3月23日、皇位継承の在り方を議論する政府の有識者会議の初会合が首相官邸で行われた。
メンバーは男女3人ずつの計6名。その中から前慶應義塾長の清家篤氏(経済学者で専門は労働経済学)が座長に選任された。他のメンバーは大橋真由美(上智大法学部教授=専門は行政法)、冨田哲郎(JR東日本会長)、中江有里(タレント・作家)、細谷雄一(慶応大法学部教授=専門は国際政治史)、宮崎緑(千葉商科大教授=専門は国際政治学)の各氏。
これらのメンバーにケチをつけるつもりはさらさらないが、天皇の地位は憲法1条に「(天皇は)日本国民統合の象徴であり、この地位は、主権の存在する日本国民の総意に基づく」とあるのに、メンバーの中に法学者2人のなかに肝心の憲法学者が含まれていないのはどういうことか。皇位継承問題について憲法との整合性が問われるのを避けたいためか?
有識者会議の方々には、まず皇室典範と憲法との整合性を検証していただきたい。
●憲法と皇室典範の非整合性
現在の「皇室典範」は戦後の1947年5月3日、現行憲法の制定と同時に一般の法律として施行された。その第1章1条に「皇位は皇統に属する男系の男子がこれを継承する」とある。いわゆる「男系男子継承」論の根拠であり、自民党に限らず日本会議の超党派会員議員が重視する保守的主張である。
一方、憲法24条にはこうある。
婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
いわゆる「男女平等」の原則を定めた条文である。また憲法14条にはこういう規定もある。「法の下での平等」をうたった重要な条文だ。
すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
皇室典範が定めている「男系男子の皇位継承権」と、憲法24条及び14条が定めている「男女平等」や「法の下での平等」との整合性を無視した皇位継承問題についての議論はいかがなものか。
保守派が主張するように、「男系男子継承は皇室の伝統」というなら、皇室典範の規定は明らかに憲法に違反している規定だから、憲法を改正して憲法24条及び14条の条文に「但し、皇族に関しては、この規定の限りにあらず」という但し書き条文を付記すべきだろう。あれほど自衛隊の存在を憲法9条に書き込むことに執着した安倍前総理が、憲法より一般法律の皇室典範を重視する根拠をまず明らかにしてもらいたい。
さらに皇室典範を優先するにしても、ハードルは極めて高い。保守派は「男系男子」としか言わないが、皇室典範によれば皇位継承権は嫡出子(正妻の子)にしか与えられないことになっている。皇室典範がなかった時代は「男系男子」継承の伝統を守るために庶子(妾の子)も皇位継承権を持ったが、それでも出生順ではなく正妻に男子が生まれなかった場合の特例であり、現在の皇室典範は天皇と言えど妾を持つことは認めておらず、嫡出子にしか皇位継承権はない。保守派が「男系男子」としか強調しないのは、皇室典範という法律が認めていない庶子にも継承権を認めさせようという魂胆があるからか。
言っておくが、一般法律は国会でいくらでも改定できるが、憲法の改定は衆参両院で3分の2以上の賛成と国民投票で過半数の賛成を得なければならないことくらいはご存じだろう。
●強大な抵抗勢力 「日本会議」
各種世論調査を見ると「女性天皇」「女系天皇」の存在を支持する人の割合は70~85%に達している。また次期天皇として愛子さまを期待する世論も80%を超えている。なお、愛子さまが次期天皇になられた場合、愛子さまのお子様が天皇になる場合を「女系天皇」という(この場合は男女を問わない)。
実際問題として「男系男子」を前提にした場合、現実的な継承者は悠仁さましかおらず、悠仁さまが次期天皇になられて男性のお子様が生まれなかった場合、皇統に属する男系男子嫡出子の皇位継承者は数百年さかのぼる必要があるようだ。もうとっくに民間人になっているし、そういう方を皇位継承者として私たちが、現天皇や皇族の方たちに抱いているような敬愛の念と「国民統合の象徴」としての信頼感を抱き続けることができるだろうかという根本的な疑問が生じる。はっきり言わせてもらえば、私には無理だ。
国民の多くが望み、また憲法との整合性もとれるように「女性天皇」「女系天皇」を容認するように皇室典範を改正すればいいのだが、実はそう簡単にはいかない日本独特の政治事情がある。日本会議という政治団体の存在が大きいからだ。
日本会議は「“誇りある国づくり”を目指し、美しい日本を守り伝える」ことを趣旨とする政治団体で、自民だけでなく維新や新立憲も含め国会議員の約4割を擁する超党派の一大政治勢力である。趣旨とする抽象的概念はとくに異を唱えるほどのことでもないが、同会議が掲げる具体的な政治目標はかなり復古的なものである。
