昭和三七年に田村隆一が「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」と書いてから、われらの「ことば」は「こうりつ」のために「みせ」をないがしろにしてきた
だけど、それから五十年。人やお金を増やすための「わかりやすさ」ばかりで、からっぽの「こうりつ」にもうあきあきだ。つまらん、つきあいきれん
このあたりで、「ことば」を「みせ」て「みち」の世をひらく、そういう「ことば」の「みせ」の「みち」をひろげたい
だから中山道三宿で、いとおしい「ことば」を思い出そう。
「何もない」のがこうつごう。「産業」と「交通」は、「ことば」で「み」と「せ」が「みち」るがいい