尾崎まことの詩と写真★「ことばと光と影と」

不思議の森へあなたを訪ねて下さい。
「人生は正しいのです、どんな場合にも」(リルケ)
2005.10/22開設

おれだけ村の火の玉坊や

2009年01月05日 22時09分03秒 | 童話

おれだけ村の火の玉坊や



 お侍さんが、刀をふりまわしていばっていた、大昔のお話です。
 お山にはさまれた、おれだけ村という村がありました。冬には雪が積もる、寒い村でした。村のまん中には、丘の広場がありました。そこには大きなぶどうの木が一本、でんと座っていました。夏には、たくさんおいしい実がなりました。村の人たちは、
 「これはおれだけのぶどうだ、誰にもあげるものか」
 と口々に言いはって、うばいあいの喧嘩になります。まるで、喧嘩祭りです。ぶどうがつぶれて、みんなの顔はぶどう色に染まりました。
 秋には、柿のとりあいになって、みんなの顔はかき色になりました。春には、桃のとりあいで、みんなの顔はもも色になりました。お米ができても、おいもができても、
 「おれだけのものだ」
 と叫ぶので、この村は「おれだけ村」と呼ばれたのです。

 ある年の、ほんとに寒い寒い冬のことでした。秋の収穫が少なかったので、おれだけ村の村人は、食べ物にも、暖まるための炭にも困るようになりました。昼間でも、灰色の雲が空をおおい、夜明け前のように暗いのです。
 「お日様が出るともう少し暖かくなるのになあ」
 と、みんな口をあいて空を見ておりました。
 すると雲に裂け目ができて、まばゆい金色のロープがするする降りてきました。きらきら輝くロープは、雪でおおわれた広場のまん中の、大きなぶどうの木まで下がってきました。
 「なんだろう?」
 村人は空に顔を向けたまま、広場に集まってきました。みんな、ロープのまわりに輪になって、がやがやしていました。
 「わっ、お日様のしずくが降りてくる!」
 そうです、火の玉坊やが、ロープをつーと降りてきたのです。坊やは頭の毛が逆立っていて、たいまつのように燃えていました。顔と体は人間の子供とおなじで、人なつっこい丸さです。トラの皮のパンツをはいていました。
 「寒かろう、火の種はいらんかえー、火の種はいらんかえー」
 広場に降り立った坊やは、歌うようにかわいい声で繰りかえして言いました。
 誰か一人が言いました。
 「雷さんの子だ!」
 あっという間に、雪で滑ったりしながら、逃げていってしまいました。坊やは村じゅうの家を、駆け回り
 「火の種はいらんかえー」
 と声を張り上げました。注文がないので、だんだんその声は、やけくそになってきます。
 「坊や、いらないよ。火事になるから早くお日様のところへ帰っておくれ」
 家の戸を閉ざしたまま、こう言って追い帰してしまうのでした。ある家の二階の窓が開きました。坊やと同じような年頃の女の子の頭が出てきて、
 「鬼は外!」
 硬い豆が降ってきました。かわいい女の子に鬼と間違われた坊やは、がっくりしたのでしょう。頭の炎がうなだれています。
 最後に、大きな庄屋さんのおうちに訪れました。門が開いて、用心棒のひげづらのお侍が出てきました。手に桶を持っていました。
 「ジュー」
 お侍は、坊やの頭から水をぶっかけたのです。坊やは、ワーッと叫んでしまいました。煙を引きずりながら走って逃げました。

