米中貿易戦争が最終段階に入りつつある。「破局」という言葉すら現実味を帯びてきた。米中はなぜそこまで激突するのか。双方が意地を張りあって一切妥協しないという姿勢を貫けば、南シナ海での小規模な軍事衝突さえありうる。まさか核を使用してまでの全面戦争はありえないと考えたいが、歴史はほんの些細な偶発的軍事衝突から一気に全面戦争に突入することを否定していない。
そもそも、なぜ米中貿易戦争が、ここまで拡大してしまったのか。米中の覇権争いが底流にあるといううがった見方もあるが、私はそうした見方には与(くみ)しない。確かにアメリカ人の中には、中国の海洋進出や一帯一路政策によってアメリカが第2次世界大戦後、営々と築いてきた「覇権」が足元から中国によって切り崩されようとしている現実は、私も否定はしない。が、中国に対して貿易戦争を仕掛けたトランプ大統領はそこまで戦略的思考力を持っているとは思えない。もともとはビジネスマンとして成功し、巨大な資産を築いてきた経緯からも、純粋に膨れ上がるアメリカの貿易赤字に我慢ができなかったのだろうと私は思っている。来年11月の大統領選挙しかトランプ氏の頭にはなく、貿易収支を改善すれば必然的に米国産業界が息を吹き返し、雇用状況もよくなって大統領選挙で有利な戦いを進められる、といった程度の考えしか根底にはないと思う。
実はトランプ氏は大統領選での公約を、ことごとく実行しようとしてきた。その手法は強引なまでであることは日本でもよく知られている。彼の執念深さは、おそらくビジネスでの成功体験によって裏打ちされているのだろう。そしてトランプ氏は前回の大統領選で、貿易収支の改善だけでなく、特に輸入超過大国の中国との貿易不均衡の是正も公約していた。そして貿易収支の改善という公約の実現に向かってトランプ氏が走り出したのが、昨年3月である。このときは、とくに中国だけを目の敵にするような政策ではなく、日本も含め大半の国に対して鉄鋼・アルミに高率関税をかけるというものだった。独立国家としての矜持などかけらも持っていない日本の安倍総理は抗議するわけでもなく、また報復措置を取ろうともせず高関税の対象から除外してほしいとトランプ氏に泣きついたが、むろん無視された。だが、誇り高き中国やEUは猛烈に反発、報復措置をとることを直ちに発表したが…。
トランプ氏があからさまに中国を敵視するかのごとき対中貿易戦争を発動したのは、7月に入ってからである。ただ、この時点ではメディアはまだ「貿易戦争」という位置付けはどこもしていなかった。おそらく私が7月9日のブログで「貿易戦争勃発か?」と「貿易戦争」と事態を表記したのが初めてだと思う。続いて7月25日のブログで私はこう書いている。
「私が『貿易戦争』という言葉を初めて使用したのは7月9日にアップしたブログである。(そのブログで私は)アメリカの身勝手さを告発した。私の記憶ではメディアが『貿易摩擦』から『貿易戦争』に言い換えだしたのは7月中旬以降だったと思う」
そんなくだらないことで先見の明を誇りたいわけではないが、最初は世界的規模で広がるかと思えたトランプ発の関税攻勢は、この時期から対中貿易戦争の色彩を強めだした。アメリカが中国を対象に340億ドル分の追加関税措置を公表、中国も同額の米国製品への報復関税措置を発表した。実はメディアの報道には誤解を招きかねない表記(あるいは表現)がある。それは「発動」という言葉だ。たとえば朝日新聞の5月11付朝刊の記事(見出しは「追加関税、米が発動『第3弾』中国、報復を予告」)でも「トランプ米政権は米東部時間10日午前0時1分(日本時間午後1時1分)、知的財産の侵害などを理由とする中国への制裁関税の『第3弾』について、5700兆の輸入品目を対象に、税率を10%から25%へ引き上げる措置を発動した。これに対し、中国側は10日、報復措置に踏み切ると予告」とある。この記事にある「25%へ引き上げる措置を発動した」という表記は読者に誤解を与えかねない。朝日新聞だけでなく他のメディアも同様の表記・表現を行っており、10日の時点で抜き打ち的に中国からの輸入製品に関税引き上げが行われたという誤解を読者や視聴者に与えかねない。朝日新聞の場合は、同記事の中で「今回は10日以降に中国から輸出される商品に適用される。さらに米通商代表部は、10日より前に輸出された場合も、6月1日以降に米国に到着した商品には適用するとの条件を加えた。大半が海路で運ばれるため、5月中は適用が事実上猶予されることになる」と、誤解が生じる余地がない内容が掲載されている。実際、この記事の見出しにある「中国、報復を予告」は13日に実行され、中国政府は6月1日以降に米国からの輸入品600億ドル分に対して関税を25%に引き上げると発表した。「発動」という表現は「即時実施」と受け止められかねず、メディアはどういう表記・表現を使うべきか、もっと慎重でありたい。
実は問題はどちらがちゃぶ台返しをしたのか、ということだ。ベトナム・ハノイで行われた米朝首脳会談も、何の成果もあげられずに決裂した。通常、首脳会談が決裂することはありえない。事前に実務者同士による水面下での交渉によって合意に達しているのが通例だが(実際、合意文書はすでに実務者間で作成されていたようだ)、決裂後の双方の言い分には相当の隔たりがあり、真実は依然として闇の中だが、アメリカは「北朝鮮は一部の核施設の破壊と引き換えに制裁の全面解除を要求してきた」と主張し、北朝鮮側は「要求した制裁解除は人道的な分野に限定しており、アメリカはすべての核・ミサイル施設を破壊しない限り制裁を一切解除しないと話を振り出しに戻してしまった」と主張している。事前の実務者同士による水面下の交渉で、これだけの対立があったら、通常は首脳会談は行われない。推測する以外ないのだが、トランプ氏の頭はいま来年の大統領選挙のことしかなく、北朝鮮との交渉でも下手な妥協をすると岩盤的支持層の反発を招きかねないと計算したのかもしれない。実際、対北朝鮮・中国・ロシアに対する強硬姿勢を見せることによってトランプ氏の支持率は46%と、大統領就任以来最高を記録しており、アメリカ社会の「アメリカ・ファースト」「アメリカこそ世界の覇者」といった空気の根深さがあらわれているとも言える。
