江戸時代の海難事故はほとんど晩秋から冬の期間に集中している。この時期は新米の収穫が終わり、新米を江戸へ運ぶ時期である。年末、年始は大坂・江戸間の廻船の蔵米運送の最盛期である。この時期は太平洋側に特有の「大西風」が吹く時期と重なる。「大西風」とは冬に北から東へ吹く季節風である。
この風に合うと一気に陸地沿岸から太平洋に流される。太平洋沿いには黒潮が流れる。その速度は時速5ノット（約10キロ）、この流れに乗ると北太平洋の千島、カムチャッカ半島に一気に流される。反対に南へ押しやられると黒潮の反流に乗り、小笠原諸島方面へ流される。一種の離岸流となっている。
川合彦充著「日本人漂流記」によれば、江戸時代の漂着先としては八丈島が最も多く、200件近くあると言う。八丈島は江戸より287㎞の距離にあり、島民もおり、漂着できれば救助され、帰還の可能性が高い。無人島なら漂着しても助かる確率は少ない。これが件数が多い理由である。無人島漂着で多いのは、八丈島からさらに300㎞ほど離れた鳥島が11件である。八丈島と比べると一気に件数も少なくなる。
鳥島は江戸から590㎞離れ、火山島の岩ばかりの島。水もない。この不毛の島に漂着しても生きのびる確率は少ない。近くを通る船も少ない。ただ幕末近くになり、太平洋で捕鯨船の活躍が盛んになると、鳥島近くを通り、漂着船を見つける船が現れる。最も有名なのがジョン・万次郎こと中浜万次郎らの漂着である。漂着して島で生活しても、そのまま朽ち果てた漂流民も多くいた。次に挙げるのは幸運にも生きのび、帰還できた江戸時代の漂流民の記録である。
①元禄10年（1697年）正月6日、日向国諸県郡志布志浦（現・鹿児島県志布志市）の弥三右衛門船（5人乗り、沖船頭・小左衛門）が鳥島に漂着。自力で帰還。
②享保5年（1720年）正月26日、遠州新居（現・静岡県湖西市新居町）、筒山五兵衛船（12人乗り、沖船頭・左太夫）が鳥島に漂着。積み荷は奥州八戸材木で、在島中に9人が死亡、甚八郎、仁三郎、平三郎3人が生き残り、③記載の宮本善八船の乗組員と合流する。在島19年3ケ月で同乗組員と共に帰還。
③元文4年（1739年）正月12日、江戸堀江町、宮本善八船（1,200石積、17人乗り、沖船頭・富蔵）が鳥島に漂着。積み荷は大豆・ソバ。遠州船筒山五兵衛の甚八郎ら3人と一緒に帰還。
④宝暦5年（1755年）正月、和泉国箱作村（現・大阪府阪南市）五郎兵衛船（5人乗り）が鳥島に漂着。積み荷はミカン。在島中に3人が死亡。幸助、藤八の二人は在島4年で帰還。幸助、藤八の二人は記録にはないが、②の遠州新居の筒山五兵衛船③の宮本善八船の居住跡の洞窟を発見したと言われている。二人は遠州船などが残した物品で人間らしい暮らしができた。
⑤宝暦9年（1759年）正月21日、和泉国浪有手村（現・大阪府阪南市）佐市郎船（200石積、直船頭・佐市郎）が鳥島に漂着。積み荷はミカン。前紀の幸助、藤八の二人、翌日漂着した次に記載の土佐藩手船の18人を乗せて帰還。
⑥宝暦9年（1759年）正月22日、土佐藩手船（18人乗り、船頭・伝七）が鳥島沖に漂着。前記⑤の佐市郎船に救助されて帰還。
⑦天明5年（1785年）2月13日、土佐国香我美郡赤岡浦（高知県香南市赤岡町）松屋儀七船（4人乗り、船頭不在）が鳥島に漂着。在島中に3人が死亡。一人生き残った長平が在島12年4ケ月で次に記載の肥前・金右衛門船、日向・三右衛門船住吉丸と合流して一緒に帰還。一人になった長平は自殺も考えた。しかし毎日念仏を唱え、海岸を歩くことで体力と精神の安定を確保したという。漂着時には火山の噴火も収まり、火種はなく、アホウドリを海水に付け、生で食べた。
