おいしい、楽しいことも満喫した旅でした。
出会いにも感謝した旅でした。
そんななかで、どうしても見ておかなければいけないんじゃないか・・・。
そんな気持ちが抑えきれなくなってしまった。
街中を走る「Heart Beat Bexi」。
なぜTaxiではなくBexiなのか。
「便利屋タクシー」なんですって。
とても目立つ赤いボディに目立つデザイン。
この車に乗って、気仙沼の今を案内してもらいました。
内陸のほうから、海側に気仙沼に向けて走っていると、
突然、茶色い土がむき出しの場所が現れます。
これが最初の衝撃でした。
そこまでは一見、普通の営みのある、古い家も見受けられる街並みなのです。
海の近くだけど、りっぱな大きな魚市場があります。
しかしそこの壁には・・・中央部分、青い標示が見えるでしょうか。
こういうことなんですよね。
この高さまで波が来た、ではなくて、浸水した、なのです。
5メートルの高さの波が来た、ではなく、水があふれてくる、それもものすごいスピードで、が
イメージしやすいのではないかというお話も聞きました。
今回私がお邪魔していた施設は、こんな立派な道路のわきにあります。
とても広い道路です。
でもそれは、よくよく見ると、周りは空き地であったり、見通しが良すぎるほどの場所に
ある意味、ぽつんと立っているのです。
「昔はぎっしり、家が並んでいたのですよ」とのこと。
安波山(あんばさん)から気仙沼の街を見下ろしてみました。
写真では見えにくいかもしれませんが、
明らかに茶色い部分と、家が立ち並んでいるところに境界線があって
「あそこまで津波が来たんだな」と容易に想像ができる風景に
わけもなく涙があふれました。
もしあの時、難を逃れてここから自分たちの街を飲み込んでいく波を見ていた人がいたら。
街はかさ上げ工事を進めているそうです。
工事中が目立ちます。
いたるところに「ここまで浸水した」の表示があります。
一見無事そうに見える茶色の建物。
近づいてみると、1階部分はぶち抜かれ、壊れていて、
波の爪痕が残っています。
すさまじさを感じさせる、ねじれそのままに
時間を止めてしまった建物もあります。
防潮堤。
命を守るものとして建設中だと思います。
しかしここは、昔から海とともに生き、海の恵みを糧に
海と共存してきた、共存していく土地でもあるのだと思います。
できあがったら、海はまったく見えなくなるのでしょう。
複雑な気もしました。
でも、だったらどうしたらいい?? それにこたえる力を私は持っていない。
気仙沼の今を見たい。そう思った気持ちが揺らぐ。
夜、リハーサルのために訪れた建物。
ここにも「ここまで浸水した」標示。
うっすら色が変わっているのがおわかりになるでしょうか。
そんな爪痕とも、共存していこうとしている、
しかも声高に「困っているんです!!」とはおっしゃらない。
そんな東北の方たちを感じました。
今回の旅行の前には・・・
↑わざわざ本を貸してくれた友人がいました。
NHKにて「来たれ!マグロ漁師」という番組を見たりもした。
⇒こちら
クローズアップされてたかたが、ポスターにもなっていて、
なぜか「この人知ってる!」と親近感を持った。
帰宅後は「サメ特集」がタイムリーに流れていたこともあり、それも録画したり。
旅の前も後も、そんなふうにして何かしらつながっていくのだと思う。
出会いにも感謝した旅でした。
そんななかで、どうしても見ておかなければいけないんじゃないか・・・。
そんな気持ちが抑えきれなくなってしまった。
街中を走る「Heart Beat Bexi」。
なぜTaxiではなくBexiなのか。
「便利屋タクシー」なんですって。
とても目立つ赤いボディに目立つデザイン。
この車に乗って、気仙沼の今を案内してもらいました。
内陸のほうから、海側に気仙沼に向けて走っていると、
突然、茶色い土がむき出しの場所が現れます。
これが最初の衝撃でした。
そこまでは一見、普通の営みのある、古い家も見受けられる街並みなのです。
海の近くだけど、りっぱな大きな魚市場があります。
しかしそこの壁には・・・中央部分、青い標示が見えるでしょうか。
こういうことなんですよね。
この高さまで波が来た、ではなくて、浸水した、なのです。
5メートルの高さの波が来た、ではなく、水があふれてくる、それもものすごいスピードで、が
イメージしやすいのではないかというお話も聞きました。
今回私がお邪魔していた施設は、こんな立派な道路のわきにあります。
とても広い道路です。
でもそれは、よくよく見ると、周りは空き地であったり、見通しが良すぎるほどの場所に
ある意味、ぽつんと立っているのです。
「昔はぎっしり、家が並んでいたのですよ」とのこと。
安波山(あんばさん)から気仙沼の街を見下ろしてみました。
写真では見えにくいかもしれませんが、
明らかに茶色い部分と、家が立ち並んでいるところに境界線があって
「あそこまで津波が来たんだな」と容易に想像ができる風景に
わけもなく涙があふれました。
もしあの時、難を逃れてここから自分たちの街を飲み込んでいく波を見ていた人がいたら。
街はかさ上げ工事を進めているそうです。
工事中が目立ちます。
いたるところに「ここまで浸水した」の表示があります。
一見無事そうに見える茶色の建物。
近づいてみると、1階部分はぶち抜かれ、壊れていて、
波の爪痕が残っています。
すさまじさを感じさせる、ねじれそのままに
時間を止めてしまった建物もあります。
防潮堤。
命を守るものとして建設中だと思います。
しかしここは、昔から海とともに生き、海の恵みを糧に
海と共存してきた、共存していく土地でもあるのだと思います。
できあがったら、海はまったく見えなくなるのでしょう。
複雑な気もしました。
でも、だったらどうしたらいい?? それにこたえる力を私は持っていない。
気仙沼の今を見たい。そう思った気持ちが揺らぐ。
夜、リハーサルのために訪れた建物。
ここにも「ここまで浸水した」標示。
うっすら色が変わっているのがおわかりになるでしょうか。
そんな爪痕とも、共存していこうとしている、
しかも声高に「困っているんです!!」とはおっしゃらない。
そんな東北の方たちを感じました。
今回の旅行の前には・・・
↑わざわざ本を貸してくれた友人がいました。
NHKにて「来たれ!マグロ漁師」という番組を見たりもした。
⇒こちら
クローズアップされてたかたが、ポスターにもなっていて、
なぜか「この人知ってる!」と親近感を持った。
帰宅後は「サメ特集」がタイムリーに流れていたこともあり、それも録画したり。
旅の前も後も、そんなふうにして何かしらつながっていくのだと思う。
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