか?」
と言われたので、はい結構です、と返事した。
いつも次の受診日は約2か月後の月曜日なんですよね。

診察室を出てしばらくして、看護師さんから次回の予約票をもらった。その予約票には、予約日時として「令和2年2月24日(月)9:00」と記されていた。そしてそのあと、院内で処方される薬をもらって病院を出た。

ところが

家に帰って、来年のカレンダーにそれを書き込もうとしたら、2月24日は赤い字で書かれている。えっ、その日は祝日?

よく見ると前日の23日の日曜日が「天皇誕生日」で祝日だった。はぁ、なるほど。今の天皇陛下が令和天皇として初めて迎えられる誕生日で、今後はこの日が天皇誕生日となるわけね。そして僕の受診日であるはずの24日の月曜日は振替休日だったのです。

しかし休日であれば病院は、急患を除き一般診療は行われないはず。なのに医師はカレンダーを見ながら「2月24日でいいですか?」と言い、僕もまさかその日が振替休日なんて知らなかったので「はい」と返事した。
これはいったい、どういうこと?

僕はすぐに病院へ電話で問い合わせた。

電話に出た女性が、
「あっ、では確認しまして、折り返し電話させていただきます」
と言い、そしてそのあと電話がかかってきて、
「申し訳ありませんでした」と詫び、
「日を変更させていただきます」
ということで、別の日を改めて予約日とした。
新しい予約票は、数日後に郵送でわが家に届いた。

それにしても、僕も気がつかなかったなぁ。
2月23日が新・天皇陛下の誕生日で祝日になっていたとは。
しかもその日が日曜日なので、翌24日は振替休日となる。

医師はカレンダーを見て24日を次回の診察日に決めてくれたのだけど、そのカレンダーには何も書かれていなかったのだろうか? 
古いカレンダーだったりして。

  ………………………………………………………………………

「天皇誕生日」と言えば、僕らの世代はいまだに「4月29日」のイメージが強い。それが昭和から平成に移った時、その日は「みどりの日」となり、さらに今では「昭和の日」に名称が変わった。むろん今も祝日である。

で、平成天皇の誕生日は、といえば、12月23日。
つまり明日ですよね。

去年までこの日が「天皇誕生日」として休日だったのに、今年のカレンダーを見ると「平成の天皇誕生日」とは書かれているものの、休日ではない。なんで?
「平成の日」として休日にすればいいのに。
「昭和の日」があるんですからね。

なんでだろう~ なんでだろう~ ?
(古いわ、そのギャグ)

ど~も。失礼しました!

 

 

 

 

 

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時代と共に言葉は変わる

2018年03月28日 | 雑記

先日、薬局で順番待ちをしていたときのこと。カウンターで女性の薬剤師さんがお客さんと薬に関するやり取りをしているのが、大きな声だったのでこちらまで聞こえてきました。まだ若そうな女性の薬剤師さんでしたが、その言葉づかいに「ん?」と思ったのです。その女性は、

「これまでのお薬が、効かんくなったんですよね。え~っと、そしたら
と言っていました。

「効かんくなった」とは「効かなくなった」ということでしょうね。最近、わが家でもモミィがこういう言い方を頻繁にするようになっています。

モミィは、「きれいになった」を「きれいくなった」とか、「あかんようになった」を「あかんくなった」などと言ってます。このあいだは、「(ナントカが)でけへんくなった(できなくなった)」な~んて言ってました。

でも、これは子どもが使う言葉だと思っていたのですが、大人の女性、それも一定の資格や地位もあり、きちんとした言葉を使う立場であるはずの薬剤師さんが「効かんくなったんですよね」と言ったのが気になったわけで。

さらにその女性はお客さんにひととおり薬を渡したあと、
「それでよかったでしたか?」と尋ねていた。

「よかったですか?」ならまだしも「よかったでしたか?」って、過去形がふたつ重なってるやんか、と心の中でつぶやく僕でした(笑)。

言葉が時代と共に変わって行くことはある程度仕方ないことだと思います。十数年前に「問題な日本語」という本がベストセラーになり、僕も買って読んだことがあります。そのころ違和感が持たれる新しい言葉づかいとして、「千円からお預かりします」とか「ご注文は以上でよろしかったでしょうか」とか「こちら和定食になります」というような言い方が「おかしな言い回し」として挙げられていました。

