6月25日(土)
Tちゃん一家と涙の再会。
仕事で山梨に入った時、山並みを福島と比べました。
あの「茶色い森林」は、山梨のどこにも見つけることがなかったです。
25日・・・私も現場に行ってみて・・・
Tママちゃんの言葉が一層の重さを感じることができました・・・。
津波被害がないぶん 町並みや風景自体には目に見える変化がなく 、ガレキの山や悪臭 無残な光景が
ほとんど無いので 細かい箇所を直視して見なければ、いつもと変わらない風景です。
放射能にどれだけ犯されているかは
測定計でしかわからないのが
・・・本当にやりきれない現実です。
↓愛娘Aちゃん、お食事です(支援物資活用~♪)
私とせしおさんが来たことで本当に、久しぶりに・・・
心から笑った。
あのね・・・
夫婦だけでいるでしょ?
話すことがなくなってきちゃうの。
震災や原発の話になると、暗くなって深いため息しか
つけなくて、その日暮らしの考えだけで終わっちゃうこともあるの。
未来への展望もそぎ落とされてしまう感じ?っていうのかな。
・・・かといって、情報が欲しいのでTVは付けているけど、
流れている画面は・・・
各地域の放射線量や出荷制限情報、漁業のこと、公園の測定値。
余震の情報、
近くの崖が崩れ落ちる時の音・・・。
・・・
・・・
もう嫌になっちゃうんだ。
確かに・・・。
東京では得られない詳細な情報がテロップになってずっと流れている・・・。
そして気になったのは、今後の福島のこと、どうしていったらいいかがよくわからず、伝えられていない気がした・・・。
たまたま私が見たそれが、そうだっただけのことなのか???
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このタレはTパパさん特製(伝授した)めっちゃ美味しいつけダレだった。
「4人で食べること。」で、楽しくなったと思った。
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パークがあるのを知らなかった。
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こっちにももっと若い少年隊があっ て、竹やりで突っ込んで全員死亡し たあれ以上の悲劇があるんだよ。
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二本松市に関してこんなにも知られていないことがあったんだ・・・(え?あたしだけ??)
そして首都圏では今は放射能測定値も二本松市は載っていない・・・。
5月下旬行われた、
市長のインタビュー動画を観たし、雑誌にも掲載されて「いいことばかり。」を言っていた。
だけど、まだ口先ばかりじゃないかと、パパさんは市長に直訴した。
高速も走っているし、測定や市民対象の検査はしていきますが・・・国の指示がないとやっぱ・・・と、弱腰だった。
表面だけの取り繕いに感じた。と。
命より・・・体裁やっぱが大事なんだ。
原発で恩恵受けてきたから、
強く言えない??
そして県は
「二本松市は何も言ってこないから大丈夫なんでしょう?」
との返事だったそうだ。
また、近所のおじさんお中には
「本当のことを知らないほうが生きていけるから、放射線量なんて知らないほうがいい。」と、言う方も多くいると言います。
Tパパさんは、愕然としたそうです・・・しかし、裏を返せば「異変」に気が付いているってことですよね。
子どもに対して測定器具を配布、調べる?
全県民に配布したり、健康調査をしたり、そんな費用があったら世帯に数百万支払えるはず、移転先でも安心できるサポートしてくれたらいいのに。
実行したのは「東北自動車道高速料金無料化」の証明書発行だけだよ・・・。
失業して、
被災したことの保証めどもなく、
TVでも「財布の中身はあと○○円です、どうしたらいいのでしょうか。」とのインタビューが流れて顔色が悪くなる人々。
せめて先の展望が見えてさえいたら・・・もっと違うのだろうに。
簡単に・・・引越せばいい・・・って問題では本当にないのだな・・・。
聞けば聞くほどそう感じたのだ。
おうちの中では、
なぜか、畳を敷いた部屋では放射線量が減る・・・そのことは携帯でも投稿しましたが、
これを元に部屋中にできる限り畳を(井草ござ)敷き詰めていました。
フローリングの部屋、窓の近く・・・などなどと、明らかに数値が違いますから、「やって損ないだろ。」の、気持ちからです。
前記事で
「見えない放射能だからこそ、測定して観に見える数値にしていくことが大事。」と、
コメントをいただきましたが、同感です。
それと同時に・・・
だからこそ・・・
見えない恐怖、悪魔なのだからこそ、
「事態が収束するまで○○市は××地方へ避難願います、生活や情報、雇用や転校等の対処は国が補償します。」
ではないのだろうか・・・。
他の町の職員の中には
「国の指示を待ってられない、自分たちで動かすくらいのことをしないといけない!」と懸命にやってらっしゃる方も多くいるのですから・・・。
市や県と、チャンスがあれば直談判に行って、
今もまだ避難生活を強いられている方々やこの先の福島を心配しているTパパさんですが、自分の家族のこと・・・
先のことも考えていたこと、話してくれました・・・。
聞いてすんごく安心しましたが、ギリギリまでできることをしたいのだなってことも感じました。
まだまだ動くまでに、しないとならない問題がたくさんあること・・・。
別れ際・・・
Tママちゃんとまた会えることを絶対の約束とし、笑顔で見送ってくれる一家を後にしてせしおさん宅へ戻りましたが・・・。
私はここでまた打ちのめされました。
私には帰るうちがあるのだ・・・。
という、現実に。
彼らに安住のおうちを・・・。
ただそれだけの願いはいつ、叶うのでしょうか?
沢山の「忘れ去られた」地域があること、
声にさえ出せない現実、事実が山のように存在すること、
私たちはそれらをちゃんと知っておかないといけないこと、
今回の震災、人災は、まだ進行形であることを
肝に命じていきたい・・・。
つたない記事に今回もお付き合いいただき、本当に感謝いたします!!