■嬶(かか)、嬶……、羽織出せ、羽織
▲んまぁ、またこの人「羽織」ちゅうてんねわ。たった一枚の羽織がでけたと思たら「羽織、羽織、羽織」て。どこ行くのにも羽織着て、その羽織かてあんたの甲斐性でこしらえた羽織と違いまっしゃろが。
▲主家(おもや)のご隠居はんがお亡くなりになったときに、可愛がってもぉ
てるさかいいぅてわたいが三日も四日も手伝い(てったい)に行て、形見分け
にもろた羽織。男もんに仕立てなんだら着にくいさかい男もんにして、あん
たに着せたんやないかいな。
▲こないだからその羽織がたった一枚でけたと思たら、表ちょっと行くのに
も羽織、どこ行くのにも羽織、ここ行くのにも羽織、羽織羽織羽織、こない
だも見てたら共同便所行くのにも羽織着て行たやないか。便所行くのに羽織
着て行く人がどこの世界にあんねん? 今日もまたその羽織出せやなんて、
どこ行くねんこのヘタ。
■「ヘタ?」人間に真ん中やヘタがあってたまるかい、なんぬかしてけつか
んねん。おら何も陽気浮気で遊びに行くわけやあらへんがな、今日は一年に
いっぺんの初天神さん、おら天神さんへお参りに行くねん。
▲まぁ、天神さんへお参りに行くねんやったら怒れしまへん「神さん参り止
めたら、止めたもんに罰(ばち)が当たる」ちゅうのん、止めしまへん。神さ
ん参りやったら行といなはれ、その代わりに寅ちゃん連れたんなはれや。
■堪忍してぇな、寅公(とらこ)やなんてあんなもんお前。あんなもん連れて
行たら、道で「あれ買え、これ買え、あれ買え、これ買え」言ぃやがってう
るそぉてかなんねや。あんなもん連れて行くのん堪忍して。
▲そんなこと言わんと、連れたんなはれな
■俺、あんなんかなんねん
▲「かなん、かなん」て、あれあんたとわたいの二人の仲の可愛ぃ子やないか
■そらそない言ぅたらせやけどお前、お前と俺の仲の可愛ぃ……、お前、妙なこ
と言ぅねぇ。妙なこと言ぅねぇお前。
■今さら何も事改まって「あんたとわたいの仲の子やないか」て、あんたとわたいの仲の子やなかったら誰の子やねんあれ? 俺とお前のあいだの子やなかったら誰の子やねん、寅公は……?
はッはぁ~ん、あッそぉか、あッそぉ~か、あッ、そぉ~か~ッ!
▲大きな声で……
■大きな声も出しとなるやないか。ほたら何かい「あら俺とお前の仲の」今事改めて言ぅとこみるとおかしぃがな、あれこしらえるときお前、誰ぞに手伝ぉてもろたんか?
▲そんなアホなことあるかいな、あんたとわての仲の子、連れたんなはれ
■いや、連れて行かん。
「連れたんなはれ、連れて行かん」
夫婦(みょ~と)揉めがでけてるとこへ帰って来よったん、件(くだん)の寅公。
七つ、八つは悪戯盛りといぅやつでね、表から首だけ突っ込んで、
●あッ、お父っつぁんとお母んと、また喧嘩してら「夫婦の仲が円満にいかんといぅことは、子弟の教育上よろしくない」と学校の先生(せんせ)が言ぅてたぞ
■なにぬかしてけつかんねん、表から首だけ突っ込んで。こっち入れッ
●へ~、お父っつぁんまた羽織着てら。
●一枚の羽織がでけたと思たら、ちょっとどこ行くのんにも羽織、ここ行くのんにも羽織羽織羽織て、羽織ばっかり着ぃ歩いて、その羽織かってお父っつぁんの甲斐性でこしらえた羽織と違うやろ。
●主家のご隠居はんがお亡くなりになったときに、お母んが三日も四日も手伝いに行って、形見分けにもろた羽織。お母んに着にくいさかいいぅて、男もんに仕立て直してお父っつぁんに着せたぁんねん。
●その羽織着て、こないだもどこ行くのんにも「羽織羽織」言ぅてる思たら共同便所へ行くのにも羽織着て行たやないか。共同便所に羽織着て行く人がどこの世界にあんねん? その羽織着て今日はどこ行くねん、ヘ~タ~。
■嬶ッ、われがあんなことぬかすさかい、小倅(こせがれ)おんなしよぉにぬかしてけつかんねん。聞ぃてけつかんねんこのガキャ……、こっち入れこっち
●ひひひッ、今日はこの羽織着てお父っつぁんどこ行くの?