たとえば「こちら和定食になります」と「和定食」がテーブルに運ばれてきたら、「もう、なってるやん」と言いがかりをつけたくなるんですよね。容器だけが運ばれてきて、「こちら和定食になります」と言われたら、はは~ん、これがしばらくしたらパッと和定食になるんやな、なんて魔法のようなことを想像したりしますが、すでに現物が来ているのだから「こちら〇〇になります」なんて言わずに「こちら〇〇でございます」でええんとちがうん? というような話が十数年前には盛り上がっていました。

しかし僕も新しく生まれてきた言い回しや若者言葉を耳にするたびにだんだん慣れてきて、最近ではモミィに「マジっすか?」なんて言ったりしています(笑)。モミィも、むずかしいことを「むずい」と言ったり、「無理っぽいな」などと「自分たち言葉」を口走っています。

というお話でした。「このごろは、のんさんのブログも面白くないので、ちっとも読まんくなったわ」な~んてことは、どうか言わないでちょんまげ! 
(「~してちょんまげ」は、いくら何でも古すぎるで!)

 

 


 

 

 

 

 

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古稀→喜寿→米寿→白寿 そして

2018年01月06日 | 雑記

お正月が来ると「あぁ、また一つ年をとった」というようなことをよく言いますが、厳密にいえば誕生日が来た時に一つ年をとるんですよね。でも、昔ふうにいえば、お正月で一つ年をとるというのはごく普通のことのようです。

うちの両親がまだ若かった時代には、年齢を数え年で言っていました。満年齢で言えば生まれた時は0歳だけど、数え年だと出生の瞬間から1歳。翌年の元旦には数え年2歳になるが、満年齢だと0歳のままで、誕生日がくるまで1歳にならない。つまり元旦を迎えた時、1月1日生まれの人でない限り、数え年では満年齢より2歳も上になってしまう。その意味で言えば、たしかにお正月が来れば一つ年をとるわけですよね。ま、今は数え年なんてほとんど使いませんけど。

しかしまあ僕の場合、このお正月、数え年で言えば70歳になったんですよね。間もなく誕生日が来て満69歳になるんだけど、でもね、70歳だなんてまだまだ遠い先の話だと今でも思っています。それが、数え年で言えば70歳ですからね~。昔じゃなくてよかったぁ、なんて意味不明なことをブツブツつぶやいています。

今年いただいた年賀状を見ると、中学時代の恩師は「七十七歳になりました。喜寿です」と書いてこられたし、勤務先の先輩だった方は「今年米寿を迎えます」と書かれていました。へぇ、あの方たちが、もう七十七歳だったり八十八歳だったりするんだ、と改めて“歳月”というものを感じました。

ところで、
喜寿や米寿で思い出しましたが、昔は70歳まで生きた人は古来稀(まれ)だということから、古稀(こき)と言われてお祝いをしていたそうですね。70歳というのは、元々そういう超高齢だったんです。そしてさらに「喜寿」でお祝いをし、「米寿」でお祝いをし、ということなんでしょうね。

七十七歳で「喜寿」。
八十八歳で「米寿」。
そして九十九歳は、「百」から「一」をとって「白寿」。
それぞれの歳にお祝いをするのが昔からの慣習のようです。

今のところ、こういう呼び方は九十九歳までしかないみたいです。

しかし、今や平均年齢は八十歳を大きく上回り、九十代の人も全然珍しくなく、百歳以上の人も全国で7万人近くおられるという時代になりました。百歳を超える人がこんなに増えてくると、そういう方々のためにも、「米寿」とか「白寿」のような、年齢を漢字でもじる何かいい表現がないものかと思いますね。

そこでヒマな僕はいろいろと考えてみましたが、ひとつ思いつきました。

百十一歳の方を祝う「川寿(せんじゅ)」というのはどうでしょうか。
「111歳」だから「1」が三つ並んでいるので「川」という字を当てる。

川寿の祝い

なにしろ超高齢化社会ですから。
そろそろこういうのが現れるかも知れませんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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コンビニで精算前にお菓子の袋をあけて食べる人

2017年11月26日 | 雑記

世の中には不思議な人がいるもので、先日テレビで紹介されていたのは、コンビニでお菓子を買う時、その場で封を開けていくつか食べてからレジへ足を運ぶという80歳前後の男性。その男性がインタビューされていましたが、話を聞いていると実に不可解なことを言ってました。

「どうしてレジに行く前に封を開けて食べるんですか?」と記者。
「そりゃぁ、どういう味なのか、食べてみなきゃわからんだろう」と男性。
「じゃあ、食べて美味しくなかったら?」
「次から、買わない。だから味見をしてみる」
「もちろん、封を開けたものは買いますよね」
「そりゃ買いますよ。あたりまえじゃないか」