⑧天明8年（1788年）2月1日、肥前国寺江村（現・佐賀県佐賀市諸富町）金右衛門船（850石積、11人乗り、沖船頭・儀三郎）が鳥島に漂着。積み荷は無し。この船は大坂北堀江備前屋亀次郎にチャーターされ、城米回送のため江戸から仙台荒浜に行く途中であった。鳥島で⑦に記載の長平と出会う。船頭代理の忠八は②の遠州新居の筒山五兵衛船③の宮本善八船の居住跡で彼等が書き残した木札を発見する。更に洞窟の中から白骨化した2遺体と鍋、桶なども発見している。在島中に二人が死亡。9人が在島9年4ケ月で次の⑨の日向国中山三右衛門船・住吉丸乗組員とも合流し、一緒に手造り船で帰還。
⑨寛政2年（1790年）正月29日、日向国諸県郡志布志浦（現・鹿児島県志布志市）中山三右衛門船・住吉丸（6人乗り、沖船頭・栄右衛門）が鳥島に漂着。在島中に二人死亡。4人が在島7年5ケ月で、上記記載の⑦の土佐の長平、および⑧の肥前船の9人と一緒に手造りの小船を作った。住吉丸が漂着後に鳥島に漂着物の流木、フイゴを完成、漂着船の錨で釘を作った。船板の間には貝殻を焼いて石灰から漆喰を作成、塗り込む。島の灌木「ぐるみ｝の樹皮で船の帆布を作った。手作りの小船は3年がかりだった。小船を「伊勢丸」と名付け、青ケ島、八丈島経由で帰還。
⑩天保12年（1841年）正月13日、土佐国高岡郡宇佐浦（高知県土佐市宇佐町宇佐）筆之丞漁船（5人乗り）が鳥島に漂着。後にジョン・万次郎と呼ばれる万次郎含めて5人が乗船していた。在島5ケ月でアメリカ捕鯨船ジョン・ハウランド号に救助される。万次郎以外の4人をハワイ・ホノルルに残し、万次郎は米国本土で教育を受ける。嘉永4年（1851年）5人のうち死亡した一人とハワイに残留を決定した一人を除いて3人は琉球沖でボートに乗り換えて帰還した。このボートは万次郎が米国で働き、獲得した資金で購入したボートを持ち込んだもの。
⑪弘化2年（1845年）正月13日、阿波国中野郡撫養（現・徳島県鳴門市撫養町）天野屋兵吉船・幸宝丸（1,200石積、11人乗り、沖船頭・徳之丞）が鳥島に漂着。積み荷は塩・米・藍玉・貝。在島25日で、アメリカ捕鯨船マンハッタン号に救助された。マンハッタン号は太平洋上漂流中の千寿丸乗組員11人も救助していた。弘化2年3月11日、マンハッタン号は浦賀に来航、日本側に引き渡された。幕府は感謝の意味で水、食料を提供した。鎖国政策の終わりが始まっていた。
1，000石積は今の約150トン。沖船頭とは雇われ船頭、直船頭とは船所有者が船頭となる。乗員は通常8人から17人程度、船頭、甲板長、食事係、会計係等が必要だった。当時、船が沈没寸前となると、乗組員はお互いの衣服の袖に綱を通し、お互いの体を結んだ。死ぬときは全員一緒の団結を示す。このことは「船長日記」にも記載されている。
文久3年（1863年）3月24日、日本の捕鯨船「一番丸」が小笠原を出航して鳥島を訪れる。船長はかつて鳥島に漂着した中浜万次郎。島に日本領を示す高札を建てた。高札には「大日本属鳥島・文久三癸亥三月二十四日改建之」と記され、中浜万次郎、林和一郎、松浪権之丞の署名がある。林、松浪は幕府役人である。