■「どこ行くの?」てお前、お父っつぁんお使いに行くねや
●あッ、お父上お使いとあらば、それがしお供なつかまつらん
■もぉ、そんな憎たらしぃもの言ぃすな、お前わ「お供なつかまつらん」大人顔負けや。子どもなら子どもらしぃにな「お父っつぁん連れて」と言えんか?
●お父っつぁん、連れて
■遅いわい、そんなもん。お前らみたいなもん連れて行かれへん
●そんなこと言わんと、連れてくれや
■連れて行かれへん
●連れてくれ、なぁ、お父っつぁん、連れてくれ、なぁ、お父っつぁん……、
連れってくれや、なぁ、お父っつぁん、なぁお父っつぁん、なぁ……
●お父っつぁん、なぁ、わいがおとなしぃ言ぅてるあいだに連れて行った方が身のためやと思うけどねぇ
■何が身のためや、何が身のためやねん? おら、お前らに脅迫される覚えないわ
●ホンマか? 連れってくれへんかったらお父っつぁんのこと、近所行って言ぅぞ。
■おぉ、言ぃたけりゃ言え。おら、お前らに言われて困るよぉなこと、こっから先もしてないわ
●ホンマやなぁ、あとから後悔しても知らんぞ。あとから「連れたる」言ぅても遅いぞ、言ぅてくるぞ
■言ぅてこい言ぅてこい、なんぼなと言ぅてこい
●言ぅてきたら、言ぅてきたら言ぅてきたら、向かいのオッサ~ン……
◆寅ちゃんかいな、こっち入りこっち入り、長いこと遊びに来ぇへんだなぁ。
表で遊んでた?
寒いやろな、こっち入りこっち入り、火鉢のネキぃ寄り。
ミカンよかったら、ミカン食べ。
いやな、オッチャンな、寅ちゃんが遊びに来んのん楽しみにしてんねや、
寅ちゃんの話は面白い。オッサンなぁ、寅ちゃんの話楽しみやねん。
●あッそぉ、ほなあの、今日はお父っつぁんの話したろか
◆おぉ、お前とこのお父っつぁん変わりもんや、お父っつぁんの話、
おまはんの口から聞くのはオモロイなぁ……、ん~ん、ボチボチなんやお前の連れもそのへんでしゃべりだしたぞ(先ほど、マクラでいじった子どもがおとなしくしていられなくなり、客席で騒ぎ始める)
◆だいたいあのなんやで、これ以上あぁいぅのんが何か言わんうちになぁ、親がどっか連れて行くやろと思うねんけどな。いや、世の中の親ちゅうのはな、自分とこの子どもだけは大丈夫やと思とるから始末に負えんねや。まぁ、
そらそぉとして寅ちゃん、お前、お父っつぁんの話ちゅうのは何や?