「次からであれば、買ってから食べてみても同じでは」
と、記者が言っても、その男性は
「とにかく、次も買うかどうかを決めるために先に食べるんだ」
と言って、ケラケラ笑いながらその場を去って行くのでした。

ホント、いろんな人がいるものです。もし、その場で封を開けて中身を口に入れたところを万引き警戒中のガードマンなんかが目撃したら、万引きと間違えられるかも知れませんしね。「これは家から持ってきたものだ」という言い逃れをするための手口だと思われるかも知れないし。いずれにせよ「次に買うか買わないかを決めるため」というのは、なんともわかりにくい説明です。

それで思い出したのですが、以前、女性の中国人観光客がコンビニで清算前にアイスクリームを食べて店員に注意されると、連れの男が「彼女を侮辱するのか!」と怒ってトラブルになったというようなニュースが流れていました。中国ではそれが当たり前なのかと思ったものですが、今回は日本人の高齢男性が同じようなことをしたので、それに驚いたわけです。

しかし、今回のこのニュースの中で、フランスから来た観光客にこれを伝えると、自分たちの国では(清算前に袋をあけて食べる)そういうことは普通に行われている、という答えが返ってきたので二重に驚きました。また、フランス以外の国でもそんな傾向はあるそうです。

中国人観光客であれば何となくわかりますが、ヨーロッパやアメリカあたりでもそれは特に珍しいことではない、ということが今回紹介されていました。「ほんまかいな?」と思いますけどね。まあ、お国柄の違いかも知れませんが、本当にそうであれば、やはり驚きですよね。

しかし僕も何度か海外旅行をし、フランスにも4回行きましたが、コンビニやスーパーで、そんな、精算前に陳列の商品を食べている人など見たことがありません。もしそういう習慣があるなら、一度や二度、目にしても不思議じゃないのですけどね~

ところで、この件とは関係ありませんが、コンビニとか習慣の違いとかに関して言えば、グアムに行ったときのことですが

早朝にジョギングをしてホテルに帰ってきて、ホテル内のコンビニに入って何かを買ったついでに、缶ビールも買って部屋の冷蔵庫に入れておこうと思い、それらを持ってレジに行ったのです。するとレジのおばさんがビールを取り上げ首を横に振り、「クジ、クジ、クジ」というのです。「はぁ?」と首をかしげていると「クジカラ」と言ったので「あ、そうか」と思い当たりました。つまりビールは午前9時からしか売らない。まだ時間が来ていないので売らない、と言っていたのでした。日本のコンビニでは未成年にはアルコールは売らないけれど、大人になら何時であろうが当然売ってくれるのになぁ、と不満に思ったものです。

それだけグアムはきっちりしているのかと思えば、違います。実弾の入った銃を撃たせる店があって、道行く日本人に日本語のチラシを配ってしつこく客寄せをしている姿を頻繁に見かけました。僕も何度も客引きに足止めされました。グアムでは一種の名物だそうです。ビールの販売時間の制限をするよりも、こんな反社会的な娯楽を売り物にしていることのほうがよほど問題が大きいんじゃないかと思いますがねぇ。

さて、また最初の話に戻りますが、あるニュースキャスターが、こんな光景を見たことがあります、と言った話に、思わず笑ってしまいました。

日本の国での日本人の話ですが、コンビニで缶ビールを買った男性が、レジの長い列にしびれを切らしたのか、並んでいる途中でプシュッとあけて、グイグイと一気に飲んでしまったそうです。順番が来てレジの店員さんはごく普通に空っぽになった缶だけを受け取り「〇〇円です」と言いながら、空き缶を横のゴミ箱にポイと捨てたということで、「あれは面白い光景でしたね」とキャスターが言っていました。

ま、こういうこともある、ということですね。しかし冒頭の高齢男性の場合は、レジに並びながらではなく、売り場でお菓子の袋を開けて食べたということなので、ちょっとニュアンスが違いますけど。

ちなみに、レジに並びながら缶ビールを一気に飲んだ男性というのは、僕ではありませんよ。念のために申し上げておきます(僕ならやりそうですけど)。

ではみなさん、よい日曜日を。

モミィは妻と、今日また五ツ木の模擬テストを受けに行っております。

 

 

 

 


 

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「良い夫婦の日」やら白鵬の態度やら

2017年11月22日 | 雑記

きょう11月22日は「良い夫婦の日」だそうです。

最近、やたらに「今日は〇〇の日」というのが多くなりましたね。ほとんどダジャレやこじつけが多いですけど。

でも「良い夫婦」というのはどんな夫婦なんでしょうか。仲良し夫婦のこと? 
ま、新婚ならいざ知らず、何十年も連れ添っていると、「仲良し」より、もっと大事なことが生まれてこなければならないでしょうしね。

