ユーロシティのコンパートメントから

欧州旅行がメインですが、最近は日本の旅行が多いです。そして”鉄分”濃くなってきてます・・(笑)

なつかしの画像は、また急行奥久慈号! しかもサボ!(笑)

2011年01月18日 01時42分38秒 | 鉄道ネタ!(笑)
これは磐城石川発上野行きの奥久慈2号でしょうね。
撮ったのが確か80年の冬だったし、同じサボの3号だと上菅谷駅到着が午後6時過ぎだったので真っ暗だったはずなんで。。


で、かつて急行奥久慈号は2往復ありました。


1号と4号は上野~郡山

3号と2号は上野~磐城石川

それぞれ上野~水戸間でときわ号と併結されてました。


でも、(下り基準で)単独の奥久慈となった水戸駅では1号と3号では編成数が違ってたんですよ!

1号は4両。
3号は5両。

ところが、常陸大子に到着する時は共に4両になってます。
なぜでしょう?!



実は3号と2号は、上菅谷で併解結作業があったからなんです!




2番線に到着した3号は、この1号車が上菅谷で切り離され、、、

その1号車がいったん構内の端まで(水戸方面)進み、、、

ポイントが切り替わり、3番線に停車中の常陸太田行きの普通列車に併結されて、、、
(これはキハ20とか近郊型の編成!)

4両は先に磐城石川へ。
そして1号車をつなげた普通列車はそのあと常陸太田へと向かったんです。。。


どうですか、すごいでしょう?!
いまじゃありえない編成の仕方ですよね!(笑)


ウチは何度もこの列車に乗ったり、また見たりしてたので自然でしたが、片運転台のキハ58系、しかも1両が客を乗せたまま構内を併解結作業して走る、なんて、(ウチの記憶の限り)日本全国探してもめったになかったのではないでしょうか???
今もしそれが続けられてたならば、きっと多数の鉄の方がいらしてたでしょうね。。。

てか、その作業風景も撮っておけばよかったのに、、、って、デジカメが無く、しかもガキだった当時では無理な話だったかな?!(苦笑)




もひとつアップした画像を。。。
う~ん、やっぱり「急行」、そして「上野ー磐城石川」のサボ、いいですね~

あと、ドアのタブレット防止柵、そして「水ミト」の文字、、、



う~ん、この画像、いろいろ語ってくれますね。。。(笑)
今、常磐線、水郡線沿線に住んでる若い人たちは、こういう列車があったことが信じられないでしょうね。。。



我ながら”味のある”画像を撮ったなぁ、、、と自己満足してます。。。