モミィとソラを連れ、妻と4人での白浜1泊旅行は、ツイてなかった。
2人とも、砂浜で遊んだことは何度かあるが、海の中に入ったことはない。
つまり、これが海水浴デビューなのだ。
それが、よりによってこの28日と29日だけ、悪天候に見舞われるとは…
1日目の28日。
曇り空の大阪天王寺駅から11時半発の特急「スーパーくろしお」に乗る。
まだ、雨は降っていない。
列車では、3人分の指定席を取っていた。
×号車、△番のB・C・Dの3席である。
僕がB席に座り、通路を挟んだCとDの席に妻たち3人が座った。
妻とモミィとソラで、この2人掛けの席はちょうどいい大きさだ。
モミィたちはさっそくデパ地下で買ったばかりの弁当を広げ始めていた。
では僕も、弁当をアテに、駅で買った冷たい缶ビールを飲むぞぉ~
…と至福の気分になりかけたその時、
「ここ、私の席ですので」と、スーツ姿の男性が現れた。
僕は席を立ち、通路に出て、その男性が窓側のAの席に座るのを眺めた。
どうせここは空席だろう…というアテは見事に外れてしまった。
スーツ姿の男性は、いかにもバリバリのビジネスマン風だ。
大きな荷物を棚に押し上げ、ドンっと座り、腕組みをする。
虚空を睨むその態度には、なんとなくトゲトゲしい雰囲気が漂う。
おまけにビジネスマンは大柄な男だったので、どうも窮屈でならない。
そんなところで、弁当を広げ、缶ビールを開けるのもなぁ…。
いきなり出ハナをくじかれた僕であった。
幸い、ビジネスマンは次の停車駅の和歌山で下りた。
ここでようやく「プッシュー」っと缶ビールを開ける。
グビグビグビグビ…
列車が白浜に近づき、海が窓の外に広がってきた。
気になる雨は、まだ降っていないようだ。
ホテル「むさし」に着いたのが2時頃。
海水浴場は、ホテルから水着のまま行ける至近距離にある。
「すみません、チェックインは3時ですので…」とフロント。
「海水浴へ行かれる方は、そちらの大浴場でお着替え下さい」
「荷物は…?」
「こちらでまとめてお預かりしておりますので…」
そんなやり取りがあったので、僕らは大浴場へ行き、水着に着替えた。
必要な荷物だけ、着替えない妻が持ち、あとは荷物預かり場所へ…
すると、「あ、もう大丈夫ですから、チェックインしてください」
と、従業員が言った。なんだ、それは…? 3時からと言ったくせに。
僕もモミィもソラも、水着姿で、いざ出陣のモードなんだよ。
妻が、ごった返すフロントに並んで、やっと部屋番号札をもらってきた。
部屋番号は6015室、とある。
このホテル「むさし」は、新館、旧館、ナントカ館とかが入り混じり、
複雑な迷路のような造りになっているので、部屋にたどり着くのも大変だ。
ようやく探し当てた6015室。しかし…
「鍵は…?」と妻に尋ねる。
「鍵…?」
「そう、この部屋の鍵はどこ…?」
「あら、鍵ねぇ。あ、もらってこなかったわ」
「な~んやそれ」
「もう一度フロントに行って来る!」と、妻はエレベーターの方に走った。
「まだぁ…? 海水浴は、まだかぁ…?」とモミィやソラが叫ぶ。
僕たち3人は、さっきからずっと水着姿のままでウロウロしているのだ。
やがて、妻が戻ってきたが、その横に仲居さんがいて、
「申し訳ございません。私がお部屋までご案内させていただこうと…」
しかしフロントが人だらけだったので、僕らがわからなかったそうだ。
鍵は、最初からこの仲居さんが持っていたのである。
あぁ、時間はどんどん経っていく。
今にも雨が降り出しそうだというのに…。
部屋に荷物を置いて、廊下へ飛び出す。
また、迷路のような通路やエレベーター、階段などを下りる。
ホテルの裏口に「海水浴場への通路」と大きな看板がある。
そこを通り、外に出て、子どもたちの手を引き、浜辺に出た。
これまで、海に来ても波を怖がって水中に入らなかったモミィ。
海どころか、プールですら1週間前の市民プールが初めてだったソラ。
そんな2人だったが、最初は少しためらったものの海に入ると大喜びした。
モミィは、さすがスイミングスクールで水に慣れているところを見せた。
ソラも、最初は膝まで浸かったまま固まっていたが、
数分で恐怖を喜びが上回ったのか、威勢よくはしゃぎ出した。
だが、30分ほど遊んだら、雲行きがいよいよ怪しくなってきた。
何やら聞き取りにくい割れた声が、拡声器を通じて流れてきた。
「雷雲が出てきているので、注意してください」
というようなことを、放送しているようだ。
そのうち、大粒の雨がパラパラと落ちてきた。
「ありゃ、これはヤバイ。ホテルへ帰るぞ~」
と、浜辺で見学していた妻と4人で、ホテルへ走って帰った。
他のお客たちも、どんどん浜辺から退却して行った。
ホテルの部屋に戻り、窓の外を見ると、すでに本降りである。
しかしまあ、わずか30分くらいだけど、海に入れてよかったと思う。
予報では、明日も雨だという。しかも今日の雨より激しいらしい。
せっかく海水浴に来て、一度も海に入れないのでは話にならないもんね。
夕方から温泉に入り、バイキングの夕食を食べて、くつろいだ。
浴衣を着たモミィとソラは、部屋の中でも外でも走り回っていた。
一夜明けて29日の午前5時。窓の外を見る。
かなりきつい雨が降っている。
アナザービートルさんから早朝メールが入っていた。
「大阪も雨です。和歌山も雨でしょうね。気をつけて楽しんで来て下さい」
というようなことを書かれていた。
ありがとうございます。気をつけて、楽しみま~す。
やがてモミィたちが起き、大浴場へ行き、朝食へ…。
雨は益々激しくなり、10時にチェックアウトしたものの、することがない。
他にも、ホテル内でぶらぶらしている客たちが多かった。
こんな雨でも、子どもたちは海が見たいと言う。
フロントで「むさし」と書かれた傘を2本借りて、4人で海辺に出た。
海は誰も泳いでいない。制服を着た監視員のような人が歩いている。
浜辺を、傘を差して散策している人も、わずか数組である。
同じ浜辺での昨日の喧騒とは大違いである。
モミィとソラは、浜辺に押し寄せる荒い波にキャッキャ騒いでいた。
またホテルに引き返し、ロビーで時間をつぶしている間、
雨は横殴りの強烈なものになり、玄関の向こうが見えないほどだ。
やがて時間が来たので、タクシーを頼んだ。
タクシーのワイパーも効かないほど猛烈な雨である。
運転手さんも苦笑いしながら、
「こんなひどい雨は、めったにないです。日が悪かったですね~」
白浜駅前で昼食をとり、午後1時半の特急「くろしお」に乗った。
豪雨のため、列車は少し遅れたが、10分ほどの遅れで済んだ。
白浜を出て1時間も経たないうちに、空が明るくなり、雨が止んだ。
3時半に大阪天王寺へ着いたら、青空が広がっていた。
なんのこっちゃ、の1泊旅行だったけど、子どもたちが熱も出さず、
無事に行って帰れたことで、まあいいか…と妻と納得しあった。
たとえ30分でも、海に入って遊べたことも、幸運だったということで…。