クラブボクシング@ゴールドジム湘南神奈川

普通、湘南辻堂といえばサーフィンなのにボクシングでひたすら汗を流すオッさん達のうだうだ話!

憲ちゃん物語 完結編

2021年09月24日 | ちっちゃいおっさん

誉くんの家に憲ちゃんがよく遊びに行くようになりました。


だから僕はあまり誉くんちに行かなくなりました。


あまり遊びに行かないものだから、学校帰りに誉くんちの蕎麦屋の前を通り過ぎる度に、色白の綺麗なお母さんが出てきて、「朴くん、この頃、遊びにこないね。妹の麻紀も心配してるから、また来てね。」と言ってくれます。


誉くんの色白で綺麗な顔はお母さん似なんだなぁ、とかぼんやり思いながら会釈して過ぎました。


憲ちゃんがひとりで誉くんちに行くようになってから、憲ちゃんは羽振りが良くなって、僕に奢ってくれるようになりました。


初めは憲ちゃんに奢ってもらったことをお母さんに話していて、お母さんは憲ちゃんのお母さんにお礼したりしていましたが、何度もそれが続くと変に思われて、憲ちゃんは「朴ちゃん、俺が奢ったことを誰にも言うなよ!

言ったら今までのもの全部返してもらうからな!」と無茶苦茶です。


そう言う憲ちゃんの眼はいつも誰かを探っているようにスッと細くなるのでした。


「憲ちゃん、どうして沢山お小遣い持ってるの?」


憲ちゃんは黙って口を利きません。少し怒ったように下を向いています。


「憲ちゃん、もう奢って貰わなくてもいいから、今までの返すよ。お母さんにも話してるし。」


「朴ちゃん、今から誉んち行こうぜ!」

「嫌だよ、行きたいならひとりで行きなよ!」


「朴ちゃん、いいこと教えてやるから、一緒に行こうぜ。な、頼むから!」といつになくへこへこする憲ちゃん。仕方なくお蕎麦屋さんをやっている誉くんちに一緒に行ったのです。


久しぶりに僕が来たので誉くんは嬉しそうで、一緒に漫画を読んだり野球盤やサッカーゲームをしましたが、憲ちゃんは昔からそういうのに興味がなくひとり退屈そうにしていました。


一息ついて誉くんが一階にジュースを取りに行きました。その時、憲ちゃんがムクッと起きてきて


「朴ちゃん、向こうの座敷の部屋見えるだろう?そうそう、タンスの上。フランス人形の横にお酒の瓶があるでしょ。あそこに100円玉が沢山入っててさあ。少し貰って帰ろうぜ!」


「え、何言ってんだよ?それじゃあ泥棒じゃんか!あ、今までのやつ全部誉くんちから盗んだやつだったんだ!」


「そうだよ。沢山あるから一回に一枚二枚全然わからないよ。な、一緒に盗もうぜ!」


そう、今まで憲ちゃんが羽振りが良かったのは友達んちからくすねたお金のためで、知らなかった僕はそのお金を使っていたことになるのでした。悲しいのは憲ちゃんには悪気がないことでした。


「憲ちゃん、お金返しなよ。ないならもうすんなよ。謝れよ。ばれるよこんなことすぐに。」


「バレやしないって、さあ、ちょっと貰って帰ろっと。朴ちゃん誰にも言うなよ。お前だって共犯なんだからな」


「共犯じゃないよ。でも、自首するよ。」

「止めろよ、止めてくれ、」と慌てる憲ちゃんは僕の胸ぐらを掴んできました。あ~

何だか悲しくなって涙が出てきました。


結局、憲ちゃんはひとりで盗んでることが怖くなってきて、僕を巻き込もうとしていたのです。


お酒の瓶に入っていた100円玉が憲ちゃんが遊びに来た日に限って少なくなっていることに誉くんのお父さんもお母さんもとっくに気づいていて、それでも、憲ちゃんがいずれ謝ってくるのを学校にも憲ちゃんちにも言わずに待っていたことを知ったのは中学生になってからでした。僕もそれを聞くまで黙っていました。


あの日、僕に悪事を打ち明け誘い込もうとした日から100円玉が減ることはなかったようです。


僕と誉くんは同じ高校に行き、憲ちゃんは別の高校に行くようになり、高校卒業後、内地の企業に就職し直ぐに結婚したとのことですが、今頃どうしているのかな。


もう50年前のお話でした。