ゆっくり読書

読んだ本の感想を中心に、日々、思ったことをつれづれに記します。

冬支度

2010-11-21 21:23:37 | Weblog
冬支度をした。
半分以上枯れたゴーヤさんを、ネットからはずした。
ゴーヤさんに住んでいたかまきりも、すでにどこかへ行った。

半分以上枯れているとはいえ、まだ生きているのだから、とてもかわいそうだけど、
プランターで枯れた植物を置いていると、
なんとなく防犯上悪いような気がした。

古来、樵の人たちは、
どんな気持ちで里山を守っていたのだろうなあ。
生活圏を守るとき、片方だけを見ていては、みなが滅びてしまう。
植物も動物も虫も活かして、人間が生きることができる。

人が住む場所が、自然の中の一カ所にすぎなくて、
間借りしているような気持ちだったころ、
いったい秋から冬を、どのように人々は暮らしたのだろう。

1年というサイクルで毎日を見る。
それが、植物を育てることのよい点だと思う。
失敗を改善できるのも来年。
3ヶ月先、半年先を考えて行動しなければならない。
なかなかどうして、いろいろな発見がある。

チベット高僧による法話を聞いて

2010-11-20 18:41:32 | Weblog
今日は護国寺まで、チベット仏教の高僧クンデリン・ヨンジン・ゲン・ロサン師の法話を聞きに行った。
 

先日の広島のダライ・ラマ法王のお話は聞きに行けなかったけれど、
今日、その日に法王がお話しされたことを、わかりやすくお話ししていただいた。

ダライ・ラマ法王の講演会に比べるとこぢんまりとしてて、
かつ、本当に興味を持っている人が集まる。
だから、特に最後の質疑応答の時間の居心地がよかった。

質疑応答で出た質問の内容をかいつまんで言うと、
覚えていない無限の過去の悪業の結果を軽減する方法はあるのか。
無我ならば、アートマンを否定するならば、前世・今生・来世で因果が乗る我はどこにあるのか。
という質問が出たと思う。

この議論が始まるといつも思い出すことがある。
確かに、自分の行いだけが、今の自分や未来の自分に関係があるのなら、
罪は軽くしたいし、私という魂はあると思う。

でも、ときに私は自分のせいではないことも、引き受けることになる。
いつも身を裂かれるように思い出すのは中国での思い出。
私は中国人と仲良くしたかったけど、
私が日本人だというだけで、私自身がまるで中国人を虐殺した張本人のように批判してきた人もいた。

ここにも因があり果がある。
そして、戦争に至った経緯には、日本には日本の言い分がある。
それこそ原因は無限に遡れるし、そうなると、
その原因というやつは、直接的には今の私のせいではないことだらけになる。
勉強をしなかったから赤点をとったという範囲の話では解決できない。

自分のせいではないことや、
しかも場合によっては、それに反対の立場であったことについても、引き受けるしかないときがある。
この私として生まれてしまったからという理由以外、原因を見つけられないこともたくさんある。
仕事でも、よくそんなことがある。

そんなことがあると、悲しいし、「なんで私が!」と不満を感じる。
そう感じる私はいる。
自分のせいではない大きな縁起によって引き起こされた感情に、押しつぶされそうになる自分は、
確実に、ここに、いる。

じゃあ、どうするのか。

自分の経験に照らすと、そんなことを言っているのだと思う。
因果応報や、自分がいまここにいるということは、そんなことなんだろうと思う。
そして、それを、誰のことも恨まず、妬まず、とことん考えるのが私にとっての仏教だ。

だから、壺を買ったり、占い師に暗示をかけてもらって救われるようなことは、
少なくとも私にはないと思う。

つい先日『チベット 死者の書』を読んだところなんだけど、
私は、実際に死んでから母体に入る輪廻転生と解脱の物語よりも、
いま、この瞬間の自分とどのように向き合うのかのほうが、ずっと気になる。

