何もかも、お終いだ……
『今日で山下くんには我社を辞めて頂く。反論を聞く気は無い。今すぐ退社してくれ。』
部長の下山に言われたのは、今から5時間前だった。
今まで会社の為にと、精魂注いで頑張ってきた。
その見返りがこれか?
妻にも娘にも見放され、会社にも見放された。
もう……死ぬしかない…
そう考えた私は、一人、森を歩いていた。
既に、先程まで明るかった日差しは夕暮れに飲み込まれようとしていた。
草木を掻き分ける音と、カラスの鳴き声だけが、辺り一帯に響き渡る……
私が居なくなった所で、誰も私の存在になど気が付くことは無いだろう。
私はもう、血縁者も居ない、ただの一人なのだから………
どれ位、歩いたのだろうか……
森に入ってから、2時間位は経ってるだろうか。
足が疲れた……
もう限界だ…
ふと辺りを見渡すと、そこには巨木を囲む様にして木々が連なっていた。
この巨木を私の墓場としよう……
私は持っていた鞄の中からロープを取り出し、巨木の太い枝にロープを吊すと、ロープに輪を作った。
思い残すことは何も無い…
もう…死にたい……
と、その時
?『まだやり残したことばかりネーッ!!まだ死にたく無いネーーーッ!!』
声のする方を向くと、
黒のスーツ、黒のシルクハット、黒のサングラス、黒の鞄を手にした、全身黒ずくめの中年男性が草木を掻き分け、こちらに向かって来ていた。
その風貌からは、まるで、これから死にゆく私を地獄の底から迎えに来た死神のように私には見
?『んっ?オッサン、こんな所で何してるネッ?』
私『あなたにオッサン言われる筋合いは無いんだが。』
黒ずくめの中年男性は、私の元まで来ると、突然話掛けて来た。
?『いやー、助かたネ。ワタシ、コンビニ行ことして道に迷たアル。コンビニまで連れてくヨロシッ!!』
私『コンビニ行くのに、何で森で迷うんだっ!それに、偉そうだなっ!!』
?『不親切なオッサンネ!!まるで、今から巨木の枝にロープ巻き付けて首を吊って自殺するみたいな格好ネ。さ、コンビニに案内するネッ!!』
私『これから自殺するんだよっ!!だから、偉そうだなっ!!』
なんてことだ…
ひっそりと、誰の目にも付かない場所で孤独に死のうとしていたというのに…
私『だいたい、あんた誰なんだ?放っておいてくれないかっ!!』
?『あぁ、ワタシ、陳ゆうネ。以後ヨロシクネ。』
私『これから自殺するって言ったんだがなっ!!』
黒ずくめの中年男性は、自らを陳と名乗った。
陳『自殺ッ!?何故ネッ、どうしてネッ!?何が悲しくて自殺なんて考えるネッ!!そんなこと考える暇があたら、車の中でサンマを練炭で焼いて食べるヨロシッ!!』
私『それも自殺だよっ!!』
陳『春の味覚ネッ!』
私『秋だよっ!!』
何なんだ、この中年男性は………
私『コンビニに何の用があるんだ?急ぎなのか?』
陳『ッ!!そ、そうネッ、コンビニに野暮用あたネッ!!』
私『急用じゃないのかっ!で、何の用なんだ?』
陳『トイレ借りたいネッ、漏れそうアルヨッ!!』
私『そこら辺でしろっ!!』
そう言うと、陳と名乗る中年男性は遠く離れた所まで行き、しゃがみ込んだ。
何故、死ぬ前に他人の排便シーンに遭遇しなければならないんだ………。
しばらくして、用を足した陳が、呼んでもいないのに私の元へと戻って来た。
陳『いやぁ、待たせたネ。で、どこまで話したアルカ?川からジジイが流れて来た所までは聞いたアル。』
私『そんな話はしていないっ!!これから自殺するんだ私はっ!!』
陳『自殺……アルカ…』
陳の声のトーンが、それまでの甲高い中国人特有のトーンから低くなった。
その低いトーンからは、自殺をするという私の考えに対して、異議を唱えるよ
陳『さっさと死ぬヨロシ。目障りネ。』
私『あんたが目障りなんだよっ!!』
自殺を止める気はサラサラ無いようだ……
陳『残念ネ。とてもハッピーになれるモノ、偶然たまたま意図的に用意してたのにネ。』
私『どっちだっ!!』
その場にしゃがみ込み、陳は持っていた鞄を開け、鞄の中をゴソゴソし始めた。
私『おい、何をしてるんだ?』
陳『くくく、これカ…?』
私の顔を見据えた陳のサングラスが怪しく光る…
その様子を見て、生唾が音を立てて喉を鳴ら
陳『鞄の中をゴソゴソしてる、ネ。見たままネッ。』
私『そーかいっ!!』
どうでもいい…。
もう、人が居ようが居まいが関係無い…。
私は、輪を作ったロープを首にかけようとし
陳『あったネッ!!コレネッ!!』
