それは今の仕事場じゃなくて自宅兼賃貸のあるこの場所にそれがあったときのもの
物心ついたときにはそこは平屋だったはずだけど
いつの間にかそこは二階建てになっていた
当時うちの作業場には2・3人の若い衆と呼ばれる職人さんがいて
その二階はその人たちの寝泊りする場所になっていた
母屋二階とそこは直接行き来はできなかったが
僕が小学生になった頃、両方の棟をつなぐ形で4・5畳の広さの洋間ができた
ただの板張りで学習机2つと二段ベッドが置いてあった
つまり僕と妹の部屋になったわけだ
その仕事場の二階
一番覚えているのは今いる職人さんがある夜真っ青な顔をして僕らのいる母屋に入ってきて言った言葉
「荷物がない!」
当時はまだ世の中が混とんとしてる時代
働かせてください と言ってやってくる人が時々いた
仕事は忙しかったんで結構得体も知れない人を雇っていたようだ
そしてその人たちが生活するところは仕事場の二階
今の職人さんはそこでいろんな人との同居を経験している
その時一緒に生活し始めた男が彼の持ち物をかっさらってとんずらをしたときのその光景だ
その日だったのかそれからしばらく経ったある日のことだったのか
持ち逃げした男の在り処がわかって・・
僕は親父と一緒に市内のどこかに行った覚えがある
まだ小学生になるかならんかのそんな小さな身で何をしに行ったのか覚えていないけれど
そこにはパトカーもいてなんか心がわくわくしていた記憶だけが残ってる
時が経って繋ぎの僕らの部屋は妹の部屋になった
僕の部屋は仕事場の二階
そう職人さんたちがたむろ(?)していたその部屋が僕の部屋になったのは中学生になった頃のこと
今の職人さんは近くのアパートで一人暮らしを始めたし
なんだかんだでほかにはもう若い衆はいなくなったから
その部屋は少し手が入って中学生の男の子の部屋となった
そこで僕は大人になってゆく・・・
いろんな意味で(笑)
中3の時にクーラーが入った
別に欲しいと言ったわけでもないのに勉強のためとかなんとか言って入れてもらえた
ベッドもダブルクッションのフランスベッドだった
今より完全にリッチなんじゃね?
ステレオが入ってテレビも買った
20歳ころには部屋で電話ができるようにもなった
そうやって見るとオレって大事に育てられたってわけだ
あんまり気づかなかった
気づかなかったけれど体のどこかでそれは感じ取っていたんだと思う
それに見合うお返しは少しずつだけどしてきたはずだ
まだまだ足んね~~けど
さてさて自分はそうしてもらってたけど
自分の子供たちには何をしてやってるのだろう
それを考えると自分の力不足を感じられずはいられない
娘は来春 東京に出て吉本のビジネス学校へ通うことになった
きのうその合格通知が来た
誰でも受かる通知らしいけど少し心が騒ぐ
好きなことすればいい
そうは言ってきたもののはたしてそれでいいのか
自信を持って止めることはできないから娘を見送ることにする
僕がしてもらってきたこととしてきたこと
その差は多分歴然としてるんだろうから
子供から僕に返すべきものは何もない
ただただ元気で生きていってほしい
頑張ってほしいなぁ
物心ついたときにはそこは平屋だったはずだけど
いつの間にかそこは二階建てになっていた
当時うちの作業場には2・3人の若い衆と呼ばれる職人さんがいて
その二階はその人たちの寝泊りする場所になっていた
母屋二階とそこは直接行き来はできなかったが
僕が小学生になった頃、両方の棟をつなぐ形で4・5畳の広さの洋間ができた
ただの板張りで学習机2つと二段ベッドが置いてあった
つまり僕と妹の部屋になったわけだ
その仕事場の二階
一番覚えているのは今いる職人さんがある夜真っ青な顔をして僕らのいる母屋に入ってきて言った言葉
「荷物がない!」
当時はまだ世の中が混とんとしてる時代
働かせてください と言ってやってくる人が時々いた
仕事は忙しかったんで結構得体も知れない人を雇っていたようだ
そしてその人たちが生活するところは仕事場の二階
今の職人さんはそこでいろんな人との同居を経験している
その時一緒に生活し始めた男が彼の持ち物をかっさらってとんずらをしたときのその光景だ
その日だったのかそれからしばらく経ったある日のことだったのか
持ち逃げした男の在り処がわかって・・
僕は親父と一緒に市内のどこかに行った覚えがある
まだ小学生になるかならんかのそんな小さな身で何をしに行ったのか覚えていないけれど
そこにはパトカーもいてなんか心がわくわくしていた記憶だけが残ってる
時が経って繋ぎの僕らの部屋は妹の部屋になった
僕の部屋は仕事場の二階
そう職人さんたちがたむろ(?)していたその部屋が僕の部屋になったのは中学生になった頃のこと
今の職人さんは近くのアパートで一人暮らしを始めたし
なんだかんだでほかにはもう若い衆はいなくなったから
その部屋は少し手が入って中学生の男の子の部屋となった
そこで僕は大人になってゆく・・・
いろんな意味で(笑)
中3の時にクーラーが入った
別に欲しいと言ったわけでもないのに勉強のためとかなんとか言って入れてもらえた
ベッドもダブルクッションのフランスベッドだった
今より完全にリッチなんじゃね?