だとすれば、今月日本で行われるG20(サミット)での米中首脳会談での事態打開はあまり期待できないだろう。それどころか、米中首脳会談が行われるかどうかも不透明になったのではないか。とりわけトランプ氏が、北朝鮮や中国、ロシアへの強硬姿勢が支持率の高さに結び付いたと考えているとしたら、中国からの輸入全製品への高関税措置(第4弾)も避けられない可能性が高い。一応トランプ氏はいまでもしばしばツイッターで金委員長との信頼関係を強調したり、中国との関係改善への期待感を語ったりしているが、それも国内のリベラル派を懐柔することが本当の狙いではないかとしか見えない。
そもそも、なぜトランプ氏が突然第3弾の関税引き上げ措置を早々と発表したのか。これまた米中の言い分が噛み合っていない。トランプは「中国が合意事項の大半を土壇場でひっくり返した」と中国側の非を声高に主張しているが、合意事項のどの部分を中国が突然ちゃぶ台返ししたのかの具体的説明は一切ない(知的財産侵害問題や国有企業への補助金政策などメディアも推測はしているが、米政府の公式な発表はない)。一方、中国政府も具体的な反論はしていないが、中国共産党の機関紙『人民日報』は11日付の論説で「中国の主権と尊厳を損なう(要求をアメリカがしてきた)」と主張。これも具体的にどういう米側主張が中国の主権と尊厳を損なうものかは明らかにしていない。米朝協議の決裂とまったく同じ様相を呈している。
それはともかく米中が最後まで折り合わなかった場合、中国経済がどうなるか、世界経済に及ぼす影響は? とりわけ日本にとっても中国にとっても、両国はアメリカに次ぐ第2の貿易国同士であり、中国経済の混乱が日本に与える影響は計り知れないものがある。おそらくリーマン・ショックどころではない事態も想定される。かといって、そういう事態が生じるにしても、まだ数か月先であり、今現在リーマン・ショック級の事態が生じているわけではないから、「そうなる可能性がある」から消費税増税をまた延期したいから国民に信を問う必要があるといった「大義名分」で衆院を解散して衆参同時選挙に持ち込むわけにもいくまい。「おいトランプよ、いい加減にしてくれ。人の迷惑も少しは考えろ」とは、トランプ氏の飼い犬でしかない安倍さんは言えないだろうな。
なお、菅官房長官が17日午後の記者会見で記者(どのメディアの記者かは17日現在不明)の「野党が内閣不信任案を出した場合、解散の大義になるか」というやらせ質問に対して、間髪を入れず菅氏は「なる」と応じた。先の萩生田副幹事長の「日銀短観次第で消費税増税を延期する必要があるかもしれないし、その場合は衆院を解散して改めて国民に信を問う必要がある」というアドバルーン発言といい、安倍内閣はなりふり構わず衆院解散に持ち込みたいようだ。2か月後に迫った参院選で依然として野党が共闘体制を構築できていない中で、何が何でも衆参同時選挙に持ち込みたい自民党の党利党略がこれほどあからさまに出たことを見たことがない。
念のため、確かに解散は総理の専権事項だが、内閣不信任で総理が解散に踏み切ったのは、過去、不信任決議が可決された場合だけだ。いま野党が足並みをそろえて内閣不信任を国会で提出したところで可決されるわけがない。それでも「解散の大義になる」とは、どういう神経をしているのか。また飲まされたのか抱かされたのかは知らないが、やらせ質問をするような記者がいること自体、日本のメディアがいかに腐敗しているかの証明になる。この記者を、記者クラブは直ちに除名すべきだ。もちろん記者の勤務先のメディア名も公表すべきだ。それができないなら、記者クラブは解散したほうがいい。
突如浮上した解散問題はさておき、日本はかつて世界で最も厳しい貿易摩擦をアメリカと繰り返してきた(この場合は「貿易戦争」ではない。アメリカの一方的な攻撃だけで、日本は何の反撃もしていないから)。日本はどうやってアメリカの攻撃をしのいだか。果たして現在の中国に同様のしのぎ方ができるだろうかの検証を行う。
ドル・金の兌換制度の廃止や固定相場制から変動相場制への移行は置いておくとして(日本に対してだけの攻撃ではないから)、最初のあからさまな対日貿易攻撃は1985年のG5におけるプラザ合意である。当時アメリカは慢性的な双子の赤字(財政赤字と貿易赤字)に苦しんでおり、貿易赤字対策としてドル安のための協調介入を、ニューヨークのプラザホテルで日本・ドイツ・イギリス・フランスの財務担当大臣・中央銀行総裁に要請した(この4か国にアメリカを加えてG5)。当時アメリカは貿易赤字に苦しんではいたが、依然として自由貿易の旗手を自任しており、関税措置によって輸入を制限しようとはしなかった。そこで為替操作によってアメリカ製品の国際競争力を回復しようとしたのだ。実際にはイギリスやフランスは輸入超過にはなっておらず、実際の標的は日本とドイツだった。イギリスとフランスにも声をかけたのは両国のメンツを重んじただけのことだ。
結果、各国の中央銀行はドル安円高、ドル安マルク高の協調介入に応じることになり、ドルを売りまくって円とマルクを買いまくった。円に関して言えば、わずか2年間に1ドル=240円から120円へと倍に跳ね上がった。為替がそれだけ大きく変動すれば、日本製品の対米輸出価格も2倍にならなければならない、理論上はだが…。
実際はどうだったか。「乾いた雑巾をさらに最後の一滴まで絞るほどのコストダウン努力によって」(トヨタ自動車の当時の主張)、対米輸出価格の引き上げはせいぜい10~15%、電気製品に至ってはかえって値下げした製品すらあった。アメリカには競争相手がいなくて為替相場をもろに輸出価格に転嫁できるはずの一眼レフカメラでも30%程度の値上げが限度だった。「競争相手がいないからといって、これ以上値上げしたらアメリカのカメラ愛好者の平均的購買力を超えてしまう」(キヤノン・賀来社長)からであった。
で、問題は「乾いた雑巾をさらに絞って」コストダウンした製品の日本での販売価格はどうだったのか。日本の消費者はメーカーのコストダウンの恩恵にあずかるどころか、かえって「高機能化」を口実にした値上げラッシュにさらされたのである。そのため、電気製品やカメラなど、いったんアメリカに輸出された製品が日本に逆輸入されたり、並行輸入業者が雨後の筍のように誕生するという社会現象すら生じた。私も取材や遊びでアメリカに行くたびに格安の一流ゴルフボールを山ほど買って帰ったことがある。トヨタと関係が深い会社に勤めていた友人から「輸出向けの左ハンドルでよければ、日本車の半値で買ってあげるよ」と言われ、お願いしたこともある。