具体的には憲法改正、現行皇室典範維持、男系維持のため旧皇族の復帰(ただし女性宮家には反対)、選択制夫婦別姓阻止、先の戦争の評価に関する歴史教科書の記述問題(いわゆる「自虐史観」の否定)、総理大臣の靖国神社正式参拝などが主な主張である。ただ、安倍政権下における集団的自衛権行使を容認するための安保法制を日本会議が強く支持したため、旧立憲の会員がかなり離脱したようだ。
この超党派の復古的政治団体が「女性天皇」「女系天皇」に猛反対しており、有識者会議のメンバーには日本会議系と目される人は含まれていないようだが、たとえ有識者会議が「皇室典範を改正し『女性天皇』『女系天皇』を容認すべき」と答申したとしても、国会で簡単に皇室典範の改正が行われるとは限らない。
●皇室典範こそ、日本最大のジェンダー差別規定
復古派は「男系男子」を皇位継承の「伝統」と主張する。が、「女性天皇」自体は第33代の推古天皇に始まり、第117代の後桜町天皇まで10人を数えている。ただし、これらの女性天皇は本来の男系男子の継承者がまだ幼く、天皇としての地位に伴う権力の行使が可能になるまでの、言うならリリーフ役であった。だから本来の男系男子の継承者が成人したら天皇の地位を譲ってきた。
が、それは皇族ゆえの特別な伝統というわけでは決してない。皇室に限らず、家父長制が日本の家族構成の基本だったからだ。たとえば、武家政治の原点を築いた源頼朝以降、将軍職は男系男子が継承するのが伝統であり、その原則は皇室以上に厳しかった。実際、足利、徳川と将軍職に女性が就いたことは一度もない。はっきり言えば、皇位継承の伝統なるものは、武家社会以下のいい加減なものだったのである。
皇室を含む貴族社会や武家社会の男系男子継承の伝統は商家などにも引き継がれていた。それが家父長制度である。実際、徳川時代においては男系男子の継承者がいない大小名は例外なく「お家断絶」(取り潰し)の目にあっている。取り潰しを免れるための方策として「養子縁組」という欧米ではありえない方策も編み出された。
実は私の母親も、小林家の分家の長女から本家の養女になった。父親はもともとは佐々木姓だったが、小林家に婿入りして小林姓になった。私は次男だったから、父系の佐々木家に男系男子の相続者がいなかったら、おそらく佐々木家の養子になり佐々木姓を名乗ることになっていただろう。だが、そうした継承関係は、せいぜい本家と分家の間くらいが限界だと思う。5代も6代もさかのぼって親族を探し出してまで男系男子と養子縁組することはありえない。そのため、正妻に男子が生まれなかったら、裕福な家は妾を囲って男の子が生まれるのを待った。
ただし、妾が男子を生んでも、その後に正妻が男子を生んだ場合は正妻の子が継承者になる。そうした優先順位は現在の相続制度にも反映されており、庶子の相続分は嫡子の相続分の2分の1でしかない。明らかに日本の法律はいびつである。
それでも一般人は自由恋愛の結果として婚外子が生まれた場合、庶子にもそれなりに権利が生じる。が、婚外性交は犯罪ではないが、皇族にはそうした自由がない。昔だったら男子が生まれるまで妾を囲うことができたが、現在の皇族にはそういう自由がない。
しかも、いまはジェンダー差別は憲法24条、14条の規定にも違反している。そういう観点から考えれば、男系男子にしか皇位継承権を認めていない皇室典範は明らかに憲法違反であり、ジェンダー差別の最たるものと言わざるを得ない。
憲法違反の法律である皇室典範を「皇室の伝統」なる虚構の論理を駆使して違憲状態を維持し続けるのか、それとも憲法との整合性を確保して皇室典範のジェンダー規定を改定するか、日本人の良識が問われている。有識者会議の方々は、そうした問題意識を持って皇位継承問題を考えていただきたい。
メンバーは男女3人ずつの計6名。その中から前慶應義塾長の清家篤氏(経済学者で専門は労働経済学)が座長に選任された。他のメンバーは大橋真由美(上智大法学部教授=専門は行政法)、冨田哲郎(JR東日本会長)、中江有里(タレント・作家)、細谷雄一(慶応大法学部教授=専門は国際政治史)、宮崎緑(千葉商科大教授=専門は国際政治学)の各氏。
これらのメンバーにケチをつけるつもりはさらさらないが、天皇の地位は憲法1条に「(天皇は)日本国民統合の象徴であり、この地位は、主権の存在する日本国民の総意に基づく」とあるのに、メンバーの中に法学者2人のなかに肝心の憲法学者が含まれていないのはどういうことか。皇位継承問題について憲法との整合性が問われるのを避けたいためか?
