病の神様
2017-06-04 | 日記
というタイトルの本を読んだ。ずっと前に
横尾忠則さんの本だった。
内容はけっこう忘れちゃったけど
横尾さんは体のどこかが痛くなったり具合が悪くなると
大騒ぎするんだけど
なんでそうなったかとか医学的な考察より
ご自身の直観に従って行動してたら
なんでかわからないけど治った。
みたいなエピソードがたくさん出てきて
おもしろかった。
私は喘息持ちです。
去年の夏あたりからは
農作業で汗をかくくらい動くと
たいがい夜には胸がゼロゼロ鳴りだし
咳が止まらなくなる。
子どものころから
大病はしないけど
いつも鼻水ズルズルしてたり
詰まってたりで鼻呼吸ができず
頭はぼーっとしてカスミがかかったようで
気分爽快って時がなかった。
皮膚もいつもかぶれている。
いわゆるアレルギー体質
「これが治ったら
きっともっと動ける
きっと頭もクリアになって
それからが本番なんだ
今はこんなだからダメなんだ」
って思いが
どこか心の奥に
子どものころからずーーーっと
はりついてた。
それが年々
剥がれ落ちてきて
ずいぶん楽になってきた。
治ってないけど
今は「治さなければ」と思わなくなった。
きつかったら休めばいい。
それだけなんだよね。
(今は休むことの罪悪感も薄くなり堂々と休めるようになってきた)
***
ALS(筋萎縮性側索硬化症)のTさんのマッサージを週に一回
もう8、9年くらいさせてもらっている。
Tさんはこだわりが強い。
これはこう!っていう決まりがいろいろあって
(例えば枕はこれとこれを重ねてタオルを3枚敷く、とか
痰取りのチューブは毛布の上にくるように、とかいろいろ)
わたしが間違ったら全力で否定される。
顔の表情筋以外は体はまったく動かず
声もまったく出ないけど
顔の表情と口の動きで
今にも「ちっがーーーう!!!」ってどなり声が聞こえてきそうだ。
しかも枕について言い続けたと思ったら
次の瞬間には足の位置の話に変わってたりして
えー!一つずつ言ってくださいよぉ!
とか言って
言い合ってる(?)ときもあります。
わたしもぶつくさ言いながらも
思ったんだけど
これが
お世話されてる身なんだから
自分ではできないんだから
ほんとはこうしてほしいんだけど我慢しなきゃ。。なんて思われたら
そっちのほうがつらい。嫌だ。
えー、わっかんないよ~って焦るときもあるけど
やっぱり思ったように言ってほしいし
できるだけそれにこたえたい。
Tさんと長くかかわらせてもらってるうちに
なんかいろんなことを教えてもらってる気がする。
だいたい人は そんなたいへんな病気・・
もうあれもこれもできなくなっていく・・
かわいそうに・・
という感じで
言葉失ってしまうんだけど
今日もTさんは
おこったり笑ったり
苦しかったり
眠かったり
きっといろいろ感じたり考えたり
Tさんを生きてる。
「こうじゃなかったら」
っておもってたら
いつまでたっても
本番はやってこないもんね
病気だろうと
障害だろうと
このままで本番
生きればいいやんかー。
ってTさんに教えてもらったきがする。
マッサージしながらテレビ見てて
感動するシーンで
やばい涙出そう、って思って
Tさん見たら
くしゃおじさんみたいな顔して
泣いとるし! 笑
とか
午後のポカポカした病室で
Tさんの腕を握ったまま居眠りしてしまい
カクンっとなったときは
ほっほっほって声が聞こえてきそうな笑い顔だったし
機嫌が良くないときはさよなら言っても知らんふりなんだけど
ある時しつこくさよなら言ったら笑いが漏れ出たり。。。
最近は病状が進行して
表情の動きが小さくなってこられた。
できることはほんとに何もなくて
私は無力なんだけど
一週間のうちのほんのひとときでも
ただ同じ時間を過ごす
それだけなんだけど
それでいいと思っている。