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鳥島漂着物語・遠州新居船・鹿丸
写真は鳥島の全景である。
この風に合うと一気に陸地沿岸から太平洋に流される。太平洋沿いには黒潮が流れる。その速度は時速5ノット（約10キロ）、この流れに乗ると北太平洋の千島、カムチャッカ半島に一気に流される。反対に南へ押しやられると黒潮の反流に乗り、小笠原諸島方面へ流される。一種の離岸流となっている。
川合彦充著「日本人漂流記」によれば、江戸時代の漂着先としては八丈島が最も多く、200件近くあると言う。八丈島は江戸より287㎞の距離にあり、島民もおり、漂着できれば救助され、帰還の可能性が高い。無人島なら漂着しても助かる確率は少ない。これが件数が多い理由である。無人島漂着で多いのは、八丈島からさらに300㎞ほど離れた鳥島が11件である。八丈島と比べると一気に件数も少なくなる。
鳥島は江戸から590㎞離れ、火山島の岩ばかりの島。水もない。この不毛の島に漂着しても生きのびる確率は少ない。近くを通る船も少ない。ただ幕末近くになり、太平洋で捕鯨船の活躍が盛んになると、鳥島近くを通り、漂着船を見つける船が現れる。最も有名なのがジョン・万次郎こと中浜万次郎らの漂着である。漂着して島で生活しても、そのまま朽ち果てた漂流民も多くいた。次に挙げるのは幸運にも生きのび、帰還できた江戸時代の漂流民の記録である。
①元禄10年（1697年）正月6日、日向国諸県郡志布志浦（現・鹿児島県志布志市）の弥三右衛門船（5人乗り、沖船頭・小左衛門）が鳥島に漂着。自力で帰還。
②享保5年（1720年）正月26日、遠州新居（現・静岡県湖西市新居町）、筒山五兵衛船（12人乗り、沖船頭・左太夫）が鳥島に漂着。積み荷は奥州八戸材木で、在島中に9人が死亡、甚八郎、仁三郎、平三郎3人が生き残り、③記載の宮本善八船の乗組員と合流する。在島19年3ケ月で同乗組員と共に帰還。
③元文4年（1739年）正月12日、江戸堀江町、宮本善八船（1,200石積、17人乗り、沖船頭・富蔵）が鳥島に漂着。積み荷は大豆・ソバ。遠州船筒山五兵衛の甚八郎ら3人と一緒に帰還。
④宝暦5年（1755年）正月、和泉国箱作村（現・大阪府阪南市）五郎兵衛船（5人乗り）が鳥島に漂着。積み荷はミカン。在島中に3人が死亡。幸助、藤八の二人は在島4年で帰還。幸助、藤八の二人は記録にはないが、②の遠州新居の筒山五兵衛船③の宮本善八船の居住跡の洞窟を発見したと言われている。二人は遠州船などが残した物品で人間らしい暮らしができた。
⑤宝暦9年（1759年）正月21日、和泉国浪有手村（現・大阪府阪南市）佐市郎船（200石積、直船頭・佐市郎）が鳥島に漂着。積み荷はミカン。前紀の幸助、藤八の二人、翌日漂着した次に記載の土佐藩手船の18人を乗せて帰還。
⑥宝暦9年（1759年）正月22日、土佐藩手船（18人乗り、船頭・伝七）が鳥島沖に漂着。前記⑤の佐市郎船に救助されて帰還。
⑦天明5年（1785年）2月13日、土佐国香我美郡赤岡浦（高知県香南市赤岡町）松屋儀七船（4人乗り、船頭不在）が鳥島に漂着。在島中に3人が死亡。一人生き残った長平が在島12年4ケ月で次に記載の肥前・金右衛門船、日向・三右衛門船住吉丸と合流して一緒に帰還。一人になった長平は自殺も考えた。しかし毎日念仏を唱え、海岸を歩くことで体力と精神の安定を確保したという。漂着時には火山の噴火も収まり、火種はなく、アホウドリを海水に付け、生で食べた。