 丘の広場に戻った坊やは、ひっくひっく泣いていました。泣くとオレンジ色の炎が、小さくなっていきました。炎が消えると、坊やは死んでしまうでしょう。
 「坊や、どうして泣いてるの?」
 ぶどうの木のおじさんが、しゃべったのです。
 「おれだけ村をあっために来たのに、お水をかけられちゃったよ」
 おじさんは、腕のような太い枝を坊やの方に傾けて優しい声で言いました。
 「さんざんだったね。じゃあ、お父さんとお母さんの待っているお家にお帰りよ」
 坊やは首をちょっとかしげて言いました。
 「それがね、お父さんと、お母さんのお家が別なんです。…では今夜、お母さんのお家に帰るとしましょう」
 おじさんは、枝をかさこそさせて坊やに頼みました。
 「それまで、この裸のおじさんを 暖めてくれないか」
 坊やの炎がぱっと明るくなりました。坊やは、頭をふって、おじさんのまわりを踊りながら回りました。そうです、ほんとこの子は、みんなが喜んでくれるのが一番なんです。
 おじさんは、地面が揺れるぐらい、根元をゆらして笑いました。すると、見る見るうちに、葉っぱが茂り紫色の大きな実がたくさんなりました。それから雪の消えた丘には、色とりどりの花が咲き蝶も来ました。夜になっても、坊やのおかげでそこだけが明るくて、春のような丘でした。
 雪の山から、きつねのお母さんが、白い息をぽっぽさせておりてきました。背中に、お母さんとそっくりな顔をした、子供が乗っていました。お母さんは、祈るような目をして言いました。
 「お乳が出ません、ブドウをわけてくださいな」
 ブドウのおじさんは、
 「だいじなものはみんなのものだ」
 と、体をゆすって、実を落としてあげました。お母さんは、ブドウをかんでブドウのお乳を作りました。飲んだ子供は元気になりました。
 「コン、コーン、ココーン」
 もう、ブドウの木の周りを歌って跳ねてます。坊やの火の玉は、うれしくて、大きくなりました。
 こんな風景を見ていたたぬきの親子三匹が、山から下りてきました。三匹の親子はみぞれで濡れていました。たぬきの家族は、坊やの明かりで美しくチラチラ照らされていました。お父さんがいいました。
 「夜になっても、この子が寝ないのです。
お月様が見たいようって、ね」
 お父さんに抱っこされている、たぬきの子供は口をとんがらせています。火の玉坊やは言いました。
 「大事なものは、きっと、みんなのものなんですね。お月様もね」
 そして、雲の空に向かって大声を出しました。
 「ぼくのおかあさーん」
 雲に穴が開いて、まんまるお月様があらわれました。たぬきの親子は喜んで
 「ポン、ポン、ポンポコリン」
 おなかの太鼓をたたいて、狐さん達と一緒に踊りだしました。それを見ていた、山の動物達がたくさんやってきました。リス、うさぎ、熊さん一家までやってきました。
鼻の頭をすりむいた、熊の子が言いました。
 「おいら、お砂糖のお菓子が食べたいよ」
火の玉坊やは、空の星におねがいしました。
きらきらお砂糖のお菓子が、流れ星のように降りました。リスには栗のお菓子が降りました。こうして動物達は、お星様からいろんなお菓子をもらって、嬉しくて、歌って踊りました。

 お祭りの最中に、お月様から銀色のロープが降りてきました。坊やが
 「おかあさん、今晩はみんなとここで過ごします」
 と言うと、ロープは消えました。ブドウのおじさんは、ロープを消した、お母さんの気持ちを思いました。
 「この子は、今夜のような賑やかなことが好きなんだなあ。だから、お母さんは、夜のお祭りを許したんだなあ」
 丘の動物達のふしぎなお祭りを、窓や戸の隙間からみていた村人達も、がまんできずにやってきました。
 「坊や、昼間は悪かったね。火の種くれませんか」
 坊やは、頭の火の種をブドウの葉っぱで包んで、ひとりひとりにあげました。火の種を胸にしまうと、もらった人は心まで暖かな気持ちがしました。おまけにぶどうを食べると、酔っぱらってしまいました。動物達と一緒になって、輪になって踊り歌いました。いつもは、畑を荒らすとかで仲が悪いのにねえ。
 坊やの頭の火は、種をあげるたびに、小さくなっていきました。坊やは、最後の力をふりしぼって、頭から派手な花火を打ち上げました。
 『ドカーン、バリバリ、ドカーン』
 空いっぱいにヒマワリが咲きました。みんな手をたたいて大歓声をあげました。
 ところが、夜明け前でした。強欲な庄屋が、火の玉坊やのまねをして、空に向かって叫びました。「大事なものはみんなのもの。小判よ降って来い!」
 すると、風が吹いて、小判のかわりに霰が降ってきました。
 動物達は山の巣へ、村人はそれぞれの屋根のあるお家へと、てんでばらばらに帰っていきました。楽しいお祭りは、こうしてあっけなく終わったのです。

 夜が明けました。丘の広場には雪が降っています。静かです。火の玉坊やと、ブドウのおじさんだけが残っています。おじさんは、言いました。
 「坊やの頭、ロウソクの炎みたいに、小さくなったね」
 坊やは、にっこりしました。
 「おじさんだって、丸裸じゃないか」
 「そのうち春が来たら葉をつけ、夏が来たら房をつけるさ」
 寒くて身震いしているおじさんを、あっためる力は坊やに残っていませんでした。坊やも、震えていました。トラの皮のパンツ一枚なんですから。
 おじさんは坊やを、根っこの穴に入れて抱いてあげました。疲れた坊やはすぐにいびきをかいて、眠ってしまいました。雪で体が白くなってきたおじさんは、独り言を言いました。 「この子は、いつになったらお父さんとお母さんと三人して暮せるだろうか」
 おじさんの言葉はたちまち、木枯らしの風が巻き取っていきました。お昼を過ぎて、ブドウのおじさんは寝ている坊やを起こしました。
 「さあ、坊やのお家に帰る時が来たよ」
 お父さんのお日様は、厚い雲で見えませんが、雪の渦巻くなかに金色のロープが真っ直ぐに降りています。おじさんは、坊やの腰にロープを結んであげました。
 坊やはいつまでも手を振って、おじさんにバイバイしてました。ずんずん高くなって、雪でとうとう見えなくなってしまいました。

 おれだけ村には、もう二度と火の玉坊やは現れませんでした。今でも坊やは、金のロープと、銀のロープを、元気よく、降りたり昇ったりしています。あなたのこころの丘にもね。


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