ただ、『チベット 死者の書』は、母が亡くなったときに、
母がゆく行程をイメージし、そのイメージとたいへん近かったので、
母が解脱したのか、輪廻転生したのか、とても気になるところだ。
まあ、母の場合、あの性格だと、やり残したことがあるから輪廻転生したと思う。

ここまでが、帰り道に盛り上がって書いた文。

帰宅して、今日、師にかけていただいたカター(白い布)と、
いただいたスンドゥ(赤い糸)を眺める。
10年前、四川省と雲南省の境目あたりを1人で放浪していたとき、
ふと立ち寄ったチベット寺院で、小坊主が、私にくれたスンドゥを思い出した。
彼よりもっと年下の、幼稚園生くらいの子どもたちを見ていた10歳くらいの少年が、
「どこから来たの?」と、話しかけてきた。
私が「日本からよ」と言うと、ピンとこない様子。

「外国の日本よ。旅行できているの」と言ったら、ジッと私の顔を見て、
「ちょっと待ってて」と、堂内に消えて行った。
少し経つとピンクのヒモを持って戻ってきた。
「これは、あなたが無事に故郷に戻るまでのお守りです。お祈りを捧げます」と言って、
小さい声でお経をよみながら、私の首にかけてくれた。

「いらなくなったら、お寺で燃やすなどして捨ててね」と言われ、
ずっといらなくならないから、とってあるピンクのスンドゥ。
彼はいま元気にしているだろうか。
元気に仏教の道を歩んでいることを祈りつつ、一緒に写真を撮った。

ブランショの小説

2010-11-19 23:53:59 | Weblog
モーリス・ブランショの本を、ここのところお昼休みにずっと読んでいた。
『ブランショ小説選』ー「謎の男 トマ」「死の宣告」「永遠の繰言」と『アミナダブ』

ブランショの小説の第一印象は、
心象風景ばかりがつながって構成されているような作品群だということ。
微妙で、つかみどころがないような「ゆらぎ」が言葉になり、
尾をひいて流れて行く。
実際に見えているのか、夢を見たような気がしているのかがよくわからない。
その距離感がとても気持ちよかった。

今回読んだなかでは、『アミナダブ』がとても面白かった。
いろいろなことが、メビウスの輪のように繋がっていく。
こんな文章があるのだなあ、と思った。

お話は、主人公の心の中にどんどん落ちて行くのに、
落ちて行けば行くほど、どこかに広がって行くような感覚。
ストーリーというよりも、印象が残った。

来週からは、キルケゴールの小説を読む予定。

お昼休みになると、鬱憤をはらすように、派遣社員さんたちが大声で会話を始める。
その声で、少し集中がそがれるのだが、
モーツアルトのピアノ協奏曲を聴いたとき、イヤホンの向こうから聞こえてくる声と音楽が、
微妙にマッチすることに気がついた。

人の声の微妙なゆらぎが、音楽に重なる。
むかし子どもだからと早く寝させられたとき、
隣の部屋では大人たちが楽しそうに話しているその声が聞こえてきて、
聞いているうちに心地よくなって眠くなったときのような、
居心地のよさを感じるのが不思議だ。

いい夕暮れ

2010-11-18 20:27:44 | Weblog
久しぶりに、麹町へ行った。
10年くらい前、当時勤めていた会社が市ヶ谷にあったので、
帰り道、新宿通りをぶらぶらと歩いて四ッ谷まで出た。
皇居というか、江戸城の外堀のおかげで、あのあたりの風景は本当にきれいだ。
そして今日は、とてもきれいな空が広がっていた。


最近「和」の気持ちがつよいのは、
保田與重郎の『戦後随想録』を読んでいたせいかもしれない。

久しぶりの旧仮名づかい。むかしの漢字。
私は日本のことを、な~んにも知らないと思った。

むかし中国に留学した時、
日本が好きな白人から「和歌」について質問された。
中国にも欧米にも詩はあるけれど、日本の和歌のようなものはない。
いったいどんなところから生まれるのか、と。
日本語はミラクルだ!とも言っていた。
でも、申し訳ないことに、私は何も説明できなかった。