なぜ日本のメーカーはそこまでしなければならなかったのか。最近経済団体や大企業のトップが五月雨的に「終身雇用を続けることは困難になりつつある」と記者会見で述べたりしているが、年功序列終身雇用の雇用体系を原則としてきた日本企業としては、アメリカへの輸出減(つまり需要減)に応じて生産量を調整(つまり削減)することは企業にとって致命傷になるからだ。というわけで日本企業は生産量を維持するため、アメリカへの輸出価格は抑えられるだけ抑えて、そのしわ寄せを国内の消費者に付け回すことによって、このドル安円高攻勢を何とかしのいできたのである。このことは非常に重要な意味を持つので、読者は記憶にとどめておいてほしい。もっとも、従来からの私のブログの読者は、私が「アベノミクス失敗の理由」について何度もブログで書いてきたから覚えている方も少なくないとは思うが…。
そうした日本企業の戦略が、アメリカからダンピング輸出だという猛烈な非難を浴び、貿易摩擦はさらに激化した。「日本異質論」や「日本はアンフェアな国だ」という国家の尊厳にかかわるような対日批判さえ、アメリカでは日常茶飯事に行われるようになった。そうした時期の1989年9月から90年6月まで延々1年近くかけて行われたのが日米構造協議である。この場でアメリカは巧みにレトリック論法を展開した。「日本が牛肉の輸入関税を引き下げれば、日本人は毎週ステーキが食べられる」(※アメリカ人も毎週ステーキを食べているわけではない。アメリカでもステーキはぜいたく品だ)「日本は生産者主義だ。消費者主義になるべきだ」「大店法のおかげで日本人は高い商品を買わされている」「我々は日本の消費者の利益のための要求をしている」etc。こうしたレトリックに日本のメディアは屈服した。政府も日米交渉で後退を余儀なくされ、大店法の大幅な改正に踏み切った。その結果、日本の地方都市の駅前商店街はいまどういう状態になったか。閑古鳥も鳴かなくなったことは、皆さんご承知の通り。「哲学なき政治」の付けが零細商店に回されたのだ。いや、商店街がなくなったこともあって、地域のコミュニケーションも失われる羽目になった。日米構造協議で、日本の消費者は何を得たのか。アメリカの主張の肩を持ったメディアは、その検証をすべきだろう。
さて米中貿易戦争によって、当然だが中国製品の対米輸出は、ダンピング輸出でもしない限り大幅に減少する。日本の場合も、アメリカから「ダンピング輸出だ」と猛烈な批判を浴び、当時のアメリカの自動車産業のメッカ・デトロイトでは日本車がアメリカの自動車メーカーの労働者からぼこぼこにされたうえ火を付けられて燃やされるというニュースが日本でも大きな話題になったほどだ。まして今犬猿の仲となっている中国製品がダンピング輸出されたら、アメリカ人がどう出るか。身の毛がよだつ光景が目に見えるようだ。
だが、対中関税攻撃の第3弾は、実はアメリカでもかなりの不評を買っている。たとえばアップルのスマホ。これにも大幅な関税がかけられるからだ。トランプ氏は「中国製品が値上げされたら、もっと安い国から買えばいい」とうそぶくが、そうはいかぬがブランド品だ。アメリカの大手ブランド衣料品の大半はいま中国製だ。ブランドのマークがついていなければ、タイ製でもベトナム製でも品質に変わりはないという理屈はあるだろうが、トランプ氏が重視している知的財産はブランド・マークが持つ付加価値でもある。知的財産を重視しながら、ブランドの付加価値を否定するような関税措置をとる。それがトランプ流のやり方なのか。
さらに問題なのは、プラザ合意後の日本のように、過剰供給になるだろう中国製品を消化できるだけの需要層が中国国内に育っているだろうか。もしだぶついた中国製品の行き場がないとなれば、どういう事態が生じるか。
最近、機会があってジェトロの職員として長く中国に駐在して中国経済に詳しい真家陽一氏(名古屋外国語大学教授)に聞いたことがあるが、「中国の国内市場はそこまでの力はない」とのことだった。念のため、真家氏は中国経済の今後に関してかなり楽観的な方である。
では、対米輸出減のはけ口を国内に求めることができないとなると、どうするか。習近平主席はいま一帯一路で世界中にマーケットを広げようと必死だが、いま目の前に迫っている対米輸出減を補えるところまではいっていない。供給が需要を上回る事態が常態化すれば、当然デフレ不況に陥るのは経済学のイロハだ。日本の場合は少子高齢化によって徐々に労働人口(需要層の大部分を占める人口)が減少していった結果、デフレ状態も徐々に進んだが、中国の場合はそんな時間的余裕はない。デフレが一気に中国経済を襲う。
日本と違って終身雇用ではない中国の場合は、需要に応じて工場を閉鎖したり人員削減したりして生産調整して需給関係のバランスをとることはできるだろうが、1社や2社のリストラならともかく、ほとんど全産業界がそういう事態に直面することになる。失業者が街にあふれだし、労働賃金も需給関係によって大幅に低下する。そうなれば中国全体の購買力も激減する。
アベノミクスがなぜ失敗に終わったか、もう一度おさらいしておこう。アベノミクスの根幹は、金融緩和による円安誘導によって日本製品の輸出競争力を回復し、需要の拡大に応じた設備投資と雇用拡大、労働者の賃金上昇、その結果としての国内需要の拡大、需要増に応じた生産設備の増強……という、絵にかいたようなケインズ景気循環論を根拠とした。
が、終身雇用を前提としてきた日本企業にとっては生産設備の増強、雇用の拡大は、少子高齢化による労働人口(つまり需要層)の減少状況においては、これ以上にリスキーなビヘイビアはないという結論に達せざるを得ないのは当然と言えば当然すぎる選択だった。だから、安部さんがいくら笛を吹いても、日本企業は生産設備の増強には踏み切れず、企業は為替差益による内部留保を膨らませただけだった。そうした日本企業の宿命的体質は、プラザ合意後の2年間の日本企業のビヘイビアを分析・解明していれば、当然わかっていなければおかしい。つまり、アベノミクスの発案者と言われている経済学者の浜田宏一氏は、この時期の検証を何もしていなかったことを意味する。アホか!
