思い出したくもない思い出ってのがある
いくつかある
でもそれはしょうがなかったんじゃない?
ってのもあるけど
もう一度その日に戻ってやり直したい行為もある
人によってはなんでもないことかもしれないけど
自分にとっちゃ耐えられないくらいのきっと何でもないことなんだろう
さだまさしのトーク集 二回目を聴く機会が巡ってきた
彼は小学1年生の時におばあちゃんにした行為を痛く反省している
まだどこでも行われていると言えない頃、誕生日会を開いてもらったまさし少年
友達からのプレゼントをみんなの前で一つ一つ開けていった
最初はすごくうれしい気持ちになったのに 新しいのを開けるたびにその感動が薄れていった
でも彼には最後の砦があった
それはおばあちゃんの自分への誕生日プレゼント
いつもやさしいおばあちゃんからのそれはどんな人がくれたものより感動するに違いない
そう思いながら心ときめかせながらそれを開けた
そこに入っていたのはおにぎりだった
いつも喜んで食べていたはずのそれがやけに見すぼらしく見えた彼はそれに手を付けずに遊びに行ってしまった
でもその先でも気になってしょうがない
もしかしたら俺はおばあちゃんを傷つけたのはないか
小学一年生だった少年がそう思うこと自体偉いと思うのだが
かれはあそびもそこそこに自宅へ帰ると あばあちゃんはそのおにぎりをお茶碗に入れてお茶漬けにして食べていた 寂しそうな猫背で・・・
そこで自分がどれだけひどいことをしてしまったのか悟ったのだという
その話を聞いてて いつも僕の心に引っかかってることを思い出した
まだ僕もそんな子供の頃だった
二階建てだった一階には祖母と祖父 それに叔母(父の妹)
二階には父母僕に妹が住んでいた
いつもじゃないけど母親の口から父の親に対する愚痴など計算してはいない毒を僕らの気持に摺り込んでいたんだと思う
ある夜、お菓子だったと思う
その袋を見つからないようにそっと小脇に挟んで二階へ上がろうとしてた僕
下にあるお菓子を持って二階へゆくことはちょっとだけ勇気のいることだった
これは僕だけで食べようとしたわけではないが母に言われて取ってこようとしたものでもなかった
おかあちゃんと食おうと思って手にしたつもり
それを祖母と叔母が見つけた
「あ~ 見えてるよ お菓子お菓子」
そう囃し立てられたような気がした
叔母の声は笑顔の声だった
悪く取ってしまった僕は
「やらしいなぁ」 と言って持ってたお菓子を下に投げつけた
一階で生活してる人達はある意味母の敵 僕はその時母の側に立ってしまったのだろう
祖母はあんなに好きな人だったのに・・
悲しい思いをさせてしまったに違いない
何も持っていっちゃいかんと言われたわけじゃない
それなのになんてかわいげのない口を利いたんだろう
翌日から僕は反省の日々を送った
でもごめんなさいと謝った覚えもない
ずっと心に残したまま もう祖母もいないし叔母もいない
その後 それを補うべく祖母たちと接してきたつもりではあるけど
伝える相手がいないのは寂しいもんだし心残りです
ごめんなさいと言えばよかった
いくつかある
でもそれはしょうがなかったんじゃない?