大和の山や、日本の山里を、もういちど見つめてみたいと思う。
郊外型の大型店舗や、パチンコ店のネオンがまぶしいかもしれないけど、
でも、幹線道路から少し入れば、まだ、なんとなく残っているだろう。

むかし、横溝正史の金田一耕助シリーズのドラマが好きだった。
平家の落ち武者の里とか、庄屋さんの家とか、
景色はすごく美しいのに、人間模様がドロドロしていて不思議だった。
住むのと外から眺めるのとでは、やはり違うのだろうなあ。

そして、東京にも、きれいな空は広がる。
ふだんは目にする余裕がないし、ビルに遮られてしまうけど、
ふと、気がつけるときもある。今日のように。
こんな日に、歌が詠めればいいのだけど。

神事

2010-11-17 22:19:00 | Weblog
イギリスの王子が結婚されるというニュースが流れている。
祝賀モードというやつだ。

彼の両親が結婚されたとき、たしか母と皇室の話をした。

学校の先生には天皇なんて不要だ、という人が多かったので、母に質問した。
日本にとっての天皇って、どんな人?
王室や皇室の人が結婚することが、そんなに「すごい」ことなのか、と。

母は少し考えて、彼女なりの意見を言ってくれた。

天皇は、日本が農業国であること、
日本が自然の中で、人と自然がともに生きて行くことを、
儀式を通して守っている存在。

そして、万葉仮名で書かれた万葉集を広げて、何首か音読してくれた。
漢字は中国から伝わったものだけど、
それを私たち日本の心にあうように、むかしの人たちは工夫して使った。
中国や朝鮮から多くのことを学んだけれど、
どこの国の自然も、日本の自然とまったく一緒ではない。
そして、天皇はその自然と人とが一体になるための、大切な存在だったのよ、と。

ニュースでたまに、天皇が儀式をやっているところが映るでしょう。
あのとき、日本人は自分たちの心の中にある自然を取り戻す。
近代的な会社や工場では忘れられてしまって、そして不安になっている私たちの心を、
ふと安心させてくれるのよ。
「天皇のために死にましょう」ではなくて、
天皇をとおして自然と触れ合うのが日本古来の心だと思う、と。

その頃は、昭和で、天皇は自分のことを「朕」と呼んでいらした。
高校の時、「朕」という言葉は、「父親を亡くした子ども」という意味をふくむと聞いたとき、
万世一系というものに、それまでとは少し違った印象を持った。

いま、ニュースで、天皇の神事を取り上げてくれることはまずない。
そういう意味では、日本の自然はすでに失われたのだと、なんとなく思う。

性格が悪い

2010-11-17 20:36:36 | Weblog
今日はつくづく「私って性格悪っ!」と思った。
ここまでイヤなヤツだと、かえって開き直れる。

新しく来た派遣社員さんに、本気でキレてしまったので、
申し訳ないを通り越して、私の中では笑い話になってしまった。

同じ派遣会社から来ている人がいて、
どうやら派遣会社の新しい担当さんが、ちゃんと理解していないために、
彼女に少し事務的なトラブルがあった。
私も少し協力しつつ、数日バタバタしたのち、今日おさまった。
それを午後一番に愚痴りにきたから、「とりあえず、もういいじゃないですか!」と
冷たく言い放ってしまった。

派遣先の会社で、業務時間中に、派遣会社の担当の悪口を言うような趣味は、私にはない。
ただ、その担当さんが、どちらかというと要領がよくないことはわかっている。
1ヶ月くらい前に、私も注意をした。
「契約書を送ります」という、まったく急用ではない業務連絡のために、
わざわざ部長直通電話にかけないでほしい。
私個人のメールアドレスも携帯電話番号も教えているのだから。
と、メールをしたのだけど、今日も同じことをしていたので、
学ばない人だなあ、とは思ったけど、わざわざ業務時間中に悪口を言うほどのことはない。
私に対してまた同じことをやったら、また、ガツンと言うまでのことだ。

