7月18日(月) シンガポール4日目
朝食はホテル隣のファーイーストプラザ(遠東商業中心)ビル地下の店に行った。
Ya Kun Kaya Toast(ヤクンカヤトースト)でトーストセットを注文した。一人330円と安い。
薄切りのパンにバターたっぷりとカヤジャムを挟んである。。カヤジャムとは、卵、ココナッツミルク、パンダリンリーフという香りの葉、と砂糖で作られて甘い。それに半熟卵とコーヒーだった。
Goodwood Park Hotelは1900年にドイツ人の社交クラブとして建てられたコロニアルスタイル と雑誌に出ている。110年以上経っているのだが、部屋など古さを感じなかった。
9:30ついに3日間お世話になったGホテルに別れを告げて、一路タクシーでマリーナ・ベイ・サンズに向かった。
一階受付で手続きをして、荷物を預けて散歩に出かけた。
下から見たマリーナ・ベイ・サンズ。
ヨットをイメージした建物である。
この屋上にプールがあり、後で入った。世界最高、圧巻の地上200m天空プールのキャッチフレーズあり。
2010年にオープンしたばかりのアメリカ系の新しいホテルだ。
Mホテルと陸橋で結ばれた、ベイ・サウス・ガーデンに向かう。
これはスーパーツリーで、高さ22mのところにスカイウェイがあり、ここを歩くのだ。
ところが並んで待っていたところ、突然の雨でしばらくクローズと言う。
仕方なく隣接のフラワー・ドーム・&クラウド・フォーレストを先に見る事にした。
世界各国から集めた、様々な種類のサボテンが展示されている。
ここで偶然、日本人の若夫婦と幼稚園女児に会い、何故か女児と仲良くなったのだ。
先ず発端は、私がお嬢さんの声を聴いて、日本語で感嘆の声を上げていたから、声をかけた。
そこへ義母も参加して「可愛いね」とか話をしたら、なついて手を振ったり、そのうちに手をつないでくるようになった。
これは珍しい「蛸のサボテン」である。
広すぎてほんの一部しか写せないのが残念だが、枯れた花が無く良く管理していると感心する。
これはもう絶景だった。ゆらゆら揺れる。一方通行と知らず戻りかけると、警備員が制止した。左側の塔エレベーターで降りる。
ここでも女児に会い、しっかりと手をつなぐ相手を探したのは甥だった。
話を聞けば御主人は佐賀出身で、現在はタイの日本企業に勤務だと言う。
女児は、英語も話せてタイ語も少し話せるそうだ。
Mホテルに戻り、チェックインにTA君らが行ったのだが、ホテル側に不手際があった。
彼が予約したようになっていなくて、3人と3人の部屋が別の階になっていると言うのである。
大変長らく待たされた結果は、50階のスウィートルーム一室に6人が特別泊まれるようになったのだ。(一番左側の棟)
不幸中の幸いであろうか。英語が堪能なYO君の交渉力・会話力だったのだろう。
屋上が57階になるから、かなり上階の部屋である。下から見ると反り返っている。
マリーナ・ベイ・サンズに戻ると、様々な一流テナントが入っており、写真は上階下階ともバーバリー。果たして売れるのかな?