ってのもあるけど
もう一度その日に戻ってやり直したい行為もある
人によってはなんでもないことかもしれないけど
自分にとっちゃ耐えられないくらいのきっと何でもないことなんだろう
さだまさしのトーク集 二回目を聴く機会が巡ってきた
彼は小学1年生の時におばあちゃんにした行為を痛く反省している
まだどこでも行われていると言えない頃、誕生日会を開いてもらったまさし少年
友達からのプレゼントをみんなの前で一つ一つ開けていった
最初はすごくうれしい気持ちになったのに 新しいのを開けるたびにその感動が薄れていった
でも彼には最後の砦があった
それはおばあちゃんの自分への誕生日プレゼント
いつもやさしいおばあちゃんからのそれはどんな人がくれたものより感動するに違いない
そう思いながら心ときめかせながらそれを開けた
そこに入っていたのはおにぎりだった
いつも喜んで食べていたはずのそれがやけに見すぼらしく見えた彼はそれに手を付けずに遊びに行ってしまった
でもその先でも気になってしょうがない
もしかしたら俺はおばあちゃんを傷つけたのはないか
小学一年生だった少年がそう思うこと自体偉いと思うのだが
かれはあそびもそこそこに自宅へ帰ると あばあちゃんはそのおにぎりをお茶碗に入れてお茶漬けにして食べていた 寂しそうな猫背で・・・
そこで自分がどれだけひどいことをしてしまったのか悟ったのだという
その話を聞いてて いつも僕の心に引っかかってることを思い出した
まだ僕もそんな子供の頃だった
二階建てだった一階には祖母と祖父 それに叔母(父の妹)
二階には父母僕に妹が住んでいた
いつもじゃないけど母親の口から父の親に対する愚痴など計算してはいない毒を僕らの気持に摺り込んでいたんだと思う
ある夜、お菓子だったと思う
その袋を見つからないようにそっと小脇に挟んで二階へ上がろうとしてた僕
下にあるお菓子を持って二階へゆくことはちょっとだけ勇気のいることだった
これは僕だけで食べようとしたわけではないが母に言われて取ってこようとしたものでもなかった
おかあちゃんと食おうと思って手にしたつもり
それを祖母と叔母が見つけた
「あ~ 見えてるよ お菓子お菓子」
そう囃し立てられたような気がした
叔母の声は笑顔の声だった
悪く取ってしまった僕は
「やらしいなぁ」 と言って持ってたお菓子を下に投げつけた
一階で生活してる人達はある意味母の敵 僕はその時母の側に立ってしまったのだろう
祖母はあんなに好きな人だったのに・・
悲しい思いをさせてしまったに違いない
何も持っていっちゃいかんと言われたわけじゃない
それなのになんてかわいげのない口を利いたんだろう
翌日から僕は反省の日々を送った
でもごめんなさいと謝った覚えもない
ずっと心に残したまま もう祖母もいないし叔母もいない
その後 それを補うべく祖母たちと接してきたつもりではあるけど
伝える相手がいないのは寂しいもんだし心残りです
ごめんなさいと言えばよかった
かっつんの小さなころのお菓子事件(事件にすることはないね(笑))はなんだかわかる。
私もなんであんなこと言ったんだろうってことがあるもん。
前に書いたことがあるけど 思春期の頃
父の前で私なんていない方が良かったんでしょ。弟がいた方がよかったんでしょ。って随分ひどいことを言ったことがあって。なんであんなこと言ったんだろう。謝りたいと思ってね、前に言ったことがある。そしたら覚えていなかった(笑)
きっと おばあちゃんもかっつんの成長が嬉しくて忘れてると思うよ。でもそうして想い出してくれる・・おばあちゃん喜んでると思いますよ。
ごめんなさいといわなかった事が‥‥あははhhh
でも‥‥
たとえば 今私たちが 子どもたちに
頭にくることを言われたり されたりしたからといって
別に 家族ってそんなものってあっさり思えますね。
おばあちゃんがおにぎり食べていたのもね、
「おなかすいたなあ‥‥おお‥かっつんにあげたおにぎりあるじゃん! ラッキー!」‥みたいな‥‥
人それぞれ 感覚が違うから かっつんさまのように優しい事は素晴らしいと思います。
過去はもう戻らない 今 ごめんなさいと言える勇気でございます。
かっつんのお祖母さんと叔母さんは、案外『あ~ぁ
冗談のつもりだったのに、可哀想なことしちゃった
わねぇ・・・』って思ってたかも知れないよ?
