さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

田村ひさ子の歌  「未来」の短歌採集帖(4)

2016年10月09日 | 現代短歌
 東京タワー虚空の闇に燃え立ちてかすか汗ばみ吾は生きてあり
                         『生れいずるべし』

作者は近藤芳美の門下。私は作者とは中野の歌会で何度もごいっしょしたことがある。今日は休みだったので、終日音楽などを聞きながら手紙を書いたり本をめくったりして過ごしていたのだが、この歌の「東京タワー」が、どうしても頭の隅に残っていて消えないので、やっぱり書いておこうと思った。この歌の「東京タワー虚空の闇に燃え立ちて」という情景は、何となく赤い色のようなイメージなのだが、私は最近の夜の東京タワーの姿がにわかに思い浮かばないので、実際のところはわからない。入所した施設から見えるのだろう。結句は、自分はまだ生きているのだ、という自己確認の言葉である。

悲しみは冴え渡りたる冬天の銀杏きららかに舞い散りやまぬ
夢にきて明るく笑まう娘よ吾は涙を拭きて歌作るべし
これの世をふっと重荷に思う夜を亡き娘の日記繰れば娘の声

一集は、自分よりも先に逝った娘への挽歌が中心となって編まれている。これらの歌は、逆縁となった方々が等しく共有される思いをうたったものであろう。しかし、作者は生きていかなければならない。

桜花どっと吹雪ける春疾風われは己に生きよと命ず
人の手に委ねて朝の身じまいすこれがわたしの今日の始まり

「われは己に生きよと命ず」。この言葉を、多くの人に届けたい。あとは、よけいなことかもしれないが、いまこの文章を書きながら私が聞いていたのは、グレン・グールドの奏するバッハの「ゴールドベルク変奏曲」(1982年)である。この楽章のうちのいくつかは、田村さんの心にもかなうであろう、と思ったことだった。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