朝起きたのは午前6時半。
太陽は昇っていないが外は明るい。
いい天気だ。
津シティマラソンに参加する娘のあい(津高1年)を起こしにいく。
着替えている時間にサークルKへ。
イクラお握りの件である。
「昨日買ったイクラのお握りに具が入ってなかったんですけど」
「え・・・、何も・・・ですか」
「ええ」
「すいません、すぐにお取り替えしますから」
「いえ、そのつもりで来たんじゃなくて、他のお客さんから同じようなクレーム入ってませんか」
「いえ・・・とにかくお取り替えしますから」
「いえ、それはいいんです。他からクレームがないようならいいんです。心配なさらずとも懇意にしますから」
タバコ1箱買って、不審気な視線を向けるカウンターを後にする。
おんぼろエスティマに乗り込み一人ごちる・・・今日はついてる。
アキラの親父が泊まったのはルート・イン。
驚いたことにアキラもまたルート・インに泊まりやがった。
これでマージャンするのを楽しみにしていた戦災孤児こと鈴木のセンセ、いたく落胆することになる。
それはアキラの親父も同じだ。
数日前に俺に言っている、「俺はホテルに泊まるけどアキラとブーちゃんは塾で泊まりや。マージャンでもしてなんとかアキラを朝まで引っ張ってくれや」
「こっすい親父やな」
「勝つためには手段は選ばぬ。なにしろ1秒20円、1分離して1200円、5分離して6000円、にゃはははは!」
これが一転、アキラもルート・インを予約。
「なにしろ1秒40円ですからね。今までやられたけど、今回は叩き潰してやりますよ」とアキラが笑う。
去年の越前市で開催された菊花マラソンでの親子対決、1秒20円の賭けをしている。
「今回は僕のほうからプッシュしましたよ。だからね、体調を万全にしたくってホテルをとったんですよ」
「アキラさ、朝から俺とは一切口をきかへん」
「勝負はもう始まってますから」
津シティマラソン開催会場へと向かうおんぼろエスティマの中ではすでに前哨戦が始まっている。
アキラも親父を叩き潰すべく万全の体制をとるが、アキラの親父もまた同様。
昨夜、ホテルに入る前に征希(4期生・カイロプラクティク自営)の家まで行って最終調整。
10kmを走るランナーたちが並び始める。
「征希がな、ピシッと仕上げておきましたって言うねん。なんや、足が軽いわ。今日はぶっちぎりできる自信があるわ。おっ!里恵が来たで」
早起きが苦手な里恵(7期生・国語講師)が駆けつける。
来るのが遅く、草生小学校に車を止めたとか・・・遠い。
「めっちゃ疲れた、なんやここまで来るまでに標識が立ってて『あと1km』やって・・・ありえへん。なんで見物の私がこんなに走らなアカンの」
森下(8期生・環境学研究者)のいでたちを見て里恵、「森下、本気やん!」
ホノルルマラソンに出してもおかしくないカッコでストレッチしている森下が微笑む。
「あと10秒です!・・・5秒です」
スターターを持った招待選手の千葉真子が右手を上げる。
号砲が突発性難聴の耳に響く。
一斉に走者が走り出す。
10kmマラソンの開始だ。
アキラが関西大学に合格、地元の街を旅立つときに親父はアキラを駅のプラットホームまで送ったそうな。
雷鳥に乗り込む直前、親父はアキラに言ったという、「勉強は二の次や、せいぜい大阪で楽しんでこい」
雷鳥の窓からアキラは親父を眺める。
そのアキラの目に飛び込む親父の姿・・・あたりを憚らずに万歳!万歳!万歳!
『祭りの準備』のラストシーンのパロディだとは重々承知、それでも俺を何がしかの感慨が襲う。
子どもとは友達のように付き合う・・・アキラの親父はかつてそう大言壮語した。
こんな暑苦しい親父が、それでも現在まで連綿と子ども達と繋がり続ける。
今じゃ1秒40円を賭けてマラソンに臨む奇妙な親子になっちまったが・・・。
羨ましい。