⑧天明8年（1788年）2月1日、肥前国寺江村（現・佐賀県佐賀市諸富町）金右衛門船（850石積、11人乗り、沖船頭・儀三郎）が鳥島に漂着。積み荷は無し。この船は大坂北堀江備前屋亀次郎にチャーターされ、城米回送のため江戸から仙台荒浜に行く途中であった。鳥島で⑦に記載の長平と出会う。船頭代理の忠八は②の遠州新居の筒山五兵衛船③の宮本善八船の居住跡で彼等が書き残した木札を発見する。更に洞窟の中から白骨化した2遺体と鍋、桶なども発見している。在島中に二人が死亡。9人が在島9年4ケ月で次の⑨の日向国中山三右衛門船・住吉丸乗組員とも合流し、一緒に手造り船で帰還。
⑨寛政2年（1790年）正月29日、日向国諸県郡志布志浦（現・鹿児島県志布志市）中山三右衛門船・住吉丸（6人乗り、沖船頭・栄右衛門）が鳥島に漂着。在島中に二人死亡。4人が在島7年5ケ月で、上記記載の⑦の土佐の長平、および⑧の肥前船の9人と一緒に手造りの小船を作った。住吉丸が漂着後に鳥島に漂着物の流木、フイゴを完成、漂着船の錨で釘を作った。船板の間には貝殻を焼いて石灰から漆喰を作成、塗り込む。島の灌木「ぐるみ｝の樹皮で船の帆布を作った。手作りの小船は3年がかりだった。小船を「伊勢丸」と名付け、青ケ島、八丈島経由で帰還。
⑩天保12年（1841年）正月13日、土佐国高岡郡宇佐浦（高知県土佐市宇佐町宇佐）筆之丞漁船（5人乗り）が鳥島に漂着。後にジョン・万次郎と呼ばれる万次郎含めて5人が乗船していた。在島5ケ月でアメリカ捕鯨船ジョン・ハウランド号に救助される。万次郎以外の4人をハワイ・ホノルルに残し、万次郎は米国本土で教育を受ける。嘉永4年（1851年）5人のうち死亡した一人とハワイに残留を決定した一人を除いて3人は琉球沖でボートに乗り換えて帰還した。このボートは万次郎が米国で働き、獲得した資金で購入したボートを持ち込んだもの。
⑪弘化2年（1845年）正月13日、阿波国中野郡撫養（現・徳島県鳴門市撫養町）天野屋兵吉船・幸宝丸（1,200石積、11人乗り、沖船頭・徳之丞）が鳥島に漂着。積み荷は塩・米・藍玉・貝。在島25日で、アメリカ捕鯨船マンハッタン号に救助された。マンハッタン号は太平洋上漂流中の千寿丸乗組員11人も救助していた。弘化2年3月11日、マンハッタン号は浦賀に来航、日本側に引き渡された。幕府は感謝の意味で水、食料を提供した。鎖国政策の終わりが始まっていた。
1，000石積は今の約150トン。沖船頭とは雇われ船頭、直船頭とは船所有者が船頭となる。乗員は通常8人から17人程度、船頭、甲板長、食事係、会計係等が必要だった。当時、船が沈没寸前となると、乗組員はお互いの衣服の袖に綱を通し、お互いの体を結んだ。死ぬときは全員一緒の団結を示す。このことは「船長日記」にも記載されている。
文久3年（1863年）3月24日、日本の捕鯨船「一番丸」が小笠原を出航して鳥島を訪れる。船長はかつて鳥島に漂着した中浜万次郎。島に日本領を示す高札を建てた。高札には「大日本属鳥島・文久三癸亥三月二十四日改建之」と記され、中浜万次郎、林和一郎、松浪権之丞の署名がある。林、松浪は幕府役人である。
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鳥島漂着物語・遠州新居船・鹿丸
写真は鳥島の全景である。