昼食は有名な鼎泰豊(ディンタイフォン)で小龍包、チリクラブ入り小龍包、チャーハン、豚肉入りチャーハン、葉物等をいただく。
ここの豚肉入りチャーハンが今回のシンガポールでは一番美味かった。
部屋からシンガポール海峡を望む。
反対側は眼下にマーライオン公園を望む。
スウィートルームは専用のエレベータ―があり、一般人は乗れない。
屋上のプールには男のみ3人が入った。先ず暖かいジャグジーに入ってからプールに入ったのだが、最初は冷たく感じ私は少しためらった。
意を決して、3人が縁まで行って万歳の写真。残念だがガリガリの裸では恥ずかしくてとても見せられない。
5098号室のスウィートルームは、入ってすぐにリビングとダイニング、左と右に別れて2寝室。風呂場とシャワールームが2ヶ所、トイレが3ヶ所、立って自転車をこぐトレーニングルームにマッサージ室、大型テレビが5台などがあった。
こちらは我々が泊まった、クィーンサイズのベッド2ケと手前にエキストラベッドを用意した。
今度は左側が私で、右側に義母、妻はエキストラベッドだった。
もう一部屋はキングサイズのダブルベッドにエキストラベッドだった。
我々の風呂。周りは大理石で何種類ものジャグジーがあり、強弱も出来る。
しかし風呂は足の長い欧米人向けに出来ており、足の短い私には不向きで、風呂から上がる時は跨いで飛び降りる感覚だったと言うのはオーバーだろうか。
ここに入るには扉があり、その中に左側に広い洗面所2ヶ所と右側にすりガラスのドアがあるトイレ、シャワー室などがあり、真正面に風呂で仕切りのカーテンがないのである。
だから、入浴中にトイレに入ると丸見えだから落ち着かない。
義弟家族の風呂は、カーテンを開ければまるで露天風呂。夜景が見える。
何と贅沢なことだろう。某都知事だった○添さんが言った「我々が安い部屋に泊まるのはおかしいでしょ」の気持ちが良く解る。
夕食の為、Mホテル地階のレストラン街に向かったところ、またしても例の女児が飛んできて、甥の手を握った。小さいとは言え、うらやましかった。冗談に20年後お嫁さんに何て話も出た。
夕食は義母のたっての願いで「うどん」系が食べたいと、選んだのが、トーストボックス。
義母と私は新メニューの太めのビーフンのさっぱりめのスープ入り、他は相変わらず辛いスープだった。今回は皆軽めに済ませた。
この後はついに「カジノ」に潜入である。入るにパスポートがいる。
もの凄い人である、バカラ、ルーレット、ビリヤード、スロットなど何でもある。
写真撮影は禁止のお触れ書きがあり。
早速甥が見本を見せる為、ビデオポーカーをやった。残念だがすぐ負けた。次に簡単なビデオルーレットをお手本と示し、その後義弟や妻などもやったがほぼトントンだった。良い遊びだった。
私はバドミントンのM君を思い出し、潔癖症のためかやる気にならなかった。
明日の朝食として、簡単に済ます為スーパーでパン等を買った。信用があるのか、パンはほとんど日本語で書いてあり、私はブルーベリー味パンだった。
シンガポール最後の夜は23:30に寝た。
朝食はホテル隣のファーイーストプラザ(遠東商業中心)ビル地下の店に行った。
Ya Kun Kaya Toast(ヤクンカヤトースト)でトーストセットを注文した。一人330円と安い。
薄切りのパンにバターたっぷりとカヤジャムを挟んである。。カヤジャムとは、卵、ココナッツミルク、パンダリンリーフという香りの葉、と砂糖で作られて甘い。それに半熟卵とコーヒーだった。
Goodwood Park Hotelは1900年にドイツ人の社交クラブとして建てられたコロニアルスタイル と雑誌に出ている。110年以上経っているのだが、部屋など古さを感じなかった。
9:30ついに3日間お世話になったGホテルに別れを告げて、一路タクシーでマリーナ・ベイ・サンズに向かった。
一階受付で手続きをして、荷物を預けて散歩に出かけた。
下から見たマリーナ・ベイ・サンズ。
ヨットをイメージした建物である。
この屋上にプールがあり、後で入った。世界最高、圧巻の地上200m天空プールのキャッチフレーズあり。
2010年にオープンしたばかりのアメリカ系の新しいホテルだ。
Mホテルと陸橋で結ばれた、ベイ・サウス・ガーデンに向かう。
これはスーパーツリーで、高さ22mのところにスカイウェイがあり、ここを歩くのだ。
ところが並んで待っていたところ、突然の雨でしばらくクローズと言う。
仕方なく隣接のフラワー・ドーム・&クラウド・フォーレストを先に見る事にした。
世界各国から集めた、様々な種類のサボテンが展示されている。
ここで偶然、日本人の若夫婦と幼稚園女児に会い、何故か女児と仲良くなったのだ。
先ず発端は、私がお嬢さんの声を聴いて、日本語で感嘆の声を上げていたから、声をかけた。
そこへ義母も参加して「可愛いね」とか話をしたら、なついて手を振ったり、そのうちに手をつないでくるようになった。
これは珍しい「蛸のサボテン」である。
広すぎてほんの一部しか写せないのが残念だが、枯れた花が無く良く管理していると感心する。
これはもう絶景だった。ゆらゆら揺れる。一方通行と知らず戻りかけると、警備員が制止した。左側の塔エレベーターで降りる。
ここでも女児に会い、しっかりと手をつなぐ相手を探したのは甥だった。
話を聞けば御主人は佐賀出身で、現在はタイの日本企業に勤務だと言う。
女児は、英語も話せてタイ語も少し話せるそうだ。
Mホテルに戻り、チェックインにTA君らが行ったのだが、ホテル側に不手際があった。
彼が予約したようになっていなくて、3人と3人の部屋が別の階になっていると言うのである。
大変長らく待たされた結果は、50階のスウィートルーム一室に6人が特別泊まれるようになったのだ。(一番左側の棟)
不幸中の幸いであろうか。英語が堪能なYO君の交渉力・会話力だったのだろう。
屋上が57階になるから、かなり上階の部屋である。下から見ると反り返っている。
マリーナ・ベイ・サンズに戻ると、様々な一流テナントが入っており、写真は上階下階ともバーバリー。果たして売れるのかな?
