
僕は「犬神家の一族」が横溝正史作品で一番好きである。本格推理小説としての評価は「獄門島」などに比べると落ちると言われているが、「犯人も知らなかった事後共犯」「二人一役」をこれほど効果的に使った作品を僕は知らない。なので、なぜクリスマスイブに犬神家? なんでも平成最後のって付けるんじゃねえよ、と思いながらも見てしまった。
さきほど他の人の感想を見てみたら、市川昆監督・石坂浩二主演の映画と比較して批判する人が多かった。僕もあの映画版は大好きだが、あの映画にも重大な欠陥がある。佐智の死体を屋根に上げる無意味さとか、湖の逆さ死体の絵解きがないとか。おどろおどろしさとか広大な日本家屋の闇の表現とかでカバーしているが、あの映画だって手放しでほめられるものではなかった、と言っておく。
では今回の感想。
四分の三までは、だいたい原作に近い。CM込みで2時間だと入りきらないだろうと思っていたのだが、適度なテンポで各シーンを拾えていた。
マスクは佐清の顔を模したもののはずだが、今回のマスクは賀来賢人ではなくドランクドラゴン鈴木のように見えた。
市川崑版は撮影時期の関係か夏っぽいのだが、今回のは原作どおり秋から冬で、そこはよかった。
加藤シゲアキは、あれはあれでいいのでは。昭和24年だと金田一耕助はまだ若く、あのくらいの歳でも問題ない。演技も彼なりの金田一耕助をやれてたと思うけど。ただ、旅館に着いていきなりホームズばりの推理を披露するのは余計だった。金田一耕助はそういうタイプの探偵ではない。もちろん原作にもあのシーンはない。
生瀬勝久の橘署長が面白かった。金田一が勝手に出ていったときの「ちゃんと閉めろよ」とかはアドリブなんだろうか。加藤武の「よし!わかった!」のポーズも小さくやってた。
高梨臨は割りと好きな女優だし、雰囲気もあってるが、結婚しちゃったからなあ。佐清も既婚だけど。
佐智が珠世に形だけの結婚で協力を仰ぐのが新しいと思った。原作では、珠代は絶世の美女なので色欲なしは有り得ないと佐武、佐智共に思っているので。
その佐智の遺体は木に吊るされた。吊るす意味は語られなかったが、女性一人の犯行であることを隠すためだとしたら、まあ有りかな。ロープで上げるとき、かなり力が要りそうに見えたので。じゃあそう語れよとも思うが。
というわけで、前半はよかったのだが、後半は原作改悪が連発してた。
一番ダメな改変は、珠世が犬神佐兵衛の初恋の人・野々宮晴世の孫だから遺産を相続させるというところだろう。原作では珠世は佐兵衛の孫である。野々宮大弐は性的に不能で、佐兵衛と晴世は大弐公認の不倫関係にあった。エグい設定なので自粛したのかもしれんが、そのエグさが横溝正史だし、まさか孫だったとは!という原作のびっくり感もない。それに、お金だけならともかく、何千人も従業員がいる会社の行く末を決めるのに初恋はないでしょ。
小夜子(佐武の妹)が存在しないので、真・佐清と珠世に遺産を継がせつつ、小夜子と佐智の子供も経営に参加させてやってねという松子の配慮から生じるこの作品の爽やかな読後感が半減している。
宮川香琴が青沼菊乃だという設定がない。呪うほどの仇敵に琴を教えるのは不自然と言えばそうなのだが。市川崑の映画にもこの設定はない。
一度でも手形が一致したということは、本物の佐清は生きていると松子夫人は確信するわけだが、黒木瞳は偽者を殺したあと意気消沈していた。おかしいなあ。
で、佐清が生きてるからには、まだ逮捕されるわけにはいかないと、ない知恵を絞って「スケキヨ」を逆さにして上半身を湖に突っ込んで「ヨキ」を表現し、一連の呪い的なやつに見せかけたわけだが、あの判じ物はなぜか猿蔵が考えたことになった。市川崑の映画は、判じ物の説明すらないので、そこは評価したいが。
全体的には、期待してなかった割には楽しめたし、頑張ったのはわかるのだが、残念な部分もあった。でも残念なのは加藤シゲアキのせいではない。やはり脚本が、というところかな。