日々なるようになる

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京都 ・ 蓮華王院三十三間堂

2010-07-23 | 西日本で過ごした時の記録です。


本 堂





正式には蓮華王院(国宝)といい、長寛2年(1164年)鳥辺山麓(現・阿弥陀ケ峯)の後白河上皇・院政庁

「法住寺殿」の一画に平清盛が増進した。 約80年後に消失したが、すぐに復興に着手し文永3年(1266年)に

再建されました。その後、室町・桃山・江戸そして昭和と四度の大修理により700余年間保存されています。

長いお堂は和様の入母屋・本瓦葺きの「総檜造り」で約120メートル。正面の柱間が33あることから「三十三間堂」と

通称され、堂内には1001体もの観音像が祀られています。また、見落としがちだが境内・南の通称「太閤塀」と

呼ばれる築地塀と南大門は、ともに豊臣秀吉ゆかりの桃山期の気風にあふれた重要文化財・建造物です。












日本唯一の千体観音堂 (国宝)





無限の慈悲 ・ 千体の観音立像          

中央の巨像(中尊)を中心に左右500体(重文)、合計1001対がご本尊。

正しくは「十一面千手千眼観世音」 (じゅういちめんせんじゅせんげんかんぜおん)といい、当院の像は

檜材の「寄木造り」で、頭上の11の顔と40種の手に表現される。中尊(国宝)は、大仏師湛慶(運慶の長男)

82歳の時の造像で鎌倉期(建長6年)の名作と評価されています。等身立像の中、124体はお堂創建時の

平安期のもので、他の800余体は鎌倉期の再建の折に、約16年をかけて復興されました。
             
 



国 宝  「雷神」 と 「風神像」

堂内両端のひときわ高い雲座にのった風神と雷神像は力強く躍動的です。古代人の自然や天候に対する畏れや

感謝の心が、空想的な二神を創造し、風雨をつかさどり、「五穀豊穣」をもたらす神々として信仰されました。

太鼓を打つ雷さまと風の袋をかかえた風の神というイメージを決定づけた鎌倉彫刻の名品(国宝)です。


 



国 宝   「観音二十八部衆像」

観音像の前列と中尊の四方に位置する変化に富んだ28体の仏像(国宝)は、千手観音とその信者を

守るという神々で
インド起源のものが多く、その神話的な姿が迫真的に表現されています。

技法的には檜材の「寄木造り」で、仏像の
手や顔を別々に彫んで接着し、漆を塗って彩色仕上げをしたものです。

目にはより写実性を高めるため、水晶をはめ込む「玉眼」という技法が用いられています。



 

(いずれもパンフレットより)

千体観音は、いつ拝礼しても圧巻です。  一体、一体表情が違っています。






本堂の裏側です。




本堂の正面です。 撮影禁止となっていたため ・・・ 離れたところから  





回 廊 塀





今回の京都散策は、いずれも以前訪れたところばかりですが、何度訪れても魅力満載でした。



時間的に、まだ余裕がありましたが、蒸し暑さにバテ気味の為 早めに切り上げることにしました。

京都の夏は暑いです。  次回は、涼しくなってから訪れたいと思います。



京都駅ですが、暑いのにも関わらず人が多いですね。

祇園祭もあり ・・・ 行きたいという気持ちは大でしたが、暑さに負けました。 




京都駅の二階から上を見上げて  すごい造りに  でした。




羅城門をイメージして造られたそうです。 

日本の鉄道駅舎としては」異例の国際指名コンペ方式で行われ、世界的に有名な建築家7名が名前を

連ねています。世界的に有名な建築家といいましても、黒川紀章さんしか知らないのですが ・・・ 








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