何が正しいことなのか、最後は自分で決めるしかありませんが…。
良かれと思ってやったことが、無駄に終わる、徒労に終わるということがあります。
それでも、その無駄、無益な苦労も、学び(気づき)となれば、
無駄ではなく次の飛躍のきっかけとなるかもしれません。
余談ですが、そういう意味では、チャレンジする、挑戦することは大事、いくつになっても。
良かれの行為・行動、それは世間一般で言う正しさもあるでしょうし、
自分の心の中にある正しさもあります。
しかし、自分の中にあるその正しさ・正義が、時にはやっかいになることも。
例えば、自分の考える行為が、人のために、会社のために、と思ってやったものの、
実はそれは不誠実、不正義であった、
自分の中でも薄々気づいていたけれども…。
正しい方向にむかって、正しいことをしてるか?
と冷静な心境の中で(心を落ち着かせて)、自分に問いかける、
その前に、正しい方向とは?正しいことは?
と意識し思考する、
迷いが生じた時に何度も何度も問いかける、
いつかはその迷いも生じなくなるように。
京セラの稲盛さんが、こうおっしゃっています。
「人生の目的はどこにあるのでしょうか、もっとも根源的ともいえるその問いかけに、
私はやはり真正面から、それは心を高めること、魂を磨くことにあると答えたいのです」
521
良かれと思ってやったことが、無駄に終わる、徒労に終わるということがあります。
それでも、その無駄、無益な苦労も、学び(気づき)となれば、
無駄ではなく次の飛躍のきっかけとなるかもしれません。
余談ですが、そういう意味では、チャレンジする、挑戦することは大事、いくつになっても。
良かれの行為・行動、それは世間一般で言う正しさもあるでしょうし、
自分の心の中にある正しさもあります。
しかし、自分の中にあるその正しさ・正義が、時にはやっかいになることも。
例えば、自分の考える行為が、人のために、会社のために、と思ってやったものの、
実はそれは不誠実、不正義であった、
自分の中でも薄々気づいていたけれども…。
正しい方向にむかって、正しいことをしてるか?
と冷静な心境の中で(心を落ち着かせて)、自分に問いかける、
その前に、正しい方向とは?正しいことは?
と意識し思考する、
迷いが生じた時に何度も何度も問いかける、
いつかはその迷いも生じなくなるように。
京セラの稲盛さんが、こうおっしゃっています。
「人生の目的はどこにあるのでしょうか、もっとも根源的ともいえるその問いかけに、
私はやはり真正面から、それは心を高めること、魂を磨くことにあると答えたいのです」
521