以下のような下書きが去年の今頃の日付で残っていた。
かなり、ハワイでの生活に疲れてたんだよなぁと
今なら、余裕をもって振り返ることができる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
文化の違いなのか、
たまたま、そういう状況に遭遇しているのかわからないが、
ハワイに来てからというもの、
時間やスタンダードのずれにため息をついている。
例えば、「9時から12時までやります。必ず出てください」
とか、「一人一品持ってきて下さい」って書いてあったら、
フツーに時間に間に合うように調整するし、一品持っていく。
6時に行くと言われたら、6時に待っている。
そして、例えば、スケジュールが合わなくて
1時間、早めに帰らなくてはいけないというようなときは、
OKかどうか確かめるということをフツーにする。
だけど、問い合わせても返事がなかったり、
早めに帰らなくてはいけないと聞いてみたら、
「それだったら来なくていい」と言われたり。
その一方で、なんの連絡もなく時間に遅れてくる人がいたり、
なんの相談もなく1時間前に抜けたる…という人もいて、
それにあれこれ言われるでもなく、OKだったりしている。
そういうことが重なっていくと、
やる気のある人や
物事をキチンとするべきだと思っている人は
萎えるのではないかと思う。
モラールが下がってしまうのではないか、と。
よくわからない。
自分の感覚が真面目すぎて
面白みがないということなのかなとも思う。
本当にやる気だったら、
周りがどんなふうでもやればいいだけじゃない、とも。
時間の大雑把さや対応の一貫性の無さ。
この感覚に、どうもついていけてない。
自分のことではないにもかかわらず、
腹が立ったり、無力感を抱いたり、
え、いいの?と焦ったり、とても疲弊する。
事前に「これでいこう」と決められたことは
小さな変更はあるにしても、
たいてい、予定通りのルールで進むし、
時間に遅れてきたり、急に変更になったら
できる限りすみやかに連絡を入れ、
「すみません」と謝るのがフツーだった。
ここでは、自分が配慮しているつもりのことは、
他者にとっては配慮でもなんでもないことも多い。
欲しいもの、やりたいことはやったもの勝ち、
言ったもの勝ちだ。
私が私が、と主張した人の話が通ってしまう。
期待はずれがたくさん起こっても、
「まあ、しょうがないね」と流して、
次なる「大事なこと」に集中することが必要なのだろう。
これまで単独行動で動いていたせいか、
共同作業というのが下手くそな自分を
いつになく突きつけられる今日この頃なのである。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この状態が続き、
自己内不協和音状態になり、
調子がズレていっちゃったのですね。
チューナーさんと出会えて、よかったなぁ。
かなり、ハワイでの生活に疲れてたんだよなぁと
今なら、余裕をもって振り返ることができる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
文化の違いなのか、
たまたま、そういう状況に遭遇しているのかわからないが、
ハワイに来てからというもの、
時間やスタンダードのずれにため息をついている。
例えば、「9時から12時までやります。必ず出てください」
とか、「一人一品持ってきて下さい」って書いてあったら、
フツーに時間に間に合うように調整するし、一品持っていく。
6時に行くと言われたら、6時に待っている。
そして、例えば、スケジュールが合わなくて
1時間、早めに帰らなくてはいけないというようなときは、
OKかどうか確かめるということをフツーにする。
だけど、問い合わせても返事がなかったり、
早めに帰らなくてはいけないと聞いてみたら、
「それだったら来なくていい」と言われたり。
その一方で、なんの連絡もなく時間に遅れてくる人がいたり、
なんの相談もなく1時間前に抜けたる…という人もいて、
それにあれこれ言われるでもなく、OKだったりしている。
そういうことが重なっていくと、
やる気のある人や
物事をキチンとするべきだと思っている人は
萎えるのではないかと思う。
モラールが下がってしまうのではないか、と。
よくわからない。
自分の感覚が真面目すぎて
面白みがないということなのかなとも思う。
本当にやる気だったら、
周りがどんなふうでもやればいいだけじゃない、とも。
時間の大雑把さや対応の一貫性の無さ。
この感覚に、どうもついていけてない。
自分のことではないにもかかわらず、
腹が立ったり、無力感を抱いたり、
え、いいの?と焦ったり、とても疲弊する。
事前に「これでいこう」と決められたことは
小さな変更はあるにしても、
たいてい、予定通りのルールで進むし、
時間に遅れてきたり、急に変更になったら
できる限りすみやかに連絡を入れ、
「すみません」と謝るのがフツーだった。
ここでは、自分が配慮しているつもりのことは、
他者にとっては配慮でもなんでもないことも多い。
欲しいもの、やりたいことはやったもの勝ち、
言ったもの勝ちだ。
私が私が、と主張した人の話が通ってしまう。
期待はずれがたくさん起こっても、
「まあ、しょうがないね」と流して、
次なる「大事なこと」に集中することが必要なのだろう。
これまで単独行動で動いていたせいか、
共同作業というのが下手くそな自分を
いつになく突きつけられる今日この頃なのである。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この状態が続き、
自己内不協和音状態になり、
調子がズレていっちゃったのですね。
チューナーさんと出会えて、よかったなぁ。