しかし、中国にとってもアメリカのブランドメーカーにとっても起死回生の手がないわけではない。アメリカから関税攻撃を受けていない第3国で、中国の一帯一路戦略に巻き込まれ、かえって借金地獄に陥り疲弊している途上国経由でアメリカに輸出するという方法だ。アメリカもMade in Chinaのタグが付いていたら目を光らせるだろうから、最後のほんのちょっとした加工だけ第3国で行い、第3国製のタグをつけてしまえば文句が言えなくなる。
たとえばiPhoneの場合、真家氏からもらった資料によると中国からアメリカに輸出される完成品の輸出額は20億227万ドルだが、部品は日本、ドイツ、韓国、アメリカからの輸入で占められており、中国での組み立て費は7,345万ドルに過ぎないという(データは2010年12月のアジア開発銀行研究所に基づいており、ちょっと古いが)。いまは中国も半導体生産に力を入れており、内製率はもう少し向上していると思われるが、真家氏の資料に基づく限り内製率は3.7%にも満たないことになる。それでもアメリカは中国製とみなして高率関税をかけるというのだから、中国が完成品への最終的なちょっとした加工を第3国で行えばMade in ***で関税攻勢から逃げることができるはずだ。そうすれば、中国も生産量の調整はわずかで済むし、アメリカのブランドメーカーや消費者も打撃を受けなくて済む。ただし、アメリカの貿易収支は改善できないが…。
それはそれとして、消費税に関してはいま増税すべきではない。日本の消費動向に与える影響よりも、あまりにもでたらめな増税対策をどうにかしてもらいたいからだ。そもそも消費税は逆進性が高い税制である。所得に応じて税率を変えるというなら別だが、そんなことは不可能である。だとしたら、消費税増税が低所得層に与える打撃を最小限にとどめるには、低所得層に対する恒久的な給付金制度でカバーするのが筋である。
だが、政府の増税対策は食料品や宅配の新聞に対する軽減税率(現行8%の税率を維持)するという、まったく不可解な対策である。念のため、新聞に対する軽減税率は宅配の定期購読に限っている。駅の売店やコンビニで買う新聞には10%の税率が適用される。OECDは日本の消費税を25%に引き上げる必要があると主張しており、その時点で宅配の新聞に8%の軽減税率が適用されたら、新聞社は政府の言いなりになる。あの、暗黒の時代の言論統制が消費税という手段で復活する。新聞社はわかっているのかね。少なくとも朝日・毎日・東京の3紙は、「政府の言いなりになってたまるか」という気概を見せてほしい。つまり、軽減税率の返上を宣言してもらいたい。そういう新聞を、私たち国民は応援して定期購読しようではないか。
次に、逆進性の最たるものは食料品の軽減税率問題だ。私は何度もブログで書いてきたが、国産ブランド牛のサーロインやひれと、オージービーフの切り落としが同じ税率であることに、誰も疑問を抱かないのだろうか。私は食料品の軽減化を強く要求してきた公明党本部にも「おかしいと思わないか」と電話したが、本部職員は「確かにおかしいと思います。執行部にお伝えします」と言ってくれたが、いまさら公明党もちゃぶ台返しはできないようだ。
また当初は食料品でも加工品は除外するという方針だったが、スーパーなど小売業者からレジが大混乱するという批判が出て加工食品も軽減化することになった。そこで問題になったのはスーパーやコンビニでのイートインである。持ち帰りは軽減対象にするが、イートインは10%の税率を適用するという。まだコンビニの場合は弁当とお茶だけという買い方が多いだろうが、スーパーの場合はイートイン食品だけでなく持ち帰りも一緒に買う。いちいちレジで客に一つひとつの食品について確かめるのか。そんな手間暇をかけられるか。それに、イートインには10%の税率をかけるというなら客は当然、店側に最低でもファミレス並みのサービスを要求できる権利が生じる。「弁当はテーブルまで運べ。水も持って来い。お茶も持って来い」――私なら、そういう「正当」な要求を店に対してする。コンビニ業界は「お客の自己申告に任せる」という方法に決めたが、これは犯罪行為を推奨しているのと同じだ。誰がわざわざ不利なイートインを自己申告するとでもいうのか。
一方、宅配の食品(ピザやすしなど)は自宅で食べるから軽減税率の対象になるという。こんなおかしなやり方が罷り通るのが、日本の政治の実態だ。だから私は公明党本部に対しても「食べる場所ではなく、飲食に伴うサービスが提供されるか否かで分けるべきだ」と主張し、本部職員も「その通りだと思います」と答えた。政治に哲学がないから、こういう摩訶不思議な制度がつくられてしまう。
さらに不思議で、訳が分からないのはポイント制の導入だ。キャッシュレス化を進めることがなぜ必要なのかの説明は政府からこれまで一切ない。まったくないわけではなく、「消費税増税による消費の冷え込みを防ぐため」というのが目的としているが、まったくの嘘っぱちだ。政府の本当の狙いは現金商売の零細小売店の「益税」をあぶりだすためだと思うが(だから零細小売店には無料でカード決済用のレジ機を提供するという)、カード決済の場合、カード会社に支払わなければならない手数料が発生する。その手数料をすべて国が負担するなら一気にキャッシュレス化は進むだろうが、そうした場合の財政負担がどのくらいになるか、計算したことがあるのか。どアホ!
