2017年7月、ドイツのハンブルクで会談した際のトランプ米大統領(右)とロシアのプーチン大統領(AP=共同)
トランプ米大統領がロシア寄りに傾くなか、欧州と米国の亀裂が広がる。
もう完全修復は難しいだろう。米国は第2次大戦後、「西側の盟主」として君臨してきたが、その役割の終わりの始まりとなるかもしれない。
訪米したウクライナのゼレンスキー大統領とトランプ氏は記者団がいるにもかかわらず口論した。欧州の政策当局者は首をかしげる。
資源権益をよこせと高圧的にウクライナに譲歩を迫ることは予想できた。不可解なのは、なぜロシアには譲歩を求めず、擁護ばかりするのか。
チェチェン、シリア、ウクライナ。ロシアは民間人の犠牲をいとわない戦争を繰り返し、虐殺や拷問に手を染めた。停戦公約もほごにした。そのロシアのプーチン大統領をトランプ氏は「彼が何を破ったのか」とかばう。
民主主義や法の支配などを重んじる西側諸国の盟主が強権国家に歩み寄る。欧州には裏切りと映り、もはや価値観を共有する国家とはみなせない。
英仏は米国の引き留めに動き、決裂したウクライナとの関係修復も後押しする。だが本音では政策当局者の多くが米国を信用していない。
欧州は外交・安全保障政策の米国依存を減らし、「自立」を目指す。しかし、すぐに「自立」できるわけではない。
不安が広がる。在英ヘッジファンドの運営責任者は「バルト3国消滅」を地政学リスクの「最悪シナリオ」に組み込むかどうか頭の体操を始めた。
米国の大幅譲歩により、ウクライナがロシアの属国になる。その後、ロシア・ベラルーシなど旧ソ連の強権国家軍が「旧領回復」を目指してバルト3国に侵攻するという筋書きだ。
その際に金融市場がどう反応するのかをシミュレーションしている。
心配は市民生活にも忍び寄る。筆者は記者の傍ら、ベルリン自由大学で週1回、非常勤講師として教えている。先日、授業で欧州の安保政策をテーマに議論したところ、学生の多くが内心、恐れていることがあった。
「近い将来、徴兵され、ロシア軍と戦うために東欧の前線に送られる」。米国が西側の盟主であると信じられなくなったことによる心理的な影響は計り知れない。
いずれトランプ政権は行き詰まり、穏健な政権に交代するとの期待はある。しかしトランプ大統領を選んだ米国の民意は残る。
「ポスト・トランプ」で古きよき米国に戻り、それが長続きするという保証はどこにあるのか。安保も経済も米国に頼る日本もひとごとではない。
米国抜きの国家モデルを頭の片隅に置く時代がきたのかもしれない。米国が国際協調に戻ればそれでよし、そうでなければ米国抜きの主要6カ国(G6)でも民主主義や法の支配、自由貿易の旗印を掲げる覚悟が問われる。
[日経ヴェリタス2025年3月9日号掲載]
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この1週間、欧州で過ごし、「今日のウクライナが明日の東アジア」ならば、「今日のEUが明日の日本」となるおそれはないかを問い続けています。
昨日パリで意見交換したインド太平洋地域の専門家の意見は「米国の真の敵は中国。
欧州への関与縮小は中国に集中するためだから、日本がEUと同じ状況に陥るとは思わない」が、大国主義で経済的利益を重視するトランプ政権が中国との間で「日本にとって好ましくないディールをする」可能性は排除できないというものでした。
第1期政権期、漂流しかけたTPPを守った日本。米国との関係の管理と同時に、国際秩序の支え手として、より大きな役割を果たすことができるかも問われそうです。
フォンデアライアン欧州委員長は米国のウクライナ軍事支援の一時停止を受け、これを「分水領の瞬間」と表現し、それに先立つ記者会見でEU諸国の軍事予算を125兆円規模に拡大する旨発表した。
欧州の安全保障を戦後米国に頼ってきたヨーロッパ諸国が自国の安全は自分達で守る必要があると「目覚めた」瞬間とも言える。
ウクライナがロシアの属国になった場合、次はモルドバやバルト3国との懸念が出る。
モルドバはロシアの支援を受けるトランスニストリア地方を抱え、ラトビアやエストニアは人口の約25%がロシア系だ。
ロシア系住民の保護を理由に武力介入する懸念は常に残る。米国の抑止力がない場合を想定せざるを得なくなっている。