引き続き、以前に戴いた書籍群の中から「櫻 VOL.2」(1986年発行)を紹介する。
これは切腹研究の大家、中康弘通氏が切腹の歴史・文芸・芸能の研究伝承を意図して発刊されたそうだ。VOL.1は手元にない。
内容は、1.中康氏の創作した短編小説、2.その他作者の作品紹介、3.切腹の描写と用語の解説、4.アンケート、5.あとがき、となっている。
1.短編小説「冷たい夜」
17歳の若原咲子は、慰問公演で宝塚歌劇の少女たちが演じた「少年白虎隊」の切腹の場面が忘れられずにいた。もしアメリカ軍と本土決戦になり最期の時が来たら、自分もあの少女たちのようにお腹を切りたいと思っていた。
咲子は軍需工場の監督官である若い陸軍将校の家に住み込み、家事の手伝いをすることになった。咲子はすぐにでも自分の体は独身の中尉に奪われるものと思っていたが、そんな気配は全くなかった。やがて終戦になり、ただ一夜だけ中尉は咲子を抱き、早朝には褌一枚だけの裸身で切腹して果てていた。あとには咲子宛ての遺書と通帳と短刀が遺された。
戦時中に父母も兄も行方知れずとなり、身寄りが無くなった咲子は兄の友人と結婚したが、ほどなくして夫は闇市のいざこざから腹を刺されてあっけなく死んだ。自分と関係した男が二人とも腹を刺して死んだことに何か因縁めいたものを咲子は感じた。
色街で働き始めた咲子は、30歳になる前に中尉が遺してくれた短刀で切腹すると決めていた。咲子は、ある兄妹の切腹に立ち会ったという男と出会う。胸を患った兄は余命幾ばくもなく、妹が進駐軍相手に体を売って生活をしてしたが、二人で死ぬと決めたという。冬の満月の夜、河川敷で、先に兄が、続いて妹が腹を切り、二人とも介錯もなく逝った。友人である男は最後までそれを見守った。
咲子はこの男に自分の最期に立ち会って欲しいと思い、数年前に兄妹が切腹した河川敷で、切腹した日付の日に自分も切腹して死ぬと告げた。
当日の夜、男は約束の場所に現れなかったが咲子は気にしていなかった。咲子は白虎隊を演じた少女たち、そして監督官の中尉のことを思い出していた。「監督官どの、お側へ参ります」白いブラウスをたくしあげ、短刀を左下腹に押し込んだ。血がずらした下着に飛ぶ。腹を切りたいから死ぬという思いを貫き、咲子はその人生で一番充実した瞬間を通り過ぎた。
最期を見届けるはずだった男は、約束の場所に急ぐ途中バイク事故に遭い人事不省で病院に運ばれていた。
…ちなみに男が死んだという記述はない。この物語の真髄は最後の「死にたいから腹を切るのではなく、腹を切りたいから死ぬ…云々」という一文に尽きると思う。なぜなのか理由は分からないが切腹に魅入られた女性が、自分の夢である切腹を実行に移す。将来を悲観したのではなく、生きることに何の未練もなく、ただ切腹したい、と。擬似的なものではなく本物の。
現代の宝塚歌劇で白虎隊をテーマにした演目をやることはあるんだろうか?忠臣蔵をやってるのをTVで見たことはあるけど。もしやってるんなら見に行ってみたいな。
続きは次回の記事で。
これは切腹研究の大家、中康弘通氏が切腹の歴史・文芸・芸能の研究伝承を意図して発刊されたそうだ。VOL.1は手元にない。
内容は、1.中康氏の創作した短編小説、2.その他作者の作品紹介、3.切腹の描写と用語の解説、4.アンケート、5.あとがき、となっている。
1.短編小説「冷たい夜」
17歳の若原咲子は、慰問公演で宝塚歌劇の少女たちが演じた「少年白虎隊」の切腹の場面が忘れられずにいた。もしアメリカ軍と本土決戦になり最期の時が来たら、自分もあの少女たちのようにお腹を切りたいと思っていた。
咲子は軍需工場の監督官である若い陸軍将校の家に住み込み、家事の手伝いをすることになった。咲子はすぐにでも自分の体は独身の中尉に奪われるものと思っていたが、そんな気配は全くなかった。やがて終戦になり、ただ一夜だけ中尉は咲子を抱き、早朝には褌一枚だけの裸身で切腹して果てていた。あとには咲子宛ての遺書と通帳と短刀が遺された。
戦時中に父母も兄も行方知れずとなり、身寄りが無くなった咲子は兄の友人と結婚したが、ほどなくして夫は闇市のいざこざから腹を刺されてあっけなく死んだ。自分と関係した男が二人とも腹を刺して死んだことに何か因縁めいたものを咲子は感じた。
色街で働き始めた咲子は、30歳になる前に中尉が遺してくれた短刀で切腹すると決めていた。咲子は、ある兄妹の切腹に立ち会ったという男と出会う。胸を患った兄は余命幾ばくもなく、妹が進駐軍相手に体を売って生活をしてしたが、二人で死ぬと決めたという。冬の満月の夜、河川敷で、先に兄が、続いて妹が腹を切り、二人とも介錯もなく逝った。友人である男は最後までそれを見守った。
咲子はこの男に自分の最期に立ち会って欲しいと思い、数年前に兄妹が切腹した河川敷で、切腹した日付の日に自分も切腹して死ぬと告げた。
当日の夜、男は約束の場所に現れなかったが咲子は気にしていなかった。咲子は白虎隊を演じた少女たち、そして監督官の中尉のことを思い出していた。「監督官どの、お側へ参ります」白いブラウスをたくしあげ、短刀を左下腹に押し込んだ。血がずらした下着に飛ぶ。腹を切りたいから死ぬという思いを貫き、咲子はその人生で一番充実した瞬間を通り過ぎた。
最期を見届けるはずだった男は、約束の場所に急ぐ途中バイク事故に遭い人事不省で病院に運ばれていた。
…ちなみに男が死んだという記述はない。この物語の真髄は最後の「死にたいから腹を切るのではなく、腹を切りたいから死ぬ…云々」という一文に尽きると思う。なぜなのか理由は分からないが切腹に魅入られた女性が、自分の夢である切腹を実行に移す。将来を悲観したのではなく、生きることに何の未練もなく、ただ切腹したい、と。擬似的なものではなく本物の。
現代の宝塚歌劇で白虎隊をテーマにした演目をやることはあるんだろうか?忠臣蔵をやってるのをTVで見たことはあるけど。もしやってるんなら見に行ってみたいな。
続きは次回の記事で。
TAKARAZUKA REVUE 2010 | |
宝塚ムック | |
阪急コミュニケーションズ |
短刀9寸(黒塗り) | |
岐阜県関市 | |
岐阜県関市 |
話を随分はしょっていたので正確なストーリーは映像では何がなんだかでしたが
映像化されてたんですね。若い兄妹の月夜の切腹のシーンがあるんなら、見てみたいですが。見どころになるシーン(もちろん切腹の)はいくつかあるのでそれのつなぎ合わせみたいになっても自分的にはいいんですが。