昼食は有名な鼎泰豊(ディンタイフォン)で小龍包、チリクラブ入り小龍包、チャーハン、豚肉入りチャーハン、葉物等をいただく。
ここの豚肉入りチャーハンが今回のシンガポールでは一番美味かった。
部屋からシンガポール海峡を望む。
反対側は眼下にマーライオン公園を望む。
スウィートルームは専用のエレベータ―があり、一般人は乗れない。
屋上のプールには男のみ3人が入った。先ず暖かいジャグジーに入ってからプールに入ったのだが、最初は冷たく感じ私は少しためらった。
意を決して、3人が縁まで行って万歳の写真。残念だがガリガリの裸では恥ずかしくてとても見せられない。
5098号室のスウィートルームは、入ってすぐにリビングとダイニング、左と右に別れて2寝室。風呂場とシャワールームが2ヶ所、トイレが3ヶ所、立って自転車をこぐトレーニングルームにマッサージ室、大型テレビが5台などがあった。
こちらは我々が泊まった、クィーンサイズのベッド2ケと手前にエキストラベッドを用意した。
今度は左側が私で、右側に義母、妻はエキストラベッドだった。
もう一部屋はキングサイズのダブルベッドにエキストラベッドだった。
我々の風呂。周りは大理石で何種類ものジャグジーがあり、強弱も出来る。
しかし風呂は足の長い欧米人向けに出来ており、足の短い私には不向きで、風呂から上がる時は跨いで飛び降りる感覚だったと言うのはオーバーだろうか。
ここに入るには扉があり、その中に左側に広い洗面所2ヶ所と右側にすりガラスのドアがあるトイレ、シャワー室などがあり、真正面に風呂で仕切りのカーテンがないのである。
だから、入浴中にトイレに入ると丸見えだから落ち着かない。
義弟家族の風呂は、カーテンを開ければまるで露天風呂。夜景が見える。
何と贅沢なことだろう。某都知事だった○添さんが言った「我々が安い部屋に泊まるのはおかしいでしょ」の気持ちが良く解る。
夕食の為、Mホテル地階のレストラン街に向かったところ、またしても例の女児が飛んできて、甥の手を握った。小さいとは言え、うらやましかった。冗談に20年後お嫁さんに何て話も出た。
夕食は義母のたっての願いで「うどん」系が食べたいと、選んだのが、トーストボックス。
義母と私は新メニューの太めのビーフンのさっぱりめのスープ入り、他は相変わらず辛いスープだった。今回は皆軽めに済ませた。
この後はついに「カジノ」に潜入である。入るにパスポートがいる。
もの凄い人である、バカラ、ルーレット、ビリヤード、スロットなど何でもある。
写真撮影は禁止のお触れ書きがあり。
早速甥が見本を見せる為、ビデオポーカーをやった。残念だがすぐ負けた。次に簡単なビデオルーレットをお手本と示し、その後義弟や妻などもやったがほぼトントンだった。良い遊びだった。
私はバドミントンのM君を思い出し、潔癖症のためかやる気にならなかった。
明日の朝食として、簡単に済ます為スーパーでパン等を買った。信用があるのか、パンはほとんど日本語で書いてあり、私はブルーベリー味パンだった。
シンガポール最後の夜は23:30に寝た。