31話です。
母さんも、平田さんも、広人も、奏太も、もちろん、僕も言葉が出ない。応援スタンドが緊張した雰囲気に包まれ、朝日川工業の応援がはっきり聞こえてくる。みんなが高杉君のすべてを祈る気持ちで見つめている。
四番との対決。素振りをしながら、バッターボックスに入る。二度、三度、体をひねるように回し、威圧するようにバットを高杉君に向け、どっしりと構える。
一球目がストレート。二球目が大きく縦に曲がった変化球。ショートバンドしたボールをキャッチャーが必死に捕球した。一瞬、ひやっとして、スタンドにどよめきが起こった。
カウントはツーボールになる。高杉君は、少し間をとって、首を回し、肩を上下する。
そして、
「カキーン」
大きな当たりがレフトに飛ぶ。恐くて、ボールの行き先を見ることができない。僕は頭を抱えた。大きく悲鳴が聞こえたが、すぐにフェイドアウトした。ゆっくり頭を上げる。
結果は、ボールは右にそれて、ファールだった。応援席のすべて人たちが胸をなでおろしたことだろう。続くボールにも軽く合わせる程度にバットを出し、一塁線のファールとなる。カウントは、ツーボールツーストライクだ。張りつめた空気に胸が押しつぶされそうだ。
「次だな」と思った。聞こえはしなかったけど、高杉君が空に向かって、何か言ったから。投げたボールはストレート。逃げることなく、真っ向勝負のボールを投げた。そして、バッターはそのボールにバットをタイミングぴったりに、コンパクトに振り出された。
バットがボールを捉えるよい音がした。あまりのよい音に、僕は覚悟を決めた。
試合終了のサイレンがなる。そして、アナウンス。
「…北澤高校の栄誉を讃えて、校歌を斉唱します」
守備に立つショートの選手の左を鋭く抜けるかと思われた打球。食らいつく背番号6番。ボールはグローブの中にしっかり収まった。ランナーは大きく飛び出していて、セカンドにボールが送られて、ダブルプレーになった。
「わぁー!」
と歓声。そして、応援スタンドは笑顔に包まれる。隣の人と肩を叩きあったり、握手したり、勝利の喜びに沸き上がる。
校歌が終わって、北澤野球部のメンバーが応援席に挨拶に来ると、スタンドの興奮は最高潮になった。
「おめでとう!」
「よくやった!」
「高杉、最高だ!」
そして、
「ありがとう」僕も手を振りながら、心の中で何度も「ありがとう」と言っていた。
久しぶりですね。29話をアップします。北澤高校の試合が続きます。
「いよいよ、出てきたな」
平田さんがつぶやいた。高杉君は代走だった。僕らのヒーローが今、ついにグランドに帰ってきた。そして、高杉君は、一塁に立ち、自身がホームを駆け抜ける夢を見ている。そして、ここで北澤高校を応援しているみんなが同じ夢を見ている。
みんな立ち上がっての応援だ。
「カキーン」
カウント、ツーボール、ワンストライクから打った四球目の打球は、ライトとセンターの間に落ちる。太鼓の激しい音、全校生徒が叩くメガフォンの響き、そして、応援席からの絶叫。ドキドキしている。胸が張り裂けるくらいドキドキしている。ボールの行方とランナー、高杉君の走る姿の間を僕の視線は、忙しく行ったり来たりしている。
センターがボールに追い付いた時、まず、同点になる。みんなが飛び上がる。サードコーチャーは、高杉君に向かって大きく腕を回している。センターがバックホームする。鋭い返球がセカンドの辺りを通過する。三塁ベースを回った高杉君はホームベースを目指す。
ピッチャーマウンドとホームベースの間でバウンドしたボールは、絶好のコースでキャッチャーミットに飛び込んでいく。高杉君がホームに滑り込む。「セーフ」か、「アウト」か、審判がどちらをコールしても不思議はないタイミングだった。
審判が右手だけを挙げようとする。僕の目の前はスローモーションになった。歓喜が落胆へと急降下しようとした時、キャッチャーミットからボールがこぼれた。審判は、
「セーフ」
大きく手を広げた。応戦席は、この逆転に興奮状態になる。そして、高杉君が逆転のホームを踏んだことを讃える声が沸き立つ。