そうした現在の消費税増税対策を全面的に見直すことを前提にするなら、私は消費税増税の延期に賛成するが、対症療法的な増税対策を続けるというなら、延期しなければならない経済状況には、いまはない。
※今回も実数1万字を超える長文になったため、次のブログは6月3日に更新します(あくまで予定)。まだテーマは決めていません。
そもそも、なぜ米中貿易戦争が、ここまで拡大してしまったのか。米中の覇権争いが底流にあるといううがった見方もあるが、私はそうした見方には与(くみ)しない。確かにアメリカ人の中には、中国の海洋進出や一帯一路政策によってアメリカが第2次世界大戦後、営々と築いてきた「覇権」が足元から中国によって切り崩されようとしている現実は、私も否定はしない。が、中国に対して貿易戦争を仕掛けたトランプ大統領はそこまで戦略的思考力を持っているとは思えない。もともとはビジネスマンとして成功し、巨大な資産を築いてきた経緯からも、純粋に膨れ上がるアメリカの貿易赤字に我慢ができなかったのだろうと私は思っている。来年11月の大統領選挙しかトランプ氏の頭にはなく、貿易収支を改善すれば必然的に米国産業界が息を吹き返し、雇用状況もよくなって大統領選挙で有利な戦いを進められる、といった程度の考えしか根底にはないと思う。
実はトランプ氏は大統領選での公約を、ことごとく実行しようとしてきた。その手法は強引なまでであることは日本でもよく知られている。彼の執念深さは、おそらくビジネスでの成功体験によって裏打ちされているのだろう。そしてトランプ氏は前回の大統領選で、貿易収支の改善だけでなく、特に輸入超過大国の中国との貿易不均衡の是正も公約していた。そして貿易収支の改善という公約の実現に向かってトランプ氏が走り出したのが、昨年3月である。このときは、とくに中国だけを目の敵にするような政策ではなく、日本も含め大半の国に対して鉄鋼・アルミに高率関税をかけるというものだった。独立国家としての矜持などかけらも持っていない日本の安倍総理は抗議するわけでもなく、また報復措置を取ろうともせず高関税の対象から除外してほしいとトランプ氏に泣きついたが、むろん無視された。だが、誇り高き中国やEUは猛烈に反発、報復措置をとることを直ちに発表したが…。
トランプ氏があからさまに中国を敵視するかのごとき対中貿易戦争を発動したのは、7月に入ってからである。ただ、この時点ではメディアはまだ「貿易戦争」という位置付けはどこもしていなかった。おそらく私が7月9日のブログで「貿易戦争勃発か?」と「貿易戦争」と事態を表記したのが初めてだと思う。続いて7月25日のブログで私はこう書いている。
「私が『貿易戦争』という言葉を初めて使用したのは7月9日にアップしたブログである。(そのブログで私は)アメリカの身勝手さを告発した。私の記憶ではメディアが『貿易摩擦』から『貿易戦争』に言い換えだしたのは7月中旬以降だったと思う」
そんなくだらないことで先見の明を誇りたいわけではないが、最初は世界的規模で広がるかと思えたトランプ発の関税攻勢は、この時期から対中貿易戦争の色彩を強めだした。アメリカが中国を対象に340億ドル分の追加関税措置を公表、中国も同額の米国製品への報復関税措置を発表した。実はメディアの報道には誤解を招きかねない表記(あるいは表現)がある。それは「発動」という言葉だ。たとえば朝日新聞の5月11付朝刊の記事(見出しは「追加関税、米が発動『第3弾』中国、報復を予告」)でも「トランプ米政権は米東部時間10日午前0時1分(日本時間午後1時1分)、知的財産の侵害などを理由とする中国への制裁関税の『第3弾』について、5700兆の輸入品目を対象に、税率を10%から25%へ引き上げる措置を発動した。これに対し、中国側は10日、報復措置に踏み切ると予告」とある。この記事にある「25%へ引き上げる措置を発動した」という表記は読者に誤解を与えかねない。朝日新聞だけでなく他のメディアも同様の表記・表現を行っており、10日の時点で抜き打ち的に中国からの輸入製品に関税引き上げが行われたという誤解を読者や視聴者に与えかねない。朝日新聞の場合は、同記事の中で「今回は10日以降に中国から輸出される商品に適用される。さらに米通商代表部は、10日より前に輸出された場合も、6月1日以降に米国に到着した商品には適用するとの条件を加えた。大半が海路で運ばれるため、5月中は適用が事実上猶予されることになる」と、誤解が生じる余地がない内容が掲載されている。実際、この記事の見出しにある「中国、報復を予告」は13日に実行され、中国政府は6月1日以降に米国からの輸入品600億ドル分に対して関税を25%に引き上げると発表した。「発動」という表現は「即時実施」と受け止められかねず、メディアはどういう表記・表現を使うべきか、もっと慎重でありたい。
実は問題はどちらがちゃぶ台返しをしたのか、ということだ。ベトナム・ハノイで行われた米朝首脳会談も、何の成果もあげられずに決裂した。通常、首脳会談が決裂することはありえない。事前に実務者同士による水面下での交渉によって合意に達しているのが通例だが(実際、合意文書はすでに実務者間で作成されていたようだ)、決裂後の双方の言い分には相当の隔たりがあり、真実は依然として闇の中だが、アメリカは「北朝鮮は一部の核施設の破壊と引き換えに制裁の全面解除を要求してきた」と主張し、北朝鮮側は「要求した制裁解除は人道的な分野に限定しており、アメリカはすべての核・ミサイル施設を破壊しない限り制裁を一切解除しないと話を振り出しに戻してしまった」と主張している。事前の実務者同士による水面下の交渉で、これだけの対立があったら、通常は首脳会談は行われない。推測する以外ないのだが、トランプ氏の頭はいま来年の大統領選挙のことしかなく、北朝鮮との交渉でも下手な妥協をすると岩盤的支持層の反発を招きかねないと計算したのかもしれない。実際、対北朝鮮・中国・ロシアに対する強硬姿勢を見せることによってトランプ氏の支持率は46%と、大統領就任以来最高を記録しており、アメリカ社会の「アメリカ・ファースト」「アメリカこそ世界の覇者」といった空気の根深さがあらわれているとも言える。
