紙入れ(かみいれ) 落語
至って気が小さい小間物問屋の新吉。
お出入り先のお内儀さんから、
今夜はだんなが帰らないので寂しいから、
遊びに来てくれという手紙をもらった。
だんなにバレれば得意先をしくじるが、
年増のちょっといい女で食指も動く。
結局、おそるおそる出かけてみると、
おかみさんの方は前々から惚れていた男だから、
下にも置かないサービスぶり。
盃をさしつさされつしているうちに、
酔ったお内儀さんがしなだれかかってきた。
いまだに、いつだんなが踏み込んでくるかとびくびくものの新吉に比べ、
こういう時は女の方が度胸が座っている。
「今夜は泊まってっとくれ」
「困ります。だんなが……」
「帰ってきやしないさ。おまえ、あたしが嫌いかえ」
「いえ、そんな……」
お内儀さん、もしイヤというならあたしの立場がないから、
だんなが帰った後、おまえが押し込んできて無理やりあたしを……と言い立てると
新吉を脅し、布団に引きずり込む。
さて、これから……という時に、
突然表戸をドンドンとたたく音。
「おい、開けねえか」
だから言わないこっちゃないと、文句を言う暇もない。
新吉、危うく裏口から脱出した。
翌朝、床の間に、
お内儀さんの呼び出し状をはさんだままの紙入れを忘れてきたことに気づいた新吉、
真っ青になる。
あの紙入れは自分の物だとだんなにも知られている。
とすると、もうバレているだろうが、
もしそうでないのにこっちが逃げたんじゃあ、
かえってヤブヘビだと考えて、
おそるおそるようすを見にいくことにした。
だんながもし顔を見て
「この野郎、ふてえ野郎だ」
と言いかけたら、風を食らって逃げちまえばいい。
行ってみるとだんな、
いつもと変わらず、
おめえはそうして朝早くから商売熱心なのは感心だとほめるので、
新吉、これはことによると不意を突く策略かも、とますます緊張。
「……おい、どうしたんだ。顔が青いぜ。何か心配事か。使い込みだな」
「いえ」
「女の一件か」
「へえ」
「相手はカタギか商売人か?」
「いえ……」
「てえとまさかおめえ、人の……」
「へえ、実はそうなんで」
とうとう言っちまった。
他人の女房と枯木の枝は、登り詰めたら命懸け、
てえぐらいだ、
てえげえにしゃあがれと小言を言いながら、
だんなが根掘り葉掘り聞いてくるので、
新吉、実はお世話になっている家のお内儀さんが、
……と一部始終をしゃべり出して、
「……そこィ長襦袢一枚でお内儀さんが」
「こんちくしょう、いいことしやがって」
「寝た途端にだんなが」
「悪いところィ帰りやがったな」
逃げるには逃げたが、
紙入れを……と言っているところへ、
泰然自若として当のお内儀さんが起きてきた。
話を聞いても少しも慌てず、
「あーら、そりゃあ心配だけどさ、
けど、亭主の留守に若い男を引っ張り込んで、
いいことをしようというお内儀さんだもの、
そこにぬかりはないと思うよ。紙入れぐらい」
とポンと胸をたたいて
「ちゃんと隠してありますよ。ねえおまいさん」
「そうだとも。たとい見たころで、
間男されるような野郎だあな。そこまで気がつくめえ」
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