多分これが一番傑作だと思います
油断していたら時が加速したのか、7月も最後の日となっていた。
「好きな季節は?」と聞かれたら、私は迷わず夏と答えるだろう。暑いし蚊も出るし台風も来るけれど、空に浮かぶ大きな入道雲、夜に漂う熱の名残り、そういった夏特有の「空気」が好きだ。遠くに聞こえるひぐらしの鳴き声も良い。あとビールがうまい。
とはいえ、実際に夏が来ると暑いし蚊に刺されるしでたまらないから「ビールはもういいから早く秋にならないかしら、まだかしら」と思ってしまう。そうこうしているうちにお祭りや甲子園、盂蘭盆がひととおり終わって、秋に近づいていく。すると、どこからともなく言いようのない「さみしさ」がやってくるのだ。どうしてだかわからないけれど、夏の終わりがとても好きだし、同時にこの「さみしさ」が少しばかり厭でもある。「早く終わってほしい」「過ぎていく季節が名残惜しい」そういったアンビバレントな気持ちを抱きやすいから、私は夏が好きなのかもしれない。
さて今日紹介するのはShpongle(しゅぽんぐる)という、発音しにくそうで実は発音しやすいイギリスのテクノユニットについて。前作『Tales of the inexpressive』も文句なしの名盤だったけれど、彼らの作品で一番好きなのはこの『Nothing Lasts…But Nothing Is Lost』である。CDのジャケットは気味が悪いものの、内容は素晴らしい作品だ。
彼らの音楽は、大まかな括りではトランステクノになるのだろう。なるのだろうか?なるんだろう、たぶん。打ち込み音楽に詳しくないのでよくわからないが、単純な四つ打ちではないし、ピコピコ音やシンセが常に前面に出るのではなく、リズムや楽器、唄などたくみに民族音楽の要素を取り入れている。そしてそれがごく自然に、現代的なコンピューターを駆使したサウンドと絡み合っている。それが彼らShpongleの最大の特徴であると言えるだろう。
1作目『Are you Shpongled?』は中央アジアから東アジアにかけての音楽を、2作目ではスパニッシュなギターや南米など、いわゆるラテン系のノリが強かった。そして本作は、あえていうならアフリカ音楽の影響が強いように思う。特に中盤にかけて、リズムや楽器、合唱のようなフレーズに色が濃く表れている。ただアルバムによって完全にわかれているわけでもなくいろんなジャンルが複雑に混ざっているから、あくまで「あえて言うなら」という程度だが。
百聞は一聴に如かず。というわけでごたくを並べるよりも聴いてほしい。まず1曲目の「Botanical Dimensions」とM2「Outer Shpongolia」を。Youtubeのリンク画像が怖いのは彼らのせいなのでご容赦いただきたい。
Shpongle - Botanical Dimensions
Shpongle - Outer Shpongolia
一聴してわかると思うが、曲が次から次へと展開してあふれていく。これは音の洪水だ。某彦摩呂氏の言葉を借りるならば「音楽の宝石箱やー!!」という感じか。
銅鑼の音から始まり水が滴る音が流れ、怪しげな声やギターが聞こえてきたかと思うと、少しずつベースラインが近づいてくる。そしてドラムが唐突に始まる。このドラムの入りの部分がとても好きである。こういった目まぐるしい展開が全編にわたって続いている。いったいこの人たちの頭の中はどうなっているのやら。
アルバムの流れは大きく3つにわけられる。今紹介したM1「Botanical Dimensions」からM8「…But Nothing is Lost」まで、ピアノやギターの生音が美しい序盤。それからスローテンポの曲が増え、より民族的なリズム、フレーズの増える中盤がM9「When I Shall Be Free?」からM13「Invocation」まで続く。その後M14「Molecular Superstructure」から最後の「Falling Awake」までが終盤だ。
序盤の流れは完璧と言ってもいいし、後半の「終わりの予感」を漂わせながら、生音とテクノサウンドを融合させて畳みかけてくるさまは、Shpongleならではといったところ。特にスラップベースが地味に格好いい「Turn up Silence」や、深いリバーヴのアルペジオとディストーションギターが響く「The Nebbish Route」、ガットギターの奏でるフレーズが美しい「Falling Awake」が素晴らしい。いくつかここにもリンクを貼っておこう。
Shpongle - Turn Up The Silence
Shpongle - Falling Awake
Shpongleはジョギングをしているときによく聴いている。いろんな音がどんどん流れてくるから集中を要する作業には不向きだが、走るときにはもってこいだ。単調な動作をしていると音楽に集中できるので、彼らの洪水のような音楽を聴いていると全然退屈しないし、あっという間に時間が過ぎていく。夏のさみしさを乗り切るにもちょうどいい一枚だ。時が過ぎていく切なさ、息苦しさを緩和してくれる、語弊があるかもしれないがある種「麻薬」のような音楽だと思う。
彼らの音楽を聴くのは、ガルシア=マルケスの長編小説を読むのにも似ている。何度も読み返さないと全体像が見えてこないし、全体の内容がわかった時はこころの深い部分が動かされる感触がある。かといって全部を読み通さなくても、随所に興味深いエピソードがちりばめられていて、そこだけ取り出して読んでも面白い。まったく出し惜しみがないというか、某彦摩呂氏の言葉を借りるならば「音楽のバーゲンセールやー!!」状態なのである。
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