だとすれば、今月日本で行われるG20(サミット)での米中首脳会談での事態打開はあまり期待できないだろう。それどころか、米中首脳会談が行われるかどうかも不透明になったのではないか。とりわけトランプ氏が、北朝鮮や中国、ロシアへの強硬姿勢が支持率の高さに結び付いたと考えているとしたら、中国からの輸入全製品への高関税措置(第4弾)も避けられない可能性が高い。一応トランプ氏はいまでもしばしばツイッターで金委員長との信頼関係を強調したり、中国との関係改善への期待感を語ったりしているが、それも国内のリベラル派を懐柔することが本当の狙いではないかとしか見えない。
そもそも、なぜトランプ氏が突然第3弾の関税引き上げ措置を早々と発表したのか。これまた米中の言い分が噛み合っていない。トランプは「中国が合意事項の大半を土壇場でひっくり返した」と中国側の非を声高に主張しているが、合意事項のどの部分を中国が突然ちゃぶ台返ししたのかの具体的説明は一切ない(知的財産侵害問題や国有企業への補助金政策などメディアも推測はしているが、米政府の公式な発表はない)。一方、中国政府も具体的な反論はしていないが、中国共産党の機関紙『人民日報』は11日付の論説で「中国の主権と尊厳を損なう(要求をアメリカがしてきた)」と主張。これも具体的にどういう米側主張が中国の主権と尊厳を損なうものかは明らかにしていない。米朝協議の決裂とまったく同じ様相を呈している。
それはともかく米中が最後まで折り合わなかった場合、中国経済がどうなるか、世界経済に及ぼす影響は? とりわけ日本にとっても中国にとっても、両国はアメリカに次ぐ第2の貿易国同士であり、中国経済の混乱が日本に与える影響は計り知れないものがある。おそらくリーマン・ショックどころではない事態も想定される。かといって、そういう事態が生じるにしても、まだ数か月先であり、今現在リーマン・ショック級の事態が生じているわけではないから、「そうなる可能性がある」から消費税増税をまた延期したいから国民に信を問う必要があるといった「大義名分」で衆院を解散して衆参同時選挙に持ち込むわけにもいくまい。「おいトランプよ、いい加減にしてくれ。人の迷惑も少しは考えろ」とは、トランプ氏の飼い犬でしかない安倍さんは言えないだろうな。
なお、菅官房長官が17日午後の記者会見で記者(どのメディアの記者かは17日現在不明)の「野党が内閣不信任案を出した場合、解散の大義になるか」というやらせ質問に対して、間髪を入れず菅氏は「なる」と応じた。先の萩生田副幹事長の「日銀短観次第で消費税増税を延期する必要があるかもしれないし、その場合は衆院を解散して改めて国民に信を問う必要がある」というアドバルーン発言といい、安倍内閣はなりふり構わず衆院解散に持ち込みたいようだ。2か月後に迫った参院選で依然として野党が共闘体制を構築できていない中で、何が何でも衆参同時選挙に持ち込みたい自民党の党利党略がこれほどあからさまに出たことを見たことがない。
念のため、確かに解散は総理の専権事項だが、内閣不信任で総理が解散に踏み切ったのは、過去、不信任決議が可決された場合だけだ。いま野党が足並みをそろえて内閣不信任を国会で提出したところで可決されるわけがない。それでも「解散の大義になる」とは、どういう神経をしているのか。また飲まされたのか抱かされたのかは知らないが、やらせ質問をするような記者がいること自体、日本のメディアがいかに腐敗しているかの証明になる。この記者を、記者クラブは直ちに除名すべきだ。もちろん記者の勤務先のメディア名も公表すべきだ。それができないなら、記者クラブは解散したほうがいい。
突如浮上した解散問題はさておき、日本はかつて世界で最も厳しい貿易摩擦をアメリカと繰り返してきた(この場合は「貿易戦争」ではない。アメリカの一方的な攻撃だけで、日本は何の反撃もしていないから)。日本はどうやってアメリカの攻撃をしのいだか。果たして現在の中国に同様のしのぎ方ができるだろうかの検証を行う。
ドル・金の兌換制度の廃止や固定相場制から変動相場制への移行は置いておくとして(日本に対してだけの攻撃ではないから)、最初のあからさまな対日貿易攻撃は1985年のG5におけるプラザ合意である。当時アメリカは慢性的な双子の赤字(財政赤字と貿易赤字)に苦しんでおり、貿易赤字対策としてドル安のための協調介入を、ニューヨークのプラザホテルで日本・ドイツ・イギリス・フランスの財務担当大臣・中央銀行総裁に要請した(この4か国にアメリカを加えてG5)。当時アメリカは貿易赤字に苦しんではいたが、依然として自由貿易の旗手を自任しており、関税措置によって輸入を制限しようとはしなかった。そこで為替操作によってアメリカ製品の国際競争力を回復しようとしたのだ。実際にはイギリスやフランスは輸入超過にはなっておらず、実際の標的は日本とドイツだった。イギリスとフランスにも声をかけたのは両国のメンツを重んじただけのことだ。
結果、各国の中央銀行はドル安円高、ドル安マルク高の協調介入に応じることになり、ドルを売りまくって円とマルクを買いまくった。円に関して言えば、わずか2年間に1ドル=240円から120円へと倍に跳ね上がった。為替がそれだけ大きく変動すれば、日本製品の対米輸出価格も2倍にならなければならない、理論上はだが…。
実際はどうだったか。「乾いた雑巾をさらに最後の一滴まで絞るほどのコストダウン努力によって」(トヨタ自動車の当時の主張)、対米輸出価格の引き上げはせいぜい10~15%、電気製品に至ってはかえって値下げした製品すらあった。アメリカには競争相手がいなくて為替相場をもろに輸出価格に転嫁できるはずの一眼レフカメラでも30%程度の値上げが限度だった。「競争相手がいないからといって、これ以上値上げしたらアメリカのカメラ愛好者の平均的購買力を超えてしまう」(キヤノン・賀来社長)からであった。
で、問題は「乾いた雑巾をさらに絞って」コストダウンした製品の日本での販売価格はどうだったのか。日本の消費者はメーカーのコストダウンの恩恵にあずかるどころか、かえって「高機能化」を口実にした値上げラッシュにさらされたのである。そのため、電気製品やカメラなど、いったんアメリカに輸出された製品が日本に逆輸入されたり、並行輸入業者が雨後の筍のように誕生するという社会現象すら生じた。私も取材や遊びでアメリカに行くたびに格安の一流ゴルフボールを山ほど買って帰ったことがある。トヨタと関係が深い会社に勤めていた友人から「輸出向けの左ハンドルでよければ、日本車の半値で買ってあげるよ」と言われ、お願いしたこともある。