要は、彼女が、派遣会社と自分の契約、派遣会社と派遣先企業の契約について、
論理的に考えることができないことから出てくる愚痴だったので、
私からすると、たいしたトラブルではないことだった。
単に聞く相手と聞き方がマッチしていないだけだ。
回答できない人に、いくら訊ねても、話は進まない。

結局のところは、自分がほしい回答がなんなのかが、わかっていないのだろう。
だから、適切な質問が浮かばないのだ。
特にビジネスでの会話は誘導尋問合戦だから、相手が欲しいであろう言葉を出しつつ、
最終的には自分が聞きたい言葉を相手に言わせるように導くものだと思う。
これは、どちらかがどちらかを説き伏せる、ということではなくて、
どこまでも歩み寄るプロセスを共有できる、ということだ。

それにしても、私より年上の女性が、こんなに頭の中がこんがらがっているのかと思うと、
正直に言って「日本は大丈夫かい!」と思う。
技術は持っているかもしれないけれど、あのセンスは即戦力ではない。どう考えても。

と、勢いで書いたけれど、不安だったんだろうなあ、彼女も。
でも、愚痴に付き合うほど、私はやさしくないんだ。
これからも、もっと性格が悪い人になるだろう。

顔と応答責任

2010-11-16 20:56:15 | Weblog
いま、会社で私の隣に座っている女性は、すべてを報告してくれる。
例えば今日は、朝からドーナツを食べたこと、おやつをしまっている引出しのことなどだった。
そして、書類を持って「この件なんですけどね」と話し始めたので、
きっと困っているんだろうと思い真剣に聞き、やり方を説明しようとしたら、
最後の最後で、「課長にやってもらいました」と言われて、カクンとなった。

とにかく、全部話したい人なのだということは、よくわかった。
せめて最初に「相談です」「解決したんですけど、こんなことがありました」などの
一言でも付けてくれれば、もっと心穏やかに付き合うことができそうなのになあ、と思った。
決して悪い人ではない。
裏はないだろうし、悪意もほとんどないだろうと思う。

私はどちらかというと隠したい人なので、このように話す人のことをすごく不思議に思う。

例えばこのブログも、友人にはほとんど教えていない。
ふだんから私の本音をあたたかく受け止めてくれる人には教えた。
その際には、相手に受け止める余裕があるかどうかを基準にした。
詭弁と言われるかもしれないけど、私が率直に本音で語ったら、
確実に、猛烈に傷つけてしまうだろうと思っている人には「読んで」とは言えない。
あと「反応をしなきゃいけない」と責任を感じすぎてしまう人にも教えない。
そんなつもりで書いているわけではないから。

だから、隠してはいるけど、浮気をしている心境とは少し違うと自分では思っている。
と、このブログについては、言い訳ができるのだけど、
面と向かっていると、そうはいかない。
あからさまに「なんだよ。そんな話か」という顔をしてしまって、
「次はあなたのことを語って」という相手の期待を粉々に打ち砕くので、
相手をしゅんとさせてしまい、心苦しくも、面倒臭くもある。

こんなとき、確かレヴィナスが書いていた「応答責任」について考える。
人の顔についての下りだっただろうか。
人の尊厳に関する深い考察だったように思う。

すべてを自分から開示したから伝わるというものでもなく、
隠しているのにもかかわらず、もれて相手に知られてしまうこともある。
自分の「顔」は、自分では見ることができない。
あくまでも他者に向かっているのが「顔」だ。
そして私には、私以外のすべての人の「顔」が向かっている。
直接の知り合いでなくてもだ。
いま生きている人だけではなくて、故人やこれから生まれてくる人の「顔」も。

「1人が好きなんです」なんて、いくら言ったところで、
1人になんかなれやしない。

量子の社会哲学

2010-11-15 21:44:55 | Weblog
今日は、新しく来た派遣社員さんの歓迎会だったのだが、
あまりに眠かったのと、
久しぶりの社会人モードでテンション高めで騒いだために、
1時間でスタミナ切れとなり帰宅。

