音を引き継ぐ、と言えば、こういう想い出がある。高校時代、カール・ベームがウィーン・フィルをひきつれて日本公演を行い、フルートを吹く友人がブラームスの交響曲第1番を聴きに行った次の朝、興奮の面持ちで登校して来たのでどうだった?と聞いたら「もう、やってらんない」と言うからなんで?と聞いたら「フルートの息の長さが信じられなかった」と言う。そんな技を見せつけられたら自分などフルートを吹いていられない、というのだ。それは第4楽章のこの箇所である。
1stフルートがメロディーを吹き始めて2小節目に入ると二分音符で音を切り上げているが、そこに同じ音で2ndが全音符で入る。3小節目と4小節目、5小節目と6小節目も同様である。だからずっと一本で切れ目なしに吹いているように聞こえる。友人はこれに「騙された」のである。もちろん、2ndが1stとまったく同じ音色、音程で入ることが前提である。さすがである(つうか、プロだったこのくらい当然だろう。なんとも低レベルでの感動である)。
この演奏はテレビでも放送された。当時、奇跡の名演とされた演奏で、ベーム自身も満足の様子であった(直後に収録されたインタビュー番組で)。ウィーン・フィルはそれまでにも何度か来日していたが、同行した指揮者が若造だったり(例えばアバド。だが、アバドはその後巨匠となった)、どうせヤパーナー(日本人)は適当に演奏してもパチパチ拍手してくれるから真面目にやってなかったという噂である。アバドのときのアンコールの「青きドナウ」でヴァイオリンが一人だけ繰り返しを間違えたのをテレビで視聴した私は聞き逃さなかった(一杯ひっかけていたのだろうか(私ではなくその奏者が))。だが、ベームとなると話が大違い。楽員の本気度が違った(後年聴いた話だが、ベームは大の小言家で、間違えて弾こうものならどやされて大変だったという)。だからウィーン・フィルも本領を発揮したのである。因みに、同じカール・ベームとウィーン・フィルの組合せでブラームスの交響曲第1番をスタジオ収録したレコードが発売され、感動よ、もう一度とばかりに聴いたのだが、冷めたピザのような演奏で、テレビで聴いたときの感動には遠く及ばなかった。ベームはLIVEの人、と誰かが言っていたが賛成である。かと思えば、グレン・グールドや、キャリアの後半期のビートルズのように、演奏をスタジオ収録に限る演奏家もいる。
因みに、私はこの組合せの日本での最後の演奏を生で聴いた。昭和記念講堂で演奏されたベートーヴェンの第2番と第7番である。超ゆっくりなその演奏は、重戦車があたりをなぎ倒して進む迫力であった(もちろん、ウィーン・フィルは本気で弾いていた)。終演後、ベームは超ごきげんで、カーテンコールで奥さんの手を引いて無理やり舞台に引っ張り出した。奥さんは超いやがっていた。44年前のことである。
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