えらそうなことを言えば「良い夫婦」というのは、配偶者を人生の伴侶として、この世の荒波を一緒に乗り越えていくお互いかけがいのない存在、というようなことでしょうか。う~ん。でもね

スポーツクラブで圧倒的多数を占める年配の女性の人たちの会話を聞いていると、たいていは主人の悪口で盛り上がっています(このことは何度かこのブログにも書いてきましたが)。家で一日中、夫と顔を合わせているのがイヤでプールやジムに来ているという女性が実に多いのです。

「主人はなんにもせえへん。世話が焼けるだけや」とか、
「主人と話をするだけでストレスがたまるわ」とか、
「私にいちいち『どこへ行くねん』とか『何時に帰ってくるねん』とか、ほんまにうるいさいねん。放っておいてほしいわ」とかそんな女性同士の会話がしょっちゅう聞こえてきます。

ま、長年連れ添っていると、いろんなことがありますよね~(と一言でまとめてしまいます)。

ここで、アルマン・サラクルーという人の面白い言葉をご紹介します。

人は判断力の欠如により結婚をし、
忍耐力の欠如により離婚をし、
記憶力の欠如により再婚をする。

ですって。あはは。

すみません(泣)。
つまらないオチのあと、話はまたコロッと変わりますが、大相撲の日馬富士の暴行事件は毎日毎日テレビのワイドショーで、うんざりするほど取り上げられていますね。いつのまにか、日馬富士の暴行事件より、貴乃花親方の「不可解な行動」ばかりが報じられるようになり、司会者やコメンテーターも、相撲協会から不利な待遇を受けないよう、協会を支持し貴乃花親方を非難するような論調が増えてきた様子です。こういう人たちは、ほとんどが「寄らば大樹の陰」なんでしょうね~。

そんな時、今日の夕方、ビールを飲みながらテレビで大相撲中継を見ていたら、結びの一番、全勝の白鵬と嘉風の対戦は、実に変な幕切れでした。ご承知のように白鵬が敗れたのですが、両者の立ち合いに不自然なところはなく、両者とも両手をついて立ち上がり、むしろ白鵬のほうが先につっかけて相手の顔を張り前に出ました。その直後、嘉風がもろ差しの優位な態勢になったとたん白鵬が力を抜いた様子を見せ、そのまま寄り切られました。

軍配が嘉風に上がると、土俵下に落ちた白鵬は「おかしいだろ」という仕草をして土俵に上がらなかった。つまり、立ち合いが不成立だというのだ。で、白鵬が上がってこないので行事も嘉風に勝ち名乗りを上げることも出来ず、場内は騒然。NHKのアナウンサーは「勝負は成立しています。こんなシーンは見たことがありません。これはいけません」とはっきり言い切りました。

かなりの時間、白鵬は土俵下でしつこく審判の方を向いて不満の顔を見せ、1分以上土俵に上がらず、ようやく上がって引き下がっても、まだ不満な様子でした。テレビでは何度もビデオを流していましたが、いくら見ても両者とも立ち合いに何の問題もないのに、行事や審判に文句をつけるあの白鵬のしつこさは何なのだろう。これが「心技体」を備えるべき横綱と言えるか?

白鵬の今日の態度は貴乃花親方も顔負けの「不可解」でした。今回の日馬富士事件で何かイライラしているところがあるんだろうか、と勘繰りたくなるような態度でした。いや、何か今回の騒動と関係があるのかも知れない。

明日はまた、スポーツ新聞やワイドショーでこのことが大きく報じられることだと思います。

 

ご参考までに。
今年1月に行われた初場所の14日目。白鵬vs貴ノ岩戦。
この一番で白鵬が敗れて優勝を逃し、稀勢の里の優勝が決まった。
これで稀勢の里が横綱に昇進したが、普通こういったケースでは、
モンゴル勢同士なので白鵬に「配慮」するのが慣例だったらしい。
が、貴ノ岩が全力で来たので白鵬が慌て、負けたと言われている。
今回の「貴ノ岩殴打」の伏線にはこの一番があるという説が有力。
まあ、なんとなく説得力がある話だなぁと、僕は思っています。

 

 

 

 

 

 

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ノンアルコールを15本??