陳は、いきなり鳥が逃げ出す程の大声をあげた。
驚いた拍子に、ロープが首に食い混みかけた。
私はロープを慌てて外した。
私『殺す気かっ!!』
陳『自殺する違うカ?』
私『……。』
陳『死ぬ前に、コレ試すネ。ハッピーになるネッ!!』
そう言うと、陳は一つの粉薬(こなぐすり)を差し出した。
私『…何だ、コレは…?』
陳『騙されたと思て試すヨロシ。ワタシ、あなたの力になりたいネ。』
私『…仕方ない。頂こう…。』
私は、陳の手から粉薬を受け取ろうとしたが、その手は空を泳いだ……。
陳『誰がタダ言たネ?』
私『くっ、…いくらだ…?』
陳『2万ペソ、ネ。』
私『どこの国の通貨だっ!!』
陳『冗談ネ。2万ウォン、ネ。』
私『日本円で、聞いているんだが。』
陳『2万円ネ。』
私『2万は変わらないのか。』
陳『死ぬ気の人間、金持てても無意味ネッ!さぁ、出すネッ!!』
私『カツアゲかっ!!』
私は、渋々財布から2万円を取り出すと、陳に差し出した。
陳『毎度アリ、ネッ!』
お金を受け取ると、陳は手に持っていた粉薬を……そのまま……自分の懐へ…
私『よこせっ!!』
陳の手元から粉薬を奪い取った。
陳『その粉薬、とてもハッピーな薬ネッ。それ飲んで、自殺する気持ち、無くなるといいネ。』
私『陳さん……。あなた………。ありがとう…。』
陳『お礼は不要ネ。では、ワタシはこれにて失礼するネ。明るい未来が訪れること祈てるネ。まったく、今日もいい天気ネ…。』
それだけ言うと、
既に暗闇に覆われた森の中を、来た方角とは真逆の方向へと陳は歩いて行った。
気が付くと、私は陳の姿を目で追っていた。
謎な男性だった。
謎の行商人……、か。
私はローブから手を離すと、買い取った粉薬を口に含み、唾液を溜めて飲み込んだ。
ハッピーな薬とは一体どの様な効果なのだろうか…
明子『お父さんっ!来週、父兄参観なんだけど、来られるよねっ?』
私『あぁ、行くとも。会社には休みを貰っておくよ。今まで行ってやれなくてゴメンな、明子。』
明子『絶対だよっ!!お母さーん、お父さん、父兄参観来てくれるって!!』
洋子『良かったわね、明子。今までお父さんに授業風景見せたかったのよね。あなた、約束、破ったらダメだからね。』
私『分かってるよ。』
あの日、陳という男性に出会っていなければ、今という日は訪れていなかっただろう。
結局、粉薬の効能は分からなかったが、
粉薬を飲んでから自宅に戻ると、妻と娘が戻って来ていた。
私は、もう一度、家族三人でやり直すことを誓った。
再就職は中々難しかったが、何とか今の会社に就く事が出来た。
以来、幸せな日々を送っている。
2万円にしては、この幸せは安すぎるよ、陳さん……………。
……ありがとう………
その頃………
『ここはドコネーッ!道に迷たネーーーーッ!!』
暗い森の奥深くに、一人の男性の声が響き渡った…。
『今日で山下くんには我社を辞めて頂く。反論を聞く気は無い。今すぐ退社してくれ。』
部長の下山に言われたのは、今から5時間前だった。
今まで会社の為にと、精魂注いで頑張ってきた。
その見返りがこれか?
妻にも娘にも見放され、会社にも見放された。
もう……死ぬしかない…
そう考えた私は、一人、森を歩いていた。
既に、先程まで明るかった日差しは夕暮れに飲み込まれようとしていた。
草木を掻き分ける音と、カラスの鳴き声だけが、辺り一帯に響き渡る……
私が居なくなった所で、誰も私の存在になど気が付くことは無いだろう。
私はもう、血縁者も居ない、ただの一人なのだから………
どれ位、歩いたのだろうか……
森に入ってから、2時間位は経ってるだろうか。
足が疲れた……
もう限界だ…
ふと辺りを見渡すと、そこには巨木を囲む様にして木々が連なっていた。
この巨木を私の墓場としよう……
私は持っていた鞄の中からロープを取り出し、巨木の太い枝にロープを吊すと、ロープに輪を作った。
思い残すことは何も無い…
もう…死にたい……
と、その時
?『まだやり残したことばかりネーッ!!まだ死にたく無いネーーーッ!!』
声のする方を向くと、
黒のスーツ、黒のシルクハット、黒のサングラス、黒の鞄を手にした、全身黒ずくめの中年男性が草木を掻き分け、こちらに向かって来ていた。
その風貌からは、まるで、これから死にゆく私を地獄の底から迎えに来た死神のように私には見
?『んっ?オッサン、こんな所で何してるネッ?』
私『あなたにオッサン言われる筋合いは無いんだが。』