横尾忠則さんの本だった。
内容はけっこう忘れちゃったけど
横尾さんは体のどこかが痛くなったり具合が悪くなると
大騒ぎするんだけど
なんでそうなったかとか医学的な考察より
ご自身の直観に従って行動してたら
なんでかわからないけど治った。
みたいなエピソードがたくさん出てきて
おもしろかった。
私は喘息持ちです。
去年の夏あたりからは
農作業で汗をかくくらい動くと
たいがい夜には胸がゼロゼロ鳴りだし
咳が止まらなくなる。
子どものころから
大病はしないけど
いつも鼻水ズルズルしてたり
詰まってたりで鼻呼吸ができず
頭はぼーっとしてカスミがかかったようで
気分爽快って時がなかった。
皮膚もいつもかぶれている。
いわゆるアレルギー体質
「これが治ったら
きっともっと動ける
きっと頭もクリアになって
それからが本番なんだ
今はこんなだからダメなんだ」
って思いが
どこか心の奥に
子どものころからずーーーっと
はりついてた。
それが年々
剥がれ落ちてきて
ずいぶん楽になってきた。
治ってないけど
今は「治さなければ」と思わなくなった。
きつかったら休めばいい。
それだけなんだよね。
(今は休むことの罪悪感も薄くなり堂々と休めるようになってきた)
***
ALS(筋萎縮性側索硬化症)のTさんのマッサージを週に一回
もう8、9年くらいさせてもらっている。
Tさんはこだわりが強い。
これはこう!っていう決まりがいろいろあって
(例えば枕はこれとこれを重ねてタオルを3枚敷く、とか
痰取りのチューブは毛布の上にくるように、とかいろいろ)
わたしが間違ったら全力で否定される。
顔の表情筋以外は体はまったく動かず
声もまったく出ないけど
顔の表情と口の動きで
今にも「ちっがーーーう!!!」ってどなり声が聞こえてきそうだ。
しかも枕について言い続けたと思ったら
次の瞬間には足の位置の話に変わってたりして
えー!一つずつ言ってくださいよぉ!
とか言って
言い合ってる(?)ときもあります。
わたしもぶつくさ言いながらも
思ったんだけど
これが
お世話されてる身なんだから
自分ではできないんだから
ほんとはこうしてほしいんだけど我慢しなきゃ。。なんて思われたら
そっちのほうがつらい。嫌だ。
えー、わっかんないよ~って焦るときもあるけど
やっぱり思ったように言ってほしいし
できるだけそれにこたえたい。
Tさんと長くかかわらせてもらってるうちに
なんかいろんなことを教えてもらってる気がする。
だいたい人は そんなたいへんな病気・・
もうあれもこれもできなくなっていく・・
かわいそうに・・
という感じで
言葉失ってしまうんだけど
今日もTさんは
おこったり笑ったり
苦しかったり
眠かったり
きっといろいろ感じたり考えたり
Tさんを生きてる。
「こうじゃなかったら」
っておもってたら
いつまでたっても
本番はやってこないもんね
病気だろうと
障害だろうと
このままで本番
生きればいいやんかー。
ってTさんに教えてもらったきがする。
マッサージしながらテレビ見てて
感動するシーンで
やばい涙出そう、って思って
Tさん見たら
くしゃおじさんみたいな顔して
泣いとるし! 笑
とか
午後のポカポカした病室で
Tさんの腕を握ったまま居眠りしてしまい
カクンっとなったときは
ほっほっほって声が聞こえてきそうな笑い顔だったし
機嫌が良くないときはさよなら言っても知らんふりなんだけど
ある時しつこくさよなら言ったら笑いが漏れ出たり。。。
最近は病状が進行して
表情の動きが小さくなってこられた。
できることはほんとに何もなくて
私は無力なんだけど
一週間のうちのほんのひとときでも
ただ同じ時間を過ごす
それだけなんだけど
それでいいと思っている。
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