2017年05月12日 | 雑記

東京ディズニーシーで「ニモ」がオープンしたことが、さっそく今朝のニュースで詳しく報じられていました。

 

東京ディズニーシーがニモだらけ!
新アトラクションに大興奮!
という字幕が右上に出ています。
タコやドリーのキャップを被ったファンたちが映っています。


ところで、ありきたりな感想ですが
毎日ホントにいろんなニュースが流れますね~
中にはワケのわからないニュースも結構あります。

数日前にはこんなニュースが ↓

10日未明、福岡市博多区で、軽乗用車とワンボックスカーが衝突しました。ワンボックスカーには男性と4歳の娘が乗っていましたが、命に別状はありません。 横転した軽乗用車にいた白男川亜弥容疑者(23)は基準値の4倍近いアルコールが検出され、酒気帯び運転の疑いで現行犯逮捕されました。「店で友人とノンアルコールビールは15本飲んだ」と容疑を否認しています。警察は、白男川容疑者の車が対向車線にはみ出して衝突したとみて調べています。

というもの。
えっ? ノンアルコールを15本だって?

見ていたワイドショーでは、男性アナがその話をそのまま受けて、
「ノンアルコールビールでも、微量のアルコールが含まれていることもあり、最大0.9パーセント含まれています。だとしたら、それを15本飲んだら、普通のビールを〇〇ml(数字は忘れました)飲んだのと同じで、基準値を超えるアルコールが検出されても不思議ではありませんよね」
な~んて言ってた。

そういう解説を聞きたいのではない。

ごく普通の感覚を持つ人であれば、「店でノンアルコールビールを15本飲んだ」という不自然さに、まず首をかしげるのでは。

「15本飲んだらアルコールも検出されることがあります」という解説よりも、23歳の女性が店でノンアルコールビールを、本当に15本も飲んだのか、ということのほうに関心が向く。

飲めるわけないでしょ、ノンアルコールを15本も。
と、わたくし「のん」は思うんですけどね。

1本がどれだけの量か知らないけれど、普通で考えたら350mlぐらいと思われる。それを15本ですよ。じゅうごほん! 飲めますか? 本物のビールなら、大酒飲みであれば(僕のことじゃありませんよ)、それぐらいは行くかも知れないけれど、ノンアルコールを15本というのは、ちょっと考えにくい。

基準値の4倍近いアルコールが検出されたのだから、ノンではなく本物のアルコールを何本か飲んでいた可能性も高い。その店に聞いたらすぐわかる話なのだが、マスコミの報道にはそういうことは全く触れられていない。

この程度の事故ならワイドショーなんかで取り上げられないはずだが、容疑者が「ノンアルコールを15本」というようなことを供述するからニュースになり、テレビで報じられ、ネットでも話題になってしまうわけなんですよね。

ネットには、容疑者である白男川(しらおがわ)亜弥という女性のフェイスブックでの顔写真も出回っています。

ところで、白男川というのは、ちょっと変わった苗字ですね。何となく大相撲の親方のような名前です。白男川親方、みたいなね。

そういえば、むかしむかし、お相撲さんで男女ノ川(みなのがわ)という名の横綱がいたことを思い出しました。あまり強くない横綱みたいでしたが、もちろんこの白男川という女性とは関係ないんでしょうね。

 

 

 

 

 

 

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東京ディズニーシーで 「ニモ」 がオープン

2017年05月11日 | 雑記

明日5月12日、東京ディズニーシーで「ニモ&フレンズ・シーライダー」という新しいアトラクションがオープンするそうです。


   

人気のディズニー映画「ファインディング・ニモ」と「ファインディング・ドリー」の世界を舞台に、「シーライダー」という潜水艦に乗って、ニモやドリーたちと一緒に海底の世界を冒険するというアトラクションだそうです。

突然、なぜこんな話題を持ち出したかと言いますと

去年の12月にロサンゼルスへ旅行した時、ディズニーランドへ行きました。

でもね~。そこは、東京のそれに比べると全体にスケールが小さく、建物も古くて、ディズニーランドの「本場」というよりも「古くなってしまった老舗」という感じでした。そりゃまぁ、後から出来たものの方がどんどん規模も大きくなり、アトラクションの内容も進化して行くのは当然ですけどね。

正直言って、ロスのディズニーランドへ入場したとたん、「えっ、こんな狭くて古めかしいの?」と驚いたことを覚えています。ただ、お客さんの数はめちゃ多かったですけど。

で、その時のお話ですが。

事前にガイドブックを調べて、まず最初に、東京にはないアトラクションを体験してみようということで、妻とモミィが選んだのが「ファイティング・ニモ・サブマリン・ヴォヤッジ」というもの。場所はトゥモローランドでした。

これが、いまから思えば、明日、東京ディズニーシーにオープンするアトラクション「ニモ&フレンズ・シーライダー」の原型だったのですね。

僕たちはその時、真っ先にそこへ向かいました。


 

やがて、大きな池の前にたどり着きました。


 

黄色い潜水艦が浮かんでいます。
(これぞビートルズの『イエロー・サブマリン』?)