有識者会議の方々には、まず皇室典範と憲法との整合性を検証していただきたい。
●憲法と皇室典範の非整合性
現在の「皇室典範」は戦後の1947年5月3日、現行憲法の制定と同時に一般の法律として施行された。その第1章1条に「皇位は皇統に属する男系の男子がこれを継承する」とある。いわゆる「男系男子継承」論の根拠であり、自民党に限らず日本会議の超党派会員議員が重視する保守的主張である。
一方、憲法24条にはこうある。
婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
いわゆる「男女平等」の原則を定めた条文である。また憲法14条にはこういう規定もある。「法の下での平等」をうたった重要な条文だ。
すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
皇室典範が定めている「男系男子の皇位継承権」と、憲法24条及び14条が定めている「男女平等」や「法の下での平等」との整合性を無視した皇位継承問題についての議論はいかがなものか。
保守派が主張するように、「男系男子継承は皇室の伝統」というなら、皇室典範の規定は明らかに憲法に違反している規定だから、憲法を改正して憲法24条及び14条の条文に「但し、皇族に関しては、この規定の限りにあらず」という但し書き条文を付記すべきだろう。あれほど自衛隊の存在を憲法9条に書き込むことに執着した安倍前総理が、憲法より一般法律の皇室典範を重視する根拠をまず明らかにしてもらいたい。
さらに皇室典範を優先するにしても、ハードルは極めて高い。保守派は「男系男子」としか言わないが、皇室典範によれば皇位継承権は嫡出子(正妻の子)にしか与えられないことになっている。皇室典範がなかった時代は「男系男子」継承の伝統を守るために庶子(妾の子)も皇位継承権を持ったが、それでも出生順ではなく正妻に男子が生まれなかった場合の特例であり、現在の皇室典範は天皇と言えど妾を持つことは認めておらず、嫡出子にしか皇位継承権はない。保守派が「男系男子」としか強調しないのは、皇室典範という法律が認めていない庶子にも継承権を認めさせようという魂胆があるからか。
言っておくが、一般法律は国会でいくらでも改定できるが、憲法の改定は衆参両院で3分の2以上の賛成と国民投票で過半数の賛成を得なければならないことくらいはご存じだろう。
●強大な抵抗勢力 「日本会議」
各種世論調査を見ると「女性天皇」「女系天皇」の存在を支持する人の割合は70~85%に達している。また次期天皇として愛子さまを期待する世論も80%を超えている。なお、愛子さまが次期天皇になられた場合、愛子さまのお子様が天皇になる場合を「女系天皇」という(この場合は男女を問わない)。
実際問題として「男系男子」を前提にした場合、現実的な継承者は悠仁さましかおらず、悠仁さまが次期天皇になられて男性のお子様が生まれなかった場合、皇統に属する男系男子嫡出子の皇位継承者は数百年さかのぼる必要があるようだ。もうとっくに民間人になっているし、そういう方を皇位継承者として私たちが、現天皇や皇族の方たちに抱いているような敬愛の念と「国民統合の象徴」としての信頼感を抱き続けることができるだろうかという根本的な疑問が生じる。はっきり言わせてもらえば、私には無理だ。
国民の多くが望み、また憲法との整合性もとれるように「女性天皇」「女系天皇」を容認するように皇室典範を改正すればいいのだが、実はそう簡単にはいかない日本独特の政治事情がある。日本会議という政治団体の存在が大きいからだ。
日本会議は「“誇りある国づくり”を目指し、美しい日本を守り伝える」ことを趣旨とする政治団体で、自民だけでなく維新や新立憲も含め国会議員の約4割を擁する超党派の一大政治勢力である。趣旨とする抽象的概念はとくに異を唱えるほどのことでもないが、同会議が掲げる具体的な政治目標はかなり復古的なものである。