「いいぞ、高杉!」
「さすが高杉!」
立ち上がった高杉君は応援席の向かって、
「ありがとうございます」
と言わんばかりに拳を高々と挙げた。
「すごいね、高杉君」
広人が高杉君のガッツポーズを見ながら言った。奏太も、
「かっこいいね」
と言いながら、いつまでも拍手している。
「夏まで病院のベットに寝ていた人に思えないわね。スーパーマンだわ」
母さんもつくづく感心したように噛みしめるように言った。
「ホントだ、ホントだ、よくやってくれた。泣けてきたぞ」
平田さんは目を擦る。
高杉君は僕らのヒーローだ。
今日も寒いなあ~明日は、日中に2つの研修会に参加!夜は「還暦ーズ」の演奏。
さて、28話です。
「高杉、出せ!」
誰かが吹奏楽の演奏に負けない声で叫んだ。続いて、また、
「高杉だ!」と大声を出す。
応援のスタンドでは、あの「ウィーウィルウィーウィルロックユー」のメロディーが流れる。
「ズズチャ、ズズチャ、ウィーウィルウィーウィルロックユー」
「高杉!高杉!」
「ズズチャ、ズズチャ、ウィーウィルウィーウィルロックユー」
「高杉!高杉!」
足下が揺れるような重量感あるロックの演奏と「高杉コール」が重なる。誰もが高杉君の登場を期待している。復活の姿を見たいと願っている。
「やっぱり、来てたか?」
声をかけられて、振り向くと平田さんだった。
「いやードキドキだな。勝たせてやりたいなあー」
平田さんは、母さんの横に座って、左右の手を結んで、グランドを見つめて、祈るように言った。九番バッターがネクストボックスから、バッターボックスへと向かう。その時、北澤の監督がベンチから出て、審判に選手の交代を伝えた。
同時に、大きな歓声が上がった。ここからは何て言ったのかはわからない。ベンチから飛び出して来たのは背番号「1」、高杉君だった。
「北澤高校、選手の交代をお知らせします…」
高杉君の名前が告げられると、また、大きな歓声が上がった。
高杉君登場の28話でした。
お正月中、久しぶりに「ひまわりのころ~舞鳥ロックス」を改めて。
自分で言うのも、お恥ずかしいが、意外と面白いと思うんだけどな。
まだの方は、ぜひ!
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よろしくお願いします。
一回戦から夏の大会での決勝の相手、駒川高校と三対四の接戦になったものの、その後三試合は危なげない内容だった。昨日の準決勝も七対一の快勝だった。本当は、今日が決勝のはずだったが、雨のため順延となり、明日、甲子園、夏春連続出場をかけた大一番が行われる。相手は、朝日川工業。打撃中心のチームで準決勝まで、平均得点、十点以上の強敵だ。天気予報は、晴れ。明日は予定通り、決勝が行われることだろう。
僕とヒロト、そして、ソウタも、母さんと一緒に円山球場に応援に行く。
「明日、朝、八時までにはハルキのところに行くようにするよ。父さんが送ってくれるから」
ヒロトと明日の約束をして別れた。学校の駐車場では母さんが僕とソウタの帰りを待っていた。
「明日は、八時にヒロトが来るって」
母さんに告げる。
「みんなで張り切って応援しなきゃね今日もメール来てたわよ」
母さんは、前を見たまま、ポケットから携帯電話を取り出し、助手席の僕に渡した。「なんて書いてある?」
ソウタが後ろの席からのぞき込む。
僕は声に出して、そのメールを読んだ。
『ハルキ君、ソウタ君こんにちは。太鼓、そして、バンド頑張っていますか?僕たちはいよいよ、明日が決勝です。今日は雨のため、室内で軽く最後の調整をしてきました。予選からまだ一度も出番はありませんが、いつでも出られるように準備しています。体調は良好、いつでもいける状態です。応援に来てくれると聞きました。とても心強いです。頑張ります!』
「甲子園、行ってほしいね」
とソウタ。
「みんなで頑張って応援しようね」
と母さん。
そんな二人の言葉に僕は頷いた。
背番号「1」を付けた高杉君がグランドに立つ姿が見たい。