その潜水艦の船底に入り、窓から海底の様子を見る、という趣向です。潜水艦は数台ありましたが、小人数しか乗れず、そのため大勢の人たちが並んでいて、順番が来るまで、1時間以上も並んで待ちました。

 

 

やっと順番が来て、潜水艦に乗り込み、出発を待ちます。

船が動き出すと、丸い窓から「海」が見え、
海底のいろんな風景が見えます。
 


 

 


 

本当に海の底を散歩しているような気になります。


 
潜水服の人の姿が見えます。 

そこへ、今度はアニメの映像が 


 
 

撮影しましたが、これではよくわかりませんよね。
まあ、イメージとしてはこういうものです
 
(これはドリーですね。あくまでもイメージです)

    

ここからニモやドリー、そしてその仲間たちの冒険が始まります。
 

不十分な説明で申し訳なかったですが、モミィは大いに楽しんでいたようです。僕たちも「夢の国」に来た感触を楽しむことができました。


 

ニモやドリーたちの冒険が終わり、「潜水艦」から上がって来るモミィ。
上機嫌でした~
 

 

ちなみに明日東京でオープンする「ニモ」については、こちらをどうぞ。

http://www.tokyodisneyresort.jp/special/searider/ 

 

この新アトラクションは、
映像とライドシステムの動きを融合させることにより、映画で描かれた海底の世界を体験できる屋内型アトラクション。
というものなんだそうです。

キャビン(船室)に見立てたスタジオに大きなスクリーンがあって、お客さんはそれを見るのだと思います。2キャビンあって、1キャビン122名収容できるということなので、かなり広いですね。投資額は50億円とか。

僕たちが体験した「ニモ」に比べると、東京の新しい「ニモ」は、ケタ外れのスケールだなぁと想像がつきます。ロスの「ニモ」は、それだけ素朴でシンプルだったということでしょう。ただ、実際に潜水艦に乗って船底から窓をのぞくので、そのぶん臨場感はありましたけど。

この次に東京ディズニーシーへ行った時は、ぜひこの「ニモ&フレンズ・シーライダー」へ行ってみたいと思っています。

もし、行くことがあればの話ですけどね。


 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

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WBCやら卒業式やら

2017年03月17日 | 雑記

前回のブログで、WBCのイスラエル戦は、5番バッターの中田がキーマンで、彼が打つか打たないかで勝敗が分かれるのではないか、と「大予想」をしたっていうのに、その中田は試合に出ず、最後までベンチの控えだった。な~んじゃ、そら。

ともあれ日本はイスラエルにも勝って、6連勝という過去最高の成績を残して、ロサンゼルスで行われる決勝ラウンドへの進出を決めた。大会前は「これまでで最弱のチーム」と言われながらの大健闘である。

日本時間の22日午前10時から準決勝が行われる。相手はまだ決まっていないが、これに勝てば翌23日の10時から決勝戦だ。あと2勝! これがまた、とてつもなく大変なことですが、優勝出来たら嬉しいんですけどね。

   ………………………………………………………………

昨日は小学校のPTAの通学安全活動の一環として行われる「旗持ち」の当番だった。小学生の通学路の交差点などで、保護者たち2~3人が交通安全の旗を持って立つもので、年に2回くらい当番に当たる。そのうちの1回が昨日だった。

実は当初は3月17日が旗当番だった。しかし先日PTAの方から電話があり、その日は卒業式で、登校するのは5、6年だけなので、旗当番は16日に変更させていただきます、という電話があった。そこで昨日に繰り上がったというわけ。旗持ちのことについては、前回(去年10月)の時に詳しく書いてます。

http://blog.goo.ne.jp/non-ap/e/e51afe8933c8f4723a96791e159d3759


さて、そんなことで、今日17日はモミィの小学校の卒業式だ。5年生のモミィも学校で、卒業式のセレモニーやイベントの予行演習をず~っとやってきたという。セレモニーではピアノを弾く役もするそうだ。最近はそれでいろいろと忙しかったようで、昨日は「やっと明日卒業式や」とホッとするように言っていた。

ふ~む。卒業式ねぇ…。
来年の今頃はモミィが卒業式を迎える。
その日もまた、あっという間に訪れそうである。

 

 

 

 

 


 

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夫は妻のことを何と呼ぶ?