なぜ日本のメーカーはそこまでしなければならなかったのか。最近経済団体や大企業のトップが五月雨的に「終身雇用を続けることは困難になりつつある」と記者会見で述べたりしているが、年功序列終身雇用の雇用体系を原則としてきた日本企業としては、アメリカへの輸出減(つまり需要減)に応じて生産量を調整(つまり削減)することは企業にとって致命傷になるからだ。というわけで日本企業は生産量を維持するため、アメリカへの輸出価格は抑えられるだけ抑えて、そのしわ寄せを国内の消費者に付け回すことによって、このドル安円高攻勢を何とかしのいできたのである。このことは非常に重要な意味を持つので、読者は記憶にとどめておいてほしい。もっとも、従来からの私のブログの読者は、私が「アベノミクス失敗の理由」について何度もブログで書いてきたから覚えている方も少なくないとは思うが…。
そうした日本企業の戦略が、アメリカからダンピング輸出だという猛烈な非難を浴び、貿易摩擦はさらに激化した。「日本異質論」や「日本はアンフェアな国だ」という国家の尊厳にかかわるような対日批判さえ、アメリカでは日常茶飯事に行われるようになった。そうした時期の1989年9月から90年6月まで延々1年近くかけて行われたのが日米構造協議である。この場でアメリカは巧みにレトリック論法を展開した。「日本が牛肉の輸入関税を引き下げれば、日本人は毎週ステーキが食べられる」(※アメリカ人も毎週ステーキを食べているわけではない。アメリカでもステーキはぜいたく品だ)「日本は生産者主義だ。消費者主義になるべきだ」「大店法のおかげで日本人は高い商品を買わされている」「我々は日本の消費者の利益のための要求をしている」etc。こうしたレトリックに日本のメディアは屈服した。政府も日米交渉で後退を余儀なくされ、大店法の大幅な改正に踏み切った。その結果、日本の地方都市の駅前商店街はいまどういう状態になったか。閑古鳥も鳴かなくなったことは、皆さんご承知の通り。「哲学なき政治」の付けが零細商店に回されたのだ。いや、商店街がなくなったこともあって、地域のコミュニケーションも失われる羽目になった。日米構造協議で、日本の消費者は何を得たのか。アメリカの主張の肩を持ったメディアは、その検証をすべきだろう。
さて米中貿易戦争によって、当然だが中国製品の対米輸出は、ダンピング輸出でもしない限り大幅に減少する。日本の場合も、アメリカから「ダンピング輸出だ」と猛烈な批判を浴び、当時のアメリカの自動車産業のメッカ・デトロイトでは日本車がアメリカの自動車メーカーの労働者からぼこぼこにされたうえ火を付けられて燃やされるというニュースが日本でも大きな話題になったほどだ。まして今犬猿の仲となっている中国製品がダンピング輸出されたら、アメリカ人がどう出るか。身の毛がよだつ光景が目に見えるようだ。
だが、対中関税攻撃の第3弾は、実はアメリカでもかなりの不評を買っている。たとえばアップルのスマホ。これにも大幅な関税がかけられるからだ。トランプ氏は「中国製品が値上げされたら、もっと安い国から買えばいい」とうそぶくが、そうはいかぬがブランド品だ。アメリカの大手ブランド衣料品の大半はいま中国製だ。ブランドのマークがついていなければ、タイ製でもベトナム製でも品質に変わりはないという理屈はあるだろうが、トランプ氏が重視している知的財産はブランド・マークが持つ付加価値でもある。知的財産を重視しながら、ブランドの付加価値を否定するような関税措置をとる。それがトランプ流のやり方なのか。
さらに問題なのは、プラザ合意後の日本のように、過剰供給になるだろう中国製品を消化できるだけの需要層が中国国内に育っているだろうか。もしだぶついた中国製品の行き場がないとなれば、どういう事態が生じるか。
最近、機会があってジェトロの職員として長く中国に駐在して中国経済に詳しい真家陽一氏(名古屋外国語大学教授)に聞いたことがあるが、「中国の国内市場はそこまでの力はない」とのことだった。念のため、真家氏は中国経済の今後に関してかなり楽観的な方である。
では、対米輸出減のはけ口を国内に求めることができないとなると、どうするか。習近平主席はいま一帯一路で世界中にマーケットを広げようと必死だが、いま目の前に迫っている対米輸出減を補えるところまではいっていない。供給が需要を上回る事態が常態化すれば、当然デフレ不況に陥るのは経済学のイロハだ。日本の場合は少子高齢化によって徐々に労働人口(需要層の大部分を占める人口)が減少していった結果、デフレ状態も徐々に進んだが、中国の場合はそんな時間的余裕はない。デフレが一気に中国経済を襲う。
日本と違って終身雇用ではない中国の場合は、需要に応じて工場を閉鎖したり人員削減したりして生産調整して需給関係のバランスをとることはできるだろうが、1社や2社のリストラならともかく、ほとんど全産業界がそういう事態に直面することになる。失業者が街にあふれだし、労働賃金も需給関係によって大幅に低下する。そうなれば中国全体の購買力も激減する。
アベノミクスがなぜ失敗に終わったか、もう一度おさらいしておこう。アベノミクスの根幹は、金融緩和による円安誘導によって日本製品の輸出競争力を回復し、需要の拡大に応じた設備投資と雇用拡大、労働者の賃金上昇、その結果としての国内需要の拡大、需要増に応じた生産設備の増強……という、絵にかいたようなケインズ景気循環論を根拠とした。
が、終身雇用を前提としてきた日本企業にとっては生産設備の増強、雇用の拡大は、少子高齢化による労働人口(つまり需要層)の減少状況においては、これ以上にリスキーなビヘイビアはないという結論に達せざるを得ないのは当然と言えば当然すぎる選択だった。だから、安部さんがいくら笛を吹いても、日本企業は生産設備の増強には踏み切れず、企業は為替差益による内部留保を膨らませただけだった。そうした日本企業の宿命的体質は、プラザ合意後の2年間の日本企業のビヘイビアを分析・解明していれば、当然わかっていなければおかしい。つまり、アベノミクスの発案者と言われている経済学者の浜田宏一氏は、この時期の検証を何もしていなかったことを意味する。アホか!