●あんな、うちのお父っつぁんの話
◆そぉや
●あんな、こないだな、お父っ
つぁんえらい遅ぉにな、酒に酔ぉて帰って来よってん
◆ほぉ、お前とこのお父っつぁん結構呑むさかいな
●せやねん、ベロンベロンに酔ぉて帰って来よってんで。
●ベロベロに酔ぉて帰って来よってな、わいにな「お父っつぁんと寝よ、
お父っつぁんと寝よ」ちゅうねん。
わいいつもな、お母はぁんと寝んのにな、
今日に限ってな「お父っつぁんと寝よ、お父っつぁんと寝よ」て。
●あぁ、お父っつぁんベロベロに酔ぉてるさかい、何も分かれへんねんなぁ、
と思てな、わいお父っつぁんの横へお父っつぁんの寝間で寝たん
◆ほぉ
●ほ
んだらな、お父っつぁん横になったと思たらな、さっきまで「俺と一緒に寝
よ」ちゅうてたんがスッと酔い醒めたぁんねん。
●「寅公、もぉ寝たかな?」て言ぅ声はもぉ素面(しらふ)やねんで
◆お前、観察が細かいなぁ……、ほぉ~、さっきまでベロベロで
「お父っつぁんの寝間で寝ぇ」言ぅてたんが、お前が横へ入って寝たら、酒の酔いの醒めた声で「もぉ寝たか」て言ぅとんのん、それからどないした?
●ほんでな、今わいがここで起きたったらお父っつぁんが可哀想ぉなと思うさかい、
寝た振りしてたん
◆ふんふん
●ほんだらな、お父っつぁんゴソゴソゴソと枕持ってな、お母んの寝間へ行きよってん
◆んッ
●ほんだらな、お母んがな「何をすんねんなこれッ、まだあの子が起きてるがな」
「寅公はもぉ寝た」言ぅとんねん。
◆ほぉ
●ほんだらな
「寅公はもぉ寝た」
ちゅうお父っつぁんの声が聞こえたかと思たらな、
お母んがな
「チビタイがなこれッ、そんなとこへ手ぇ入れたらチビタイ。もぉちょっと手ぇ温もってからにしぃなこの人わ、もぉ気が早い。足まで入って……、チビタイのにそんな、もぉかなんなぁ、あの子が起きたらどぉすんねん」
「もぉ、よぉ寝とるさかい起きひんわいな」
「もぉ、冷たいがな。無理やりしたらお腰が破れる……」
▲ちょっと、あんた呼びなはれッ。寅ちゃん、向かい行ってあんなこと言ぅてる
■お~い、寅公。帰って来い帰って来ぉ~い、連れったるさかい帰って来ぉ~い。
●オッサン、お父っつぁんが「どっか連れったるさかい帰って来い」言ぅてるわ
◆待ち、待ち待ち、今帰られてたまるかい、これからがえぇとこや。小遣いやるさかい、話の続き言ぃ。
▲んまぁ~ッ、向かいのオヤジ「小遣いやるさかい話の続き言え」言ぅてまんがな
■おい寅公、銭だけもろて話せんと帰って来ぉ~い
▲あんたの方が悪いねやがな。
●お父っつぁん、連れってくれるか?
■ドアホッ、何が「連れってくれるか」や。
ホンマにお前ちゅうガキは有ること無いこと、向かい行って言ぃやがって、
あんなこと言ぅやつ誰が連れて行けるかい。
●あッ、インチキやお父っつぁん「連れたるさかい」ちゅうさかい、
帰って来たんやで「連れたるさかい帰って来い」ちゅうたんや、お父っつぁんインチキや。インチキやん、連れってくれ
■連れて行かれへんわ、アホッ!
●連れて行かんでえぇよ、連れて行かんでえぇよ、お父っつぁんそんな気ぃやったら連れて行かんでぇよ、えぇよえぇよ、わい今から向かい行て小遣いもろて話の続き言ぅ。
■連れたる連れたる、何を言ぅてんねやこのガキはもぉ、お父っつぁんな、今から便所行てくるさかいな、お母はんに着物ちゃんとしてもろときや、便所行てくるさかい
●あッ、お父っつぁんまた便所行くのん? 羽織着るたんびに便所行くねんなぁ?