2017年03月07日 | 雑記

安倍首相が、衆院予算委員会で「森友学園」に関することに答弁しているのを聞いていて、ふと思ったことがある。話の本質とはゼンゼン関係ありませんけど。

安倍首相は当初の答弁では昭恵夫人のことを「家内」と呼んでいた。例えば、
「土地の売買については私も家内も事務所も、一切関わっていない」
という具合。

それが、しばらくすると「私の妻は…」に変わった。あれは何でだろう?と、少し気になった。たぶん、普段は家内と呼んでいるのだが、国会答弁で使う言葉としてはふさわしくない…と自分で気がついたか、誰かから提言があったからか知らないが、それで言い方を変えたのだろうか。

「家内」という言葉は、女性は家の中で家事をするもの、という昔のイメージが漂う。女性の地位向上をスローガンの一つに掲げる安倍首相が、国会で「家内」と言ったとき、僕はいささか違和感を覚えた。こういう呼び方はよろしくないのでは、と思っていたところだった。それがある時点から「妻」に言い換えるようになったので「そうだよね」と得心したのでした。


自分の妻をどう呼ぶかについては、僕は以前から興味がありました。

大阪では「うちの嫁さん」とか、年配者になると「うちの嫁はん」、もっと年寄りになると「うちのおばはん」「うちのおかん」などと言う(笑)。最近では若い人が「うちの嫁」と言うのが増えてきている。でも「嫁」って、姑が息子の妻に対しての用語では? ま、言い方は時代と共に変わってきますけどね。

ほかにもいろんな呼び方がある。刑事コロンボじゃないが「うちのカミさん」とか、一昔前は「うちの女房」が主流だった。しかし、正式に、といえば「妻」である。戸籍には「妻」って書いてあるんだもんね。「嫁」とか「女房」とか、書いていませんよね。ただし、くだけた会話の中では「妻」とは言いませんしね。あくまでもスピーチの時や文章に書く時の話ですけど。

余談ですが、ある時モミィが「妻」という漢字を見て「どく(毒)」と読んだので、大笑いしました。…というのはウソです。すみません(何だそれは?)。

で、僕の場合は、人との会話の中では「うちの嫁さん」と言い、ブログでは「妻」と書いています。ある方のブログには、奥さんのことを「おっ家内」と書かれており、笑いました。そういえば、
「いい家内 10年経ったら おっ家内」
というサラリーマン川柳がありましたっけ。

ところで、最近目立つのが「奥さん」と言う人が増えてきたこと。人の奥さんでなく、自分の妻を「うちの奥さん」と呼ぶんですよね。テレビのタレントなど「うちの奥さんがね~」というのがどんどん増えてきている。女性(妻)を尊重して言っているのか、妻が怖いのか(笑)、何となく格好いい言い方と思っているのか、仲のいい夫婦であることをアピールしようとしているのか、知りませんけどね。夫婦の離婚が急増している今日、一方では夫が自分の妻を「奥さん」と呼ぶのが増えているんですよね。これも一種の流行かも知れませんが。

ただ、僕が愛読する村上春樹さんは、以前からず~っとエッセイで、自分の妻のことを「うちの奥さん」と書いている。それで一時、僕も真似をしてブログに「うちの奥さん」と書きたい衝動に駆られたけれど、やめました。春樹さんは僕と誕生日が3日しか違わない同世代ですが、おしゃれな人気作家・村上春樹だからこそ似合うわけでね~(何ごとも、人によりますねん)。


とまぁ、妻をどう呼ぶか、というお話でしたが、逆に妻は夫をどう呼ぶか、という話もしなければね。ま、たいては「うちの主人」でしょうけど。

でも、先日もご紹介した下重暁子さんの「家族という病」という著作の中で、「日本人の女性のほとんどは夫のことを主人と言うが、自分は絶対にそう呼ばない」という一文がありました。まぁ、主人という呼称自体、「家内」の対応語みたいなもので、家庭では男が主役である、ということを字で表しているようですが、習慣として定着している呼び方であり、実際には夫を尻に敷いている妻も、人には「主人」と言うわけですよね(笑)。

じゃぁ下重さんご自身は夫のことを何と言っているかというと「つれあい」だそうです。本の中でも何度も「私のつれあいは」という言葉が登場していた。そういう表現も、これからの時代、増えていくのではないでしょうか。

僕が通うスポーツクラブでは、ほとんど年配の女性ですが、たいていは「うちの主人」と言いますね。中には「きょうはうちの亭主が不在だからお昼ご飯作らなくていいわ」という「亭主」という懐かしい言葉を使う人もいます。