こんなとき、歳をとったと思う。

『量子の社会哲学 革命は過去を救うと猫が言う』
大澤真幸著、講談社

量子論は難しい。
だから、私が、量子論に立って何かを論じるのは無理があるけれど、
でも実体験としてなんとなくわかることもある。

ある人に、いま「何らかのレッテル」が貼られると、
その過去にさかのぼって否定されたり、逆に肯定されたりする。
中国がチベットに対してやっている「歴史の書き換え」は、
まさにそんなことなのだろう。
日本海の領土問題も、きっとそんなところだ。
時間は、過去→現在→未来と一方向に進むものではなくなる。

なにもいまになって、革命が過去を救いはじめたのではなくて、
「勝てば官軍」は日本の歴史にもあったし、
個人では言えば、幼いころの思い出の相違など、すでに実感はある。

それが、量子論の言葉になって、すとんとまとまっている本だと思った。
だから、なんとなくわかったような気もした。

ということは、量子論に立てば、アンチエイジングも可能になるのか。

でも、思い返してみると、
若いころがよかったかというと、そうでもないし、
若くなければ、女性として価値が落ちるとも思わない。

そして、歳をとったからこそ見えてくる若い人のよさもある。
この視点に気づきはじめたのは、なかなかの楽しさだ。
自分もうつりかわる。
だから、自分なりに自分と会話するしかないんだなあ。

30年ぶりのバス

2010-11-14 17:27:32 | Weblog
今日は、家のまわりの紅葉をめでながら、ぶらぶらと出掛けた。
桜は、花も美しいけど、紅葉もきれいだ。
葉も、花びらと同じようにハラハラと散る。
 

バスに乗って、家から約40分のところに、
学生時代の友人が続けている芝居を見に行った。
今回のシアターは、むかし、私が歯の矯正で通っていた町にあった。

小学校の1年生か2年生のときに、毎週1人でバスに乗って、歯医者さんに通った。
たしか、最初の2回くらいは、母が一緒に来てくれたけど、
ある日「もう道を覚えたでしょう」と言われ、
子ども料金のバス代を握らされて、1人で通うことになった。

いつも私は、子どもが1人で座ってはいけない、という、
運転手さんの真後ろの席に座った。
何かあったら、運転手さんにお願いできるし、
いまから30年くらい前は、いろいろとゆるくて、
一番前の席に子どもが座っても、注意されることはなかった。

今日も同じ席にすわった。
当時、バスで20分もかかるところまで、
毎朝ジョギングをしている同級生の女の子がいたことを思い出した。
いまのほうが、治安が悪いかというと、そんなことはない。
30年も前は、うちの周囲にもたくさん空き地があって、
資材や廃材の置き場のようなところもあり、
連れ込まれたらあぶない、と言われるポイントが何カ所もあった。

そんなところも、いまはきれいなマンションになり、
道路は舗装され、一見、いまのほうが安全なのに、
私の友人のように、毎朝、あんなところを走る小学生はいないだろう。
走るどころか、バスに1人で乗ることも少なくなり、
自家用車で送り迎えをしてもらっているかもしれない。

むかしは、遠足よりもドキドキした道のりだったのに、
いまとなっては、あっという間。
同じ降車場でバスを降りて、
あれ、こんなに細い道、小さな町だったっけ、と思った。

今日、芝居をやった友人とも、かれこれ20年の付き合いだ。
毎日、あれだけお腹から声を出していれば、きっと身体によいだろう。
私たちは変わったのか変わってないのか。
その両方なんだろうなあ。

週末はたべもの

2010-11-13 18:25:23 | Weblog
今年最後のゴーヤが、10月になって、今日収穫した。
小さい。


でも、味はしっかりと、しっかりすぎるほどゴーヤだった。
濃縮されていた感じ。

水菜もいっぱい芽を出しので、間引きをした。
捨てるのはもったいないので、プチトマトと一緒に、
オリーブ油で甘くなるまで火を通したタマネギと、山芋をかけたパスタに乗せた。
美味しかった。


そして、今日は、しいたけと白菜と干した。


いまひとつお日さまが出ていなかったし、黄砂が飛んでいたのが残念。

洗って、これからお鍋にしよう。