■ほっとけ、このガキャ。
▲寅ちゃん、こっちおいなはれ。
いぃやいな、着物はそのままでえぇねやがな、向こぉ向いて、帯くくり直したげるさかい。あのなぁ、お母ちゃんなぁ、無理やりあんたをお父っつぁんに付けてやんのはほかやないねんで。お父っつぁんな、時々みょ~なとこ行くやろ、妙なとこ行たらな、帰って来てお母ちゃんに言ぅねんで。
●うん、分かってる分かってる「みょ~なとこ」ちゅうたら赤い火ぃやら、
青い火ぃやらいっぱい灯ってて、姉ちゃん居たはるとこやろ?
▲知ってんねやわこの子。そんなとこ行たんか?
●うん、行たで
▲いついな?
●こないだな、十日戎(とぉかえべす)で今宮の戎(えべ)っさん行たやろ。
▲戎っさんのお参り、行たわなぁ
●あの帰りやん「ここまで来たさかいに、ちょっとついでのこっちゃ、オバハンとこへ顔出そか?」て、こないいぅて言ぅさかいな、こんな今宮の戎っさんの近所に、オバハンの家あんのん聞ぃたことないなぁ、上町のオバハンやったら知ってるけど、こんなとこにオバハンあったかなぁ? と思いながらな、お父っつぁんの後ろ付いて行たんや。
●ほな、お父っつぁん途中から手ぇ引ぃてくれてな、ほんであの一本、線越えてな、ほんでズ~ッと行ったらな、ひと塊になって赤い火ぃやら青い火ぃやらぎょ~さんあってな、お父っつぁんがな「ほら、よぉ覚えとけ、大人になったら懐かしぞ、ここが飛田(とびた)ちゅうねん」ちゅて。
▲そんなとこ行ってんねやわ、そんでどないしたん?
●ほんでな、あの一軒の家な、暖簾下がったとこ、入り口にな、オバチャンが居てはってな「ちょっとお入り、ちょっとお入り」言ぅてる、その中の一軒「オバハ~ン、こんばんわ」「まぁ~、又はんやないか」て、えらい顔馴染みやねんお父っつぁん。
●「まぁ又はん、今日はどっち風が吹いて来なはってんなぁ? 顔が見えんさかいいぅて、あの妓(こ)が心配してまんがな、この薄情もの~」ちゅうて、背中バチ~ンッ。お父っつぁん、お母んに叩かれたらじき目ぇ三角にしてコラ~ッちゅうくせに、あのオバチャンにやったら優しぃぞ、背中バチ~ン叩かれても「なにすんねんなぁ~」言ぅて。
●ほんでな、お父っつぁんがな「そないしぃないな、今日はこんなん連れてんねやがな」言ぅたら、そのオバハン「まぁ又はん、今日はキビショ付きか」
言ぃよんねん、お母ん、わいキビショか?
▲キビショでも何でもかめへん
●わたいがキビショやったら、お父っつぁん
茶瓶てなもんやねぇ。で、お母んはベチャ土瓶(どひん)か?
▲もぉ、ほっときぃなこの子わ、よぉそんな減らず口ばっかり言ぅてるわ。それからどないしたんや?