また、若い女性の中では「今日は『旦那』が子供をみてくれています」と言う人もいました。同じく若い人は、配偶者を「パートナー」と呼んだりしています。これからは、こういう響きのいいおしゃれな外来語がさらに数多く使われていくんでしょうね。

外来語と言えば、「夫」は英語で「ハズバンド」。
最後にサラリーマン川柳をもうひとつ。

「ハズバンド ハズをとったら ただのヒモ」

「なんのこっちゃ話」を、ついダラダラと書いてしまいました。

失礼しましたぁ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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悪貨は良貨を駆逐する

2016年12月07日 | 雑記

昨日のブログの一番最後に、
「悪貨は良貨を駆逐する」という成句を使いました。
ふと頭に浮かんだままに、これを使ったわけですが、
考えてみると、こういう言葉を使うのは初めてでした。
(このブログの記事も、今日で1296回目ですけど…)
念のため、画面右下のほうにある「検索」で調べても、
昨日のほかは、一度も出てこない言葉でした。

それだけなら、それでおしまい…という話ですが。

それが昨日の朝の7時25分にアップした記事でしたが、
その約1時間後、「羽鳥慎一モーニングショー」で、
コメンテーターとして出演していた青木理(おさむ)氏が…

インターネットの医療情報に関して、医師の資格も何もない素人たちが、
ネット記事を寄せ集めて加工し、間違った情報を伝えていることに触れて、
「こういう記事を鵜吞みにしては大変危険です」と警告を発しつつ、
「ネットではこういうふうに『悪貨は良貨を駆逐する』わけで…」
と述べたのでした。

テレビのコメントでも、この言葉はめったに聞かないけれど、
自分がブログで書いたばかりの言葉が、テレビで発せられると、
何だか妙な気持ちになってくるものですね。

しかしその時に、改めて思ったのですが、
この番組で話題になったネット情報でも、
検索の上位に来ている情報ほどガセネタが多いそうだし、
テレビ番組にしても、お笑い芸人がキャッキャと騒ぐだけ…
…という中味のないものが、どんどん増えてくるし、
(それをまた、僕も見ていたりするんですが…)
いい加減なものが、ただ目立つというだけで大衆に受け入れられ、
真面目なものほど端に追いやられる風潮になってきていますね。

その他の世界でも、地味で真面目な努力家より、
目立つ人のほうが成功する率が高いんだろうし。

そんなことを思うと、今の世の中、まさに
悪貨が良貨を駆逐する時代…と言えるのでは?

…と、エラそうに、ぶつぶつと、つぶやいている僕です。

 

 

 

 

 

 

 

 

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餅つき禁止令…?

2016年12月06日 | 雑記

つい先日の話だけど…
一部の自治体で、年末年始の風物詩の「餅つき行事」を禁じる、
…という信じられないような話を聞いた。理由は食中毒だった。

「餅つき」は、手に触れる工程が多いため、
餅に菌やウイルスがつきやすく、注意が必要です。
餅つきでノロウイルスなどを原因とする食中毒が全国で起こっています。

という解説がついていた。

しかし、何も餅つき自体をやめてしまうこともないだろう、と思う。
手洗いやマスク着用等で万全の予防をして、実施すればいいのでは。
それと、生のままではなく、そのお餅を調理して食べればいいのだ。

それよりも、あの「大食い大会」や「早食い大会」のほうが問題だろう。
一部で「わんこそば」の早食いという「伝統的行事」はあるものの、
最近は、無闇やたらと食べまくるTV番組などが多くて閉口する。
TV番組と関係なくても、全国各地でそんな催しが行われている。
あんなことをして、何が楽しいのか(ぶつぶつ…)

11月中旬に、滋賀県のJA(農協)が開いたフェスティバルで、
「おにぎり早食い競争」というのが行われ、
それに出場した28歳の男性が、のどにおにぎりを詰まらせて、
救急搬送され、意識不明のまま3日後に死亡した、という。

こういうことが実際に起きたのだから、これに懲りて、
「早食い」とか「大食い」の大会は自粛するように…
という空気が全国に広がっても不思議ではないと思うのだが、
その「事故」が起きた直後にも、「大食い選手権」
などという番組が新聞のTV欄に載っていた。

なのに「餅つき」のほうは禁止令を出す自治体まで現れた。
餅つきをなくそうというより、こちらをなくせ…と言いたい。

餅つきをする地域が徐々に減少していって、
逆に
大食い、早食い大会がどんどん増えていくと、
それこそ、「悪貨は良貨を駆逐する」
を地で行く話になってしまいそうで…。

 

 

 

 

 

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