ステレオが入ってテレビも買った
20歳ころには部屋で電話ができるようにもなった
そうやって見るとオレって大事に育てられたってわけだ
あんまり気づかなかった
気づかなかったけれど体のどこかでそれは感じ取っていたんだと思う
それに見合うお返しは少しずつだけどしてきたはずだ
まだまだ足んね~~けど
さてさて自分はそうしてもらってたけど
自分の子供たちには何をしてやってるのだろう
それを考えると自分の力不足を感じられずはいられない
娘は来春 東京に出て吉本のビジネス学校へ通うことになった
きのうその合格通知が来た
誰でも受かる通知らしいけど少し心が騒ぐ
好きなことすればいい
そうは言ってきたもののはたしてそれでいいのか
自信を持って止めることはできないから娘を見送ることにする
僕がしてもらってきたこととしてきたこと
その差は多分歴然としてるんだろうから
子供から僕に返すべきものは何もない
ただただ元気で生きていってほしい
頑張ってほしいなぁ
昔って言ってもかっつんのご幼少の頃だからもう50年位前って事よね。
おじおじが産まれる前と考えて万博前かなぁ。
当時は日本が急成長していた時期だから人手が足りないんだね。でもさ、その新人さん?犯人?がすぐに見つかるってのも当時の日本の警察はスゴかったんだね!
かっつんは、フランスベッドに電話や音響設備まで完備された部屋をもらってたんだね!リッチ~(笑)
かっつんがアズちゃんにしてあげれた事って沢山あると思うんだけどなぁ~
物とかじゃなくてね。
それに来年東京に行ってしまうなんて淋しいよね。。。
そうそう!親はさ、子供が元気だったらそれでいいのよね~きっとかっつんのお父さんもそう思ってたんだよ
僕だけ行かんかった
家族みんなで行って一人で待ってた記憶がある
それが帰宅が遅くって
交通事故にでも遇ってるんじゃないかとひやひやして待ってた
帰ったら
「なんだ起きとったのか 寝とりゃ~いいのに」なんて言われてあったまきちゃったこと思い出してしまったぁ どーしてくれるぅ(笑)
うん犯人はすぐ見つかった記憶あり
そのことを友達に言ったんだね
けっこう大きい会社の社長の息子
「かっつんとこは前科者も使うの?」
と抜かしやがった
カチンときたけど顔には出さんかった
いろんなこと覚えとるなぁ・・オレ
これでこそタイムマシンの意義あり って思わん?(笑)
ごめんごめん
アズに対して精神的な何かを上げれたんだろうかね だといいけど
あずちゃんは、夢と希望・・・ちょっぴりの不安を抱いて上京するのね。
かっつんが、ふと、親に対して思う事。
私も思い浮かべる事あります。
でも、あずちゃんの年のころって、わかってはいるけど、こころから、理解はしてなかったと思う、最近になって子育てを終えてから、親のありがたさを、感じる・・・。
歳をとったのよね・・・。
そうなんかなぁ
そうかもしれんけどそういうことに気付くって
案外こういうネットでみんなの生き方を見てってこともあるよ
比較して自分の位置を改めて知る
普段の生活って割合自分の位置と似てる人が多いような気がするんだよね
娘はまだバイトから帰ってない
頑張ってるよ
明るい未来に向かっていってほしい
僕ももうひと頑張りせねば
結婚してからも、たくさん援助をしてもらったよ。
自分が受けた恵みより、自分の子供や孫に不自由な思いをさせてるなぁ。
息子に対して、特に思う。
「ごめん。お金、いける?」って何かで、お金が必要なたびに、心配してくれる。
私、子供の頃、そんな事考えた事もなかったし、
「欲しい」と言えば、簡単に手に入ったよ。
父親が居れば、そんな事を心配させる事がなかったんやろうか?
間違いなく、子供達の人生を変えてしまっただろう。。。
離婚した事は後悔してないけど、子供達には、申し訳ないと思う事があるよ。
でも、私のように、経済的に恵まれた子供時代を過ごしたから、経済観念が備わっていない大人になって欲しくないから、私を反面教師と思って欲しいとも思うし。
時々、切なくなってしまうよ
そこで寝泊りしてました。
小学生の頃かな。
荒くれ者ばっかりで よく親父が怒鳴ってたけど休みの日はその若い衆が一緒に遊んでくれたり・・
後から聞けば訳ありの人が多かったみたいだけど。
かっつんさんの記事読んでて
「あぁ、うちの親父も結構 すごかったんだな
でもって大事に育てられたな」と・・・
娘さん、芽が出ればいいですね。
大きな仏壇製造会社の娘だっけ
裕福な少女時代は想像できるな
息子君のお父さんがいたら..って話は無しにした方がいいんじゃないかな
その人が減額求めてきたんでしょ?
いや、停止だっけ
もう少しなのにね
親が喧嘩してる家庭より今の方がよかったと思う
ただし母親がこれからも健康であることが条件だけどね
元気なお母さんを務めてください
それが息子君にとって一番だと思う
はい、自分にも言っときます(笑)
でも、今の時代背景を加味すれば出来ることはしてるというかあの時代だったら・・
と思うこともあります
だからあんまり卑下することもないかも
そういう心理は時とともに揺れ動くんだよね
Dさんはまだまだこれからだし今のところいいお父さんやっておられるんだからなんも恥じるとこはない
奥さんともうまくいってるし(笑)
頑張ってるなぁ っていつも思っています
娘の芽?
そ、そうですね
でも芸人を目指してるわけじゃないけどね
裏方の仕事がしたいんだってさ~~