●ほなな、お父っつぁんそこの家(うち)ぃ上がってトンと座ったらな「ちょっとあの妓に知らしといで」ほな、ちっちゃい子ぉがな、シュシュシュ~ッと行て、しばらくしたら綺麗ぇな姉ちゃんが来てな、またうちのお父っつぁんのネキへヘチャヘチャ~ッと座って「まぁ又はん、どっち風が吹いて来たんやいなぁ、あんたが来ぇへんさかい、わて痩せるほど心配してたのに、薄情
もの、ん~ん、ん~ん」お父っつぁんの頬(ほ)べた、ピッとつねりよんねん。
●お父っつぁん頬べた押さえてな、キセルくわえてな「しぃないなぁ~、しぃないなぁ~……」あんまりやさかいな、わい言ぅたってん「こらッ、うちのお父っつぁんえらい目に遭わすな」言ぅたったら「まぁ恐わ、こんな子ぉ連れてんねやわ、これ又はんの子ぉか?」「わいの倅やがな」
●「まぁ、又はんとこのボンボンやったら、末で『お母ちゃん』と言ぅてもらわんならんかも分かれへんねんさかい、姉ちゃんがダッコしたげよ、こっちおいなはれ」言ぅて、姉ちゃんの膝へ乗せてな、ほんでわいなギュ~ッと抱いてくれはってん。
●お母んに抱かれたら酸いぃ~い臭いするやろ、あの姉ちゃんえぇ匂いするぞぉ。ほいでこぉやってな、足(あいや)パンして、ここへ乗って、ほいであんたギュ~ッとこないしてくれはったら、顔がな、乳と乳のあいだへニュニュニュニュ、ニュニュニュ~ッ。両方からペトペトペト~ッ、わい、おかしぃ気になった。
▲何を言ぅてんねや(パシ、パシッ)
●痛いなぁ、お母んが言(ゆ)えちゅうさかいに言ぅてんねや、そんなん言ぅてどつかれたら、わい割りに合わん。向かいのオッサンやったら小遣いくれる
▲お母ちゃんかて小遣いあげる、それからどないなったんや?
●ほんならな、その姉ちゃんとな、お父っつぁんとな、トントントントンと二階へ上がって行きよってん。二階へ上がって行ってな、踊り場のとこでな、チラッとこっち見よってん。わいが目ぇギョロッと上見たら、ほんならな、お父っつぁんフンッと顔あっち向けてな、ほんでもぉ二、三段トントントンと上がって、お父っつぁんとその姉ちゃんの上半分が見えんよぉなったんや。
●見えんよぉなったさかい、わいな、下からソ~ッとこぉな、首伸ばしたっ
てん。お父っつぁんと姉ちゃんとな、もぉ上半分見えへんと思いよったんや
ろなぁ、そこでな、グ~ッと抱いてな「チュ~ッ」ちゅうたぁんねん。もぉ
ちょっと辛抱して上まであがりゃえぇのに、こらえ性のないお父っつぁん。
▲(バシ、バシッ)
●痛いぃ~ッ、たんびたんびにどつかんといてぇな
▲ホンマはお父っつぁんどつきたいねんけど、手が届かへんさかい手近で間に合わしてんねん
●そんなもん、間に合わさんといてぇな、お母ん。お父っつぁんとお母んとな、いやあの、お母んちゃうわ、お父っつぁんとな、お姉ちゃんとな。
▲今、なに言ぅた? 今、何言ぅたんあんた? え「お父っつぁんとお母ん」言ぃかけたやないかあんた、ひょっとしたら向こぉの肩持って……
●そんなことない、お母ちゃんが好きぃ~、小遣いが好きぃ~ッ
▲何を言ぅねんこの子わ、どないしたんや?