そぅいう思い出って・・・特に思いつかないや。
『ごめんなさい』と謝ればよかった相手は、数えき
れないぐらい居ると思うけどね。忘れた。(笑
私も、母から嫁としての苦労を聞かされて育っていたから、父方の祖父母は敵みたいに思っていました。祖父の書いた自分史に私のことが書いてあったのが腹立たしく、その部分を破いてしまったことがあります。両親には怒られ、今になってみると可哀想なことをしたなと反省しています。
今、親の立場になってみて、子どもって結構残酷だから悲しいこともあるけれど・・・でも、家族だから許したり許されたりの繰り返し。
こうして絆も深まっていくのかなぁと思うようにしています・・・
きっと、お爺ちゃんもお婆ちゃんも叔母ちゃんも、嫁はともかくとして(ポタお母さんごめんなさい)、孫や甥であるかっつんのことは可愛かったと思うなあ。
みなさんのコメントを読んで、深く頷いています。
私も親や友人に謝りたいことがたくさんあります。
人生も歳を重ねるごとにドラマがあるのですね。
文章にしたら一冊の本になりそう。
かっつんさん、地デジは本当にいいですね。
すっかりテレビ漬けになってます。
32というのでしょうか?満足しています。
録画もたくさんして楽しんでいます。
かっつんさん、いつも優しくしてくれて有難う。
名古屋はすごく暑いですね。どうかお身体を大切にね。
トーク聞いてみたけりゃ 送るよ
時々え~話がまじっとる(笑)
なんていうと怒られるかな
篠山というところでの話
休みに偶然立ち寄った食堂でそこのご主人との触れ合いが始まる
さだと気付いたオヤジが近所の仲間を電話で呼び出して自然に宴会が始まる
お会計しようとすると オヤジは
いらん という
そのかわり 普段来れないこの土地でいつかコンサートをやってくれ
と付け加える
それがさだまさしの神出鬼没コンサートのスタートとなるんだね
そのコンサートの直前また腹一杯食わせてもらったさだが
「今度こそこの前の分と一緒に払わせておくれ」という
いらん と固辞するオヤジ
そこでおかみさんがこう言う
「さださん お父ちゃん嬉しそうな顔してるでしょ
男はね、生まれて何べんもこんないいかっこできませんのよ
いい顔してるでしょ?
いい気持ちにさしといてあげて下さい」
正直お代は欲しいに違いない女将さんが言うんだよ
いいなぁ って思ったらなんかじわ~っと来ちゃったよ
koumamaもそういう奥さんなんだろうね
案外ばあちゃん覚えてないのかもしれんか・・
かもしれんね
ってことだよな
でも子供だったから恥ずかしかったんだ
僕が生まれて翌年妹が生まれた
だから自然僕はおばあちゃん子になってしまったのだ
そのばあちゃんに対して この憎たらしい態度・・
でもばあちゃんはた多分許してくれてたんだろうな
昔こういう話があった
今は何でもない普通のことだけれど
亡くなったあと医学のために解剖させてほしいという依頼
その代わり医療費の免除 があったや無しや
おばあさんは肝臓の病気で亡くなった
酒も飲まんのにだよ(気ぃつけやあよ)
病気がわかって一カ月くらいの短い闘病生活だった でも苦しんだ
その解剖を受けた
受けたのにその免除がなかった という記憶がある
親父たちがその話をしてるときに中2の僕はおばあさんがかわいそうになってしまった
「命を落としたのに医療費のことでごちゃごちゃ言ったらおばあさんがかわいそうだが」って
親父は「かわいそうかぁ」って苦笑いしてたけどね
涙を我慢してその一言いったときに
ほんのちょっとだけお返しできたような気になれたんだな
これはあくまで僕の感覚
もしかしたら誰にもわかってもらえないかもしれない
でもいいんだ
意味わからんレスでゴメンよ
少しだけこの時のお返しをした気になったエピソードですんやわ
それなのにあんな返し方しちゃったさ
叔母さんの声は笑ってたのによ
取り方によって反応が全く変わってくるもんだね
僕は間違えたと思ったね
でも謝れんかった
前に書いたことあったけど 英語のテストでズルしたこと あれとこれが僕の汚点や
あの話も絶対したくなかったけど書いたら少し楽になった
これも書いてみたら なんか少し昇華できたような気もする
アクチンは・・・やっとるだろうなぁ反省すること(笑)
でももう多分全部乗り越えてきちゃってんだよ
それだけの苦労してさ
素直に「ごめんなさい」は言えませんでしたが、おかげで相手の心を傷つけたという
罪悪感や後悔は一生忘れないものになりました。思い出す度、私はその場にタイムスリップします。
それでも今はこの恥ずかし苦い思いを大切にしています。
大切にしながらも、消化はしません。
大人になってからは、素直に謝れるし、都合の悪いことはすぐに忘れちゃいます
子供の頃の純粋な感性にしか刻まれない思いなのかもしれません。
やはり毎日母親の愚痴聞かされてると 祖母は悪者になってしまってる
でも僕の知ってるばあちゃんは優しい人なんだけどね
その言葉の力でどれだけの子供たちが惑わされてる事でしょうね
だから今、娘に対してできるだけ母親の悪口は言わないように心掛けてはいるんですけどね
でもその家族だからこそ許したり許されたり ってのは本当にその通りです
小中学生だった娘に対して僕ら夫婦は大きな負担を強いてしまったから。。
といって緩め過ぎてもいかんし(笑)
家族って難しいしあたたかいものだね