施政方針演説に臨んだトランプ米大統領㊤、抗議の意思表示をする米民主党議員ら(4日、ワシントン)
あっと驚く話題に人は飛びつき心を奪われる。だが消化できる情報は限られる。だから意外な話題を止めどなく流せば思考が追いつかず混乱する。
不都合に気付いて反論しようにも遅い。次の話題が洪水のように押し寄せる……。
Flood the Zone(情報の氾濫)。第1次トランプ米政権の元参謀スティーブ・バノン氏が以前そう呼んだ戦略が、第2次政権で勢いづいている。
情報の洪水に潜む、未曽有の権力拡大
乱発した大統領令は約80本。仰天の閣僚人選、軍首脳らの罷免、電撃的な政府機関の閉鎖や職員の大量解雇、ウクライナや中東をめぐる奇抜な紛争解決案、果てはニューヨーク市の「渋滞税」廃止まで一方的に宣言し自らを「王」になぞらえた。
民主党もメディアも圧倒され攻め手を欠いている。
意図的なカオス(混沌)の創出との声は多い。
「無力感と衝撃を誘うのが彼らの狙い。抵抗する意思をくじくつもりだ」(オカシオコルテス民主党下院議員)

問題はその最終目的だ。発せられる情報は玉石混交。テレビ向けの派手な発言の陰で、国のありようを一変させうる動きも進む。
大統領の未曽有の権力拡大につながる組織や人、データの掌握だ。
代表例は米証券取引委員会(SEC)や米連邦取引委員会(FTC)など独立規制機関への権限を強めた2月18日の大統領令だ。
新たな規制などに大統領直轄の米行政管理予算局(OMB)による審査を義務づけた。独立性を失った組織が政治利用され、企業への便宜や圧力の温床となりうる。
しかもOMBを率いるのは超保守の政策構想「プロジェクト2025」に深く関与したラッセル・ボート氏。
米連邦選挙委員会(FEC)もその審査対象で、選挙結果を左右する判断を現職大統領に委ねるお手盛りが心配される。
三権分立を揺らす「単一行政府論」
懸念はまだまだある。
▼連邦政府の不正を監視する独立監察官の大量解雇。政権に忠誠を尽くす後任の指名で汚職へのチェック機能が失われかねない。
▼司法省の捜査・起訴に介入しない、ウォーターゲート事件以降の慣行を転換。収賄に問われていたアダムズ・ニューヨーク市長への起訴取り下げを連邦検察に指示したのが典型だ。トランプ氏は就任前から米連邦捜査局(FBI)のレイ長官に辞任を迫ったほか、自らへの捜査に関与した司法省職員らも調査・解雇している。
▼起業家イーロン・マスク氏率いる政府効率化省(DOGE)による官僚の大リストラ。閣僚や幹部に続き中堅職員にも政治任用を徹底する動きの一環なら、猟官制が140年ぶりに復活する。
▼DOGEによる労働者や納税者の機微なデータへの接続要求。要求を拒んだ米社会保障局(SSA)の幹部らを解任し、税務を担う米内国歳入庁(IRS)にも圧力をかけた。税務情報を使った政敵への攻撃はニクソン政権などで例があるが、今日のデジタル社会ではより強力な武器となる。
一連の動きには多くの訴訟が起きているが、トランプ氏は「国を救う者はいかなる法律にも違反しない」と皇帝ナポレオンが起源とされる言葉で強気の姿勢を貫く。
背後にあるのは「単一行政府論」という法理論だ。大統領こそが行政府であり、行政機関のあらゆる判断と人事に意思を反映できると考える。
近年は最高裁の保守派判事の間で支持が広がっており、判断次第で行政、立法、司法のバランスは大きく変わりうる。
混沌を好む指導者とギャング
トランプ氏が国外で引き起こすカオスも見逃せない。「米国第一」へ政策や国際秩序を転換すると息巻くが、一方的な関税措置や商業主義を前面に出した紛争解決案はむしろ混乱の源泉だ。
ただ支配者の目には世界の混沌も有用に映る。そう示唆したのは世界的に著名な社会・政治学者のチャールズ・ティリー氏だ。
同氏は国家とギャング集団を本質的に同じとみる。ともに他者の土地から敵を追い出し(戦争)、支配した領土内でライバルを排除し(国家建設)、住人を内外の脅威から守って(保護)、税金や上納金をとる(利益抽出)。
この仕組みの前提となるのは内外の脅威の存在だ。ギャングが危機をでっち上げるように「政府のいう脅威も想像の産物だったり自らの行動の帰結だったりする」。
トランプ氏も「国民を脅威から守る強い指導者」として自らの権力を拡大できる、カオスな世界を好んではいまいか。
大きな疑問は、未曽有の権力強化を果たしたトランプ氏が、それを手放すことができるかだ。
専制の芽を摘めるか
「私は再出馬すべきだろうか」。2月下旬、トランプ氏はホワイトハウスの催しで聴衆に問い、支持者から「もう4年!」の合唱を浴びた。
憲法に反する「3期目」への言及は初めてではない。冗談との受け止めが多い一方、2020年の大統領選の結果を覆そうとした同氏への警戒感も強い。
トランプ氏が称賛するロシアのプーチン大統領も、かつて憲法の3選禁止を逃れるため側近のメドベージェフ氏を大統領にし、自らは首相として実権を握った。
トランプ氏が今度は副大統領として出馬・当選し、後に大統領に昇格する手口が合憲かは、憲法学者の間でも議論が割れる。過大な権力は邪心を誘いかねない。
「歴史を通じ、人々は安全を求め、守ってくれると信じる権力者に自由を差し出してきた」。経済学者ハイエクの警句だ。洪水に紛れた専制の芽を見極め、これを摘むのは早いに越したことはない。
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。
今村卓
丸紅 執行役員 丸紅経済研究所社長・CSO補佐
結果を自分で決められない、誘導できない政策を洪水のように打ち出したところがトランプ氏にとっての大きなリスクになっていると思います。
高関税政策やDOGEなど着手済みの多くのこの種の政策の結果が、今後続々と民主主義と市場経済が機能している間に出てきます。
その成否を判断するのは有権者と市場参加者、トランプ氏ではありません。
高関税政策の今週の混乱をみると、トランプ氏がつまづく可能性も十分ありそう。
本当に独裁者を狙うのなら、もっとリスクの低い、結果が読めている政策に絞り込んで慎重に着手すると思います。
独裁者の出現を心配すべき時は、洪水のような政策が成功して経済が繫栄しトランプ氏の支持率が上がった後では。
民主主義国家は権力が分散されていることで維持されていますから、その権力を一つずつ自分のものにしていくと、いつの間にか強大な権力を独り占めした独裁者が誕生します。
過去に民主国家から独裁国家に変身していた国々は、このような経緯を辿ったのかと驚嘆しながら見ています。
そういえば、ロシアもエリツィン大統領時代は、まだ国内で権力の分散が存在していましたが、プーチン大統領が権力を束ねて独裁者になりました。
いまアメリカで同様の事態が進行していこうとしています。
アメリカの民主主義はどこまで強靭でいられるかが試されています。

経済・金融政策、市場、銀行、貿易を取材。日銀キャップなどを経てニューヨーク駐在。
トランプ政権の移民政策に関するルポが世界新聞・ニュース発行者協会の18年「アジア・メディア賞」特集部門で銅賞。
経済部次長、英文統括エディター、編集委員兼論説委員を経て現職。近著に「リブラの野望」。
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日経記事2025.3.7より引用