しかし、中国にとってもアメリカのブランドメーカーにとっても起死回生の手がないわけではない。アメリカから関税攻撃を受けていない第3国で、中国の一帯一路戦略に巻き込まれ、かえって借金地獄に陥り疲弊している途上国経由でアメリカに輸出するという方法だ。アメリカもMade in Chinaのタグが付いていたら目を光らせるだろうから、最後のほんのちょっとした加工だけ第3国で行い、第3国製のタグをつけてしまえば文句が言えなくなる。
たとえばiPhoneの場合、真家氏からもらった資料によると中国からアメリカに輸出される完成品の輸出額は20億227万ドルだが、部品は日本、ドイツ、韓国、アメリカからの輸入で占められており、中国での組み立て費は7,345万ドルに過ぎないという(データは2010年12月のアジア開発銀行研究所に基づいており、ちょっと古いが)。いまは中国も半導体生産に力を入れており、内製率はもう少し向上していると思われるが、真家氏の資料に基づく限り内製率は3.7%にも満たないことになる。それでもアメリカは中国製とみなして高率関税をかけるというのだから、中国が完成品への最終的なちょっとした加工を第3国で行えばMade in ***で関税攻勢から逃げることができるはずだ。そうすれば、中国も生産量の調整はわずかで済むし、アメリカのブランドメーカーや消費者も打撃を受けなくて済む。ただし、アメリカの貿易収支は改善できないが…。
それはそれとして、消費税に関してはいま増税すべきではない。日本の消費動向に与える影響よりも、あまりにもでたらめな増税対策をどうにかしてもらいたいからだ。そもそも消費税は逆進性が高い税制である。所得に応じて税率を変えるというなら別だが、そんなことは不可能である。だとしたら、消費税増税が低所得層に与える打撃を最小限にとどめるには、低所得層に対する恒久的な給付金制度でカバーするのが筋である。
だが、政府の増税対策は食料品や宅配の新聞に対する軽減税率(現行8%の税率を維持)するという、まったく不可解な対策である。念のため、新聞に対する軽減税率は宅配の定期購読に限っている。駅の売店やコンビニで買う新聞には10%の税率が適用される。OECDは日本の消費税を25%に引き上げる必要があると主張しており、その時点で宅配の新聞に8%の軽減税率が適用されたら、新聞社は政府の言いなりになる。あの、暗黒の時代の言論統制が消費税という手段で復活する。新聞社はわかっているのかね。少なくとも朝日・毎日・東京の3紙は、「政府の言いなりになってたまるか」という気概を見せてほしい。つまり、軽減税率の返上を宣言してもらいたい。そういう新聞を、私たち国民は応援して定期購読しようではないか。
次に、逆進性の最たるものは食料品の軽減税率問題だ。私は何度もブログで書いてきたが、国産ブランド牛のサーロインやひれと、オージービーフの切り落としが同じ税率であることに、誰も疑問を抱かないのだろうか。私は食料品の軽減化を強く要求してきた公明党本部にも「おかしいと思わないか」と電話したが、本部職員は「確かにおかしいと思います。執行部にお伝えします」と言ってくれたが、いまさら公明党もちゃぶ台返しはできないようだ。
また当初は食料品でも加工品は除外するという方針だったが、スーパーなど小売業者からレジが大混乱するという批判が出て加工食品も軽減化することになった。そこで問題になったのはスーパーやコンビニでのイートインである。持ち帰りは軽減対象にするが、イートインは10%の税率を適用するという。まだコンビニの場合は弁当とお茶だけという買い方が多いだろうが、スーパーの場合はイートイン食品だけでなく持ち帰りも一緒に買う。いちいちレジで客に一つひとつの食品について確かめるのか。そんな手間暇をかけられるか。それに、イートインには10%の税率をかけるというなら客は当然、店側に最低でもファミレス並みのサービスを要求できる権利が生じる。「弁当はテーブルまで運べ。水も持って来い。お茶も持って来い」――私なら、そういう「正当」な要求を店に対してする。コンビニ業界は「お客の自己申告に任せる」という方法に決めたが、これは犯罪行為を推奨しているのと同じだ。誰がわざわざ不利なイートインを自己申告するとでもいうのか。
一方、宅配の食品(ピザやすしなど)は自宅で食べるから軽減税率の対象になるという。こんなおかしなやり方が罷り通るのが、日本の政治の実態だ。だから私は公明党本部に対しても「食べる場所ではなく、飲食に伴うサービスが提供されるか否かで分けるべきだ」と主張し、本部職員も「その通りだと思います」と答えた。政治に哲学がないから、こういう摩訶不思議な制度がつくられてしまう。
さらに不思議で、訳が分からないのはポイント制の導入だ。キャッシュレス化を進めることがなぜ必要なのかの説明は政府からこれまで一切ない。まったくないわけではなく、「消費税増税による消費の冷え込みを防ぐため」というのが目的としているが、まったくの嘘っぱちだ。政府の本当の狙いは現金商売の零細小売店の「益税」をあぶりだすためだと思うが(だから零細小売店には無料でカード決済用のレジ機を提供するという)、カード決済の場合、カード会社に支払わなければならない手数料が発生する。その手数料をすべて国が負担するなら一気にキャッシュレス化は進むだろうが、そうした場合の財政負担がどのくらいになるか、計算したことがあるのか。どアホ!
そうした現在の消費税増税対策を全面的に見直すことを前提にするなら、私は消費税増税の延期に賛成するが、対症療法的な増税対策を続けるというなら、延期しなければならない経済状況には、いまはない。
※今回も実数1万字を超える長文になったため、次のブログは6月3日に更新します(あくまで予定)。まだテーマは決めていません。