●二人が二階へ上がってしまいよったんやがな。わいもな「行こ、俺も行くわ」言ぅて行きかけたんや。ほんだらな、さっきのオバチャンがな「ボンボン待ってなはれ、下で待ってなはれ。あのな、お姉ちゃんとお父っつぁんは二階でちょっとお話がおまんねんさかいに、ボンボンはここでおとなしぃ待ってなはれ、えぇもんあげまっさ」
●「えぇもんくれはんねやったら、まぁ待ってまっさ」ちゅうて座りなおしたらな、火鉢の引き出し開けてな、何か紙にチュッとねじったもん出してくれはったん。何や知らん? 思てな、開けてみたらな、コンペントォや。あれ洒落てるやろ、ポリポリ、ポリポリポリッと食てしもたってん。
●食てしもたさかいな「お父っつぁん去(い)のかぁ?」言ぅたらな、オバハンが「もぉちょっと待ちなはれ、今お父っつぁん上がりはったとこや、もぉちょっと待ちなはれ、またえぇもん出したげまっさかいに」て、また今度出してくれはってん、何や紙にひねったもん。
●開けてみたらな、堅豆や。こんなもん、先堅豆やったらな、堅豆食たあとでコンペントォ、こらいけるで。けどな、コンペントォ食たあとで堅豆みたいなもん食えるかいな、せやろ。こんなもんしょ~もない思ても、そぉもいけへん、向こぉも義理があるさかい。そこでや「福はぁ~内、鬼はぁ~外」豆まきみたいな顔して、みなばら撒いたってん。
●「お父っつぁん、いのかぁ?」言ぅて走り回ったってん「まぁボンボンさっきん、えぇもん上げたやおまへんかいな。そないよぉけいろんなもん食べたら歯ぁに悪おまっせ」「今の豆はみなばら撒いた」言ぅたってん。ほんだら「まぁ、この子はマメなお子やわ、お父っつぁんは上でマメやし、この子は下でマメやし」て、オバハン言ぅとんねん。
●それでも「お父っつぁん、いのかぁ? いのかぁ?」ちゅうてな、走り回っ
たったらな、お父っつぁん「せわしぃ、せわしぃ」言ぅてな、帯しぃもって
降りて来よってな……、あッ、お父っつぁん便所から帰って来よった。
●お父っつぁ~ん、あのとき二階で何してたん?
■ほっとけこのガキは、ホンマにもぉ
▲んまぁ~、あんた、こんな子ぉ連れてどこ行てんねんな?
■どこへも連れてかへん、寅公早いこと表出ぇ、早いこと表出っちゅうねん……
■ホンマに、おのれみたいな悪いガキないなぁ、ベラベラベラベラ、ベラベラベラベラしゃべりやがって。お父っつぁん言ぅたやろ「お母んに言ぃなや」て「言わへん」ちゅうさかいにライスカレー食わしたったんやないかい、ホンマにもぉ。
■食い逃げやないかい、ホンマにもぉ、うるさいねんさかい何も言ぅたらあかんねでグズグズ、グズグズと
●ホンマはお父っつぁん、あのときに二階で
何してたん?
■ニチャニチャ笑うな
●知ってんねん……、お母んとしてるよぉ
なこと、お姉ちゃんとしててん。わいら知ってんねん。
●こないだ目ぇ覚まして見てた
■黙って歩けッ!
●けど、あれはお父っつぁ
ん、もぉちょっと手抜きせんと仕事せな
■お前にそんなこと分かるかい
●こないだお母んと寝てるときな、足の親指がなムニュムニュちゅうとこ触ってん。ほんで足の親指ムニュムニュとしたら、お母んが「んんッ」
■お前、それは近親相姦や、それわ。しょ~もないことすな、とっとと歩け、とっとと
●なぁお父っつぁん、ホンマに今日、天神さん行くのん?
■ホンマに天神さん行くねや
●ふ~ん、天神さんだけか?
■天神さんやないかい、天神さんお参りしたらえぇねや、とっとと歩け、とっとと。
■今日はな、グズグズ「あれ買え、これ買え」言ぅたら承知せぇへんぞ、あれ買えの、これ買えの、グンダラグンダラ言ぅたら天神橋の上から川ん中へビャ~ッと放り込んだるぞ。
●川ん中へ放り込むて、お父っつぁんそんなことよぉするかい
■よぉするわい
●よぉせぇへんわ、こないだ、わいが迷子なったとき、交番所で泣いてたやないかいな「目の中入れても痛とない子ぉでございます。どぉぞ一時も早よぉ探しとくなはれ、早よ見付けとくなはれ、目の中入れても痛とない子ぉでございます」交番所で泣いてたやないか。
■見てたら出て来い、おのれはもぉ。ホンマに手に負えんガキやなぁ。さぁとっとと歩け、とっとと歩け……
【さげ】
小倅の手を引ぃて件の親父、これから天神さんへお参りいたします。食べもん屋を冷やかすわ、凧は買うわ、子連れで大騒ぎ。お馴染みの「初天神」でございます。
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