かつて、ルーマニアの首都、ブカレストはこう呼ばれてたそうです。
きっと華やかな雰囲気だったんでしょうね・・・
でも、チャウシュスク時代にその多くの建物が取り壊され、、、
その跡には近代的な建物に建ち、、、
(先回の国民の館は、まさにその典型!)
道路もまっすぐ、しかも「デカく」整理され、、、
「いかにも共産主義」という街に様変わりして、かつての雰囲気があまり残ってないと言われてます。
そんなブカレストの街を、最初は「無機質な所なのかな・・・」と思ったのですが、、、
歩いていると、、、
この建物、なんかいいじゃないですか?!
これだって!
「歩き方」によると、旧市街と凱旋門に続く通りにはまだ残ってるそう。
たまたまそのエリアの一部にいたからかもしれませんが、思ったよりは「ヨーロッパらしい」雰囲気でしたよ。
(2枚とも統一広場の近くの川沿い)
もちろん近代的な建物も多かったし、西側の看板も多かったです。
でも、そこかしこに見えた「古きよしヨーロッパの建築美術」。
(↑なんか似合わない言葉、使ってますね・・・苦笑)
もちろん知識などは全然無いけど、その雰囲気だけでも味わえてよかったです。
ここもヨーロッパなんだなって・・・
きっと華やかな雰囲気だったんでしょうね・・・
でも、チャウシュスク時代にその多くの建物が取り壊され、、、
その跡には近代的な建物に建ち、、、
(先回の国民の館は、まさにその典型!)
道路もまっすぐ、しかも「デカく」整理され、、、
「いかにも共産主義」という街に様変わりして、かつての雰囲気があまり残ってないと言われてます。
そんなブカレストの街を、最初は「無機質な所なのかな・・・」と思ったのですが、、、
歩いていると、、、
この建物、なんかいいじゃないですか?!
これだって!
「歩き方」によると、旧市街と凱旋門に続く通りにはまだ残ってるそう。
たまたまそのエリアの一部にいたからかもしれませんが、思ったよりは「ヨーロッパらしい」雰囲気でしたよ。
(2枚とも統一広場の近くの川沿い)
もちろん近代的な建物も多かったし、西側の看板も多かったです。
でも、そこかしこに見えた「古きよしヨーロッパの建築美術」。
(↑なんか似合わない言葉、使ってますね・・・苦笑)
もちろん知識などは全然無いけど、その雰囲気だけでも味わえてよかったです。
ここもヨーロッパなんだなって・・・
と思っていない人がEU圏内に多くて、びっくりです。日本から見ると、ルーマニアはやっぱりヨーロッパの国ですよね。
やっぱり共産主義、がルーマニアをヨーロッパから遠くしたのかな、と思います。
同じヨーロッパなのにルーマニアをよく知らぬ人が案外いる、ってことを。
地理的、政治的、歴史的、いろいろ理由はあるかもしれませんが、まさか「アジア」or「アフリカ」なんて言わないですよね、彼らも・・・
ウチなら「じゃあ、ルーマニアはどこだと思ってたの?」ちょっと聞いてみたい気もするかも。。。