黒式部の怨念日記

怨念を恐るる者は読むことなかれ

コラールの成り立ちVol.1ヨハネ受難曲の終曲

2024-11-26 09:27:48 | 音楽

ドーリア旋法のことを書いた際、バッハのヨハネ受難曲の最後から2番目の合唱曲について触れた。と来れば、終曲コラール(以下「ヨハネ終曲」という)のことを書かないわけにはいかない。私が自分の葬式に使いたい(できれば指揮をしたい?)曲の有力候補である(もう一曲はバッハのモテットの第2番である)。冒頭はこんな感じである。

川の成り立ちについて随分書いているが、曲の成り立ちもまた奇々怪々である(「怪物くん」の主題歌のエンディングは「ききかいかいの、かいぶつくん」だった)。声楽曲は、歌詞と音楽から成り立つわけだが、バッハの受難曲は、イエスの受難について書かれた福音書を語る(歌う)部分と、アリアと、コラール(教会で会衆によって歌われるシンプルな賛美歌)から成るところ、福音書の部分の歌詞は、これは言うまでもなくヨハネ受難曲ならイエスの弟子のヨハネが記したものであり、作曲者はバッハである。それに対し、アリアの作詞者は当時の台本作家であり作曲者はバッハ。コラールとなると、賛美歌をそのままもってきているので、和声付けこそバッハがしているが、作詞も元のメロディーの作曲も別の人である。さらに、教会で歌われていた賛美歌が川で言うところの源流かというとそうでない場合もある。例えば、有名な賛美歌「血潮したたる」の元曲は、ハンス・レオ・ハスラーの恋の歌である(「血潮したたる」については別の機会に詳述する)。

では、ヨハネ終曲の「源流」は何か?それは、「Herzlich lieb」(心から愛す)という賛美歌である。この賛美歌の歌詞は3節から成り、その3節目だけピックアップしたのがヨハネ終曲である。

この賛美歌の作者は教会詩人のマルティン・シャリング(1532~1608)とされている。だが「作者はシャリング」と言ったら詩も曲もシャリングが作ったように思われそう。それはミスリードである。シャリングは詩人だから歌詞を作った人である。

聖書の詩編18の中に「Herzlich lieb hab ich dich」という句がある。シャリングの詩の第1節の冒頭と同じである。シャリングが詩編のこの言葉にインスパイアされた可能性はあるかもしれない。

では、作曲者は誰だ?分からないというのが分かっていることである。シャリングの歌詞は作者不明のメロディーで歌われたものであり、そのメロディーは、1577年のオルガンのタブ譜に登場し、ヨハネス・ツァーン(1817 ~1895。ドイツの賛美歌のメロディーを収集研究した人)の目録の8326番に掲載されているそうである(以上、ウィキペディア英語版より)。

この詩とメロディーは、別々に、あるいは一緒に、バッハ以前の何人かの作曲家によって使われた。

例えば、ハインリヒ・シュッツ(1585~1672)は、その詩に独自の曲を付けて、「宗教的合唱曲集」の中の一曲とした。

シュッツは三節を全部使ったからかなり長い曲である(第3節(ヨハネ終曲の歌詞)は繰り返しの先)。歌ってるうちにじわじわと興奮が高まってくるするめのような曲である。この曲の第3節を歌ってるとき、あれ?これヨハネ終曲と同じ歌詞だ(メロディーは違うけど)と気付いたのである。

ヨハン・フリートリヒ・アルベルティ(1642~1710)は、コラール前奏曲でそのメロディーを使用した(右手の二分音符)。

ブクステフーデ(1637~1707)は、詩とメロディーを共にカンタータ(BuxWV41)に使用した(Cantoのパート)。

このように、バッハ以前に、この賛美歌の詩もメロディーも「使用実績」があってのバッハによるヨハネ受難曲への採用であった。

なんと、この終曲は、ヨハネ受難曲の第2版で一度削除さて、第4版で復活したという。たしかに、バッハのマタイ受難曲は、自作の大合唱で曲を締めていて、最後にコラールを持ってきていない。それと歩調を合わせたようでもある。

だが、ヨハネ終曲の和声付けは秀逸である。その最後の部分は超劇的である。

その仕掛けはアルトにある。「Jesu Christ」の和声はアルトにかかっている。なお、私のパートは、この「おいしい」アルトである。

もしこの終曲がなかったら、私の葬式曲がモテット第2番一択になったところだった。

以上でヨハネ終曲の成り立ちのお話はおしまい。これは私の備忘録である(過去、調べて書き散らした内容を整理したものである)。バッハのコラールの成り立ちネタはまだストックがあるから、追々出していく所存である。


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