具体的には憲法改正、現行皇室典範維持、男系維持のため旧皇族の復帰(ただし女性宮家には反対)、選択制夫婦別姓阻止、先の戦争の評価に関する歴史教科書の記述問題(いわゆる「自虐史観」の否定)、総理大臣の靖国神社正式参拝などが主な主張である。ただ、安倍政権下における集団的自衛権行使を容認するための安保法制を日本会議が強く支持したため、旧立憲の会員がかなり離脱したようだ。
この超党派の復古的政治団体が「女性天皇」「女系天皇」に猛反対しており、有識者会議のメンバーには日本会議系と目される人は含まれていないようだが、たとえ有識者会議が「皇室典範を改正し『女性天皇』『女系天皇』を容認すべき」と答申したとしても、国会で簡単に皇室典範の改正が行われるとは限らない。
●皇室典範こそ、日本最大のジェンダー差別規定
復古派は「男系男子」を皇位継承の「伝統」と主張する。が、「女性天皇」自体は第33代の推古天皇に始まり、第117代の後桜町天皇まで10人を数えている。ただし、これらの女性天皇は本来の男系男子の継承者がまだ幼く、天皇としての地位に伴う権力の行使が可能になるまでの、言うならリリーフ役であった。だから本来の男系男子の継承者が成人したら天皇の地位を譲ってきた。
が、それは皇族ゆえの特別な伝統というわけでは決してない。皇室に限らず、家父長制が日本の家族構成の基本だったからだ。たとえば、武家政治の原点を築いた源頼朝以降、将軍職は男系男子が継承するのが伝統であり、その原則は皇室以上に厳しかった。実際、足利、徳川と将軍職に女性が就いたことは一度もない。はっきり言えば、皇位継承の伝統なるものは、武家社会以下のいい加減なものだったのである。
皇室を含む貴族社会や武家社会の男系男子継承の伝統は商家などにも引き継がれていた。それが家父長制度である。実際、徳川時代においては男系男子の継承者がいない大小名は例外なく「お家断絶」(取り潰し)の目にあっている。取り潰しを免れるための方策として「養子縁組」という欧米ではありえない方策も編み出された。
実は私の母親も、小林家の分家の長女から本家の養女になった。父親はもともとは佐々木姓だったが、小林家に婿入りして小林姓になった。私は次男だったから、父系の佐々木家に男系男子の相続者がいなかったら、おそらく佐々木家の養子になり佐々木姓を名乗ることになっていただろう。だが、そうした継承関係は、せいぜい本家と分家の間くらいが限界だと思う。5代も6代もさかのぼって親族を探し出してまで男系男子と養子縁組することはありえない。そのため、正妻に男子が生まれなかったら、裕福な家は妾を囲って男の子が生まれるのを待った。
ただし、妾が男子を生んでも、その後に正妻が男子を生んだ場合は正妻の子が継承者になる。そうした優先順位は現在の相続制度にも反映されており、庶子の相続分は嫡子の相続分の2分の1でしかない。明らかに日本の法律はいびつである。
それでも一般人は自由恋愛の結果として婚外子が生まれた場合、庶子にもそれなりに権利が生じる。が、婚外性交は犯罪ではないが、皇族にはそうした自由がない。昔だったら男子が生まれるまで妾を囲うことができたが、現在の皇族にはそういう自由がない。
しかも、いまはジェンダー差別は憲法24条、14条の規定にも違反している。そういう観点から考えれば、男系男子にしか皇位継承権を認めていない皇室典範は明らかに憲法違反であり、ジェンダー差別の最たるものと言わざるを得ない。
憲法違反の法律である皇室典範を「皇室の伝統」なる虚構の論理を駆使して違憲状態を維持し続けるのか、それとも憲法との整合性を確保して皇室典範のジェンダー規定を改定するか、日本人の良識が問われている。有識者会議の方々は、そうした問題意識を持って皇位継承問題を考えていただきたい。