黒ずくめの中年男性は、私の元まで来ると、突然話掛けて来た。
?『いやー、助かたネ。ワタシ、コンビニ行ことして道に迷たアル。コンビニまで連れてくヨロシッ!!』
私『コンビニ行くのに、何で森で迷うんだっ!それに、偉そうだなっ!!』
?『不親切なオッサンネ!!まるで、今から巨木の枝にロープ巻き付けて首を吊って自殺するみたいな格好ネ。さ、コンビニに案内するネッ!!』
私『これから自殺するんだよっ!!だから、偉そうだなっ!!』
なんてことだ…
ひっそりと、誰の目にも付かない場所で孤独に死のうとしていたというのに…
私『だいたい、あんた誰なんだ?放っておいてくれないかっ!!』
?『あぁ、ワタシ、陳ゆうネ。以後ヨロシクネ。』
私『これから自殺するって言ったんだがなっ!!』
黒ずくめの中年男性は、自らを陳と名乗った。
陳『自殺ッ!?何故ネッ、どうしてネッ!?何が悲しくて自殺なんて考えるネッ!!そんなこと考える暇があたら、車の中でサンマを練炭で焼いて食べるヨロシッ!!』
私『それも自殺だよっ!!』
陳『春の味覚ネッ!』
私『秋だよっ!!』
何なんだ、この中年男性は………
私『コンビニに何の用があるんだ?急ぎなのか?』
陳『ッ!!そ、そうネッ、コンビニに野暮用あたネッ!!』
私『急用じゃないのかっ!で、何の用なんだ?』
陳『トイレ借りたいネッ、漏れそうアルヨッ!!』
私『そこら辺でしろっ!!』
そう言うと、陳と名乗る中年男性は遠く離れた所まで行き、しゃがみ込んだ。
何故、死ぬ前に他人の排便シーンに遭遇しなければならないんだ………。
しばらくして、用を足した陳が、呼んでもいないのに私の元へと戻って来た。
陳『いやぁ、待たせたネ。で、どこまで話したアルカ?川からジジイが流れて来た所までは聞いたアル。』
私『そんな話はしていないっ!!これから自殺するんだ私はっ!!』
陳『自殺……アルカ…』
陳の声のトーンが、それまでの甲高い中国人特有のトーンから低くなった。
その低いトーンからは、自殺をするという私の考えに対して、異議を唱えるよ
陳『さっさと死ぬヨロシ。目障りネ。』
私『あんたが目障りなんだよっ!!』
自殺を止める気はサラサラ無いようだ……
陳『残念ネ。とてもハッピーになれるモノ、偶然たまたま意図的に用意してたのにネ。』
私『どっちだっ!!』
その場にしゃがみ込み、陳は持っていた鞄を開け、鞄の中をゴソゴソし始めた。
私『おい、何をしてるんだ?』
陳『くくく、これカ…?』
私の顔を見据えた陳のサングラスが怪しく光る…
その様子を見て、生唾が音を立てて喉を鳴ら
陳『鞄の中をゴソゴソしてる、ネ。見たままネッ。』
私『そーかいっ!!』
どうでもいい…。
もう、人が居ようが居まいが関係無い…。
私は、輪を作ったロープを首にかけようとし
陳『あったネッ!!コレネッ!!』
陳は、いきなり鳥が逃げ出す程の大声をあげた。
驚いた拍子に、ロープが首に食い混みかけた。
私はロープを慌てて外した。
私『殺す気かっ!!』
陳『自殺する違うカ?』
私『……。』
陳『死ぬ前に、コレ試すネ。ハッピーになるネッ!!』
そう言うと、陳は一つの粉薬(こなぐすり)を差し出した。
私『…何だ、コレは…?』
陳『騙されたと思て試すヨロシ。ワタシ、あなたの力になりたいネ。』
私『…仕方ない。頂こう…。』
私は、陳の手から粉薬を受け取ろうとしたが、その手は空を泳いだ……。
陳『誰がタダ言たネ?』
私『くっ、…いくらだ…?』
陳『2万ペソ、ネ。』
私『どこの国の通貨だっ!!』
陳『冗談ネ。2万ウォン、ネ。』
私『日本円で、聞いているんだが。』
陳『2万円ネ。』
私『2万は変わらないのか。』
陳『死ぬ気の人間、金持てても無意味ネッ!さぁ、出すネッ!!』
私『カツアゲかっ!!』
私は、渋々財布から2万円を取り出すと、陳に差し出した。
陳『毎度アリ、ネッ!』
お金を受け取ると、陳は手に持っていた粉薬を……そのまま……自分の懐へ…
私『よこせっ!!』
陳の手元から粉薬を奪い取った。
陳『その粉薬、とてもハッピーな薬ネッ。それ飲んで、自殺する気持ち、無くなるといいネ。』
私『陳さん……。あなた………。ありがとう…。』
陳『お礼は不要ネ。では、ワタシはこれにて失礼するネ。明るい未来が訪れること祈てるネ。まったく、今日もいい天気ネ…。』
それだけ言うと、
既に暗闇に覆われた森の中を、来た方角とは真逆の方向へと陳は歩いて行った。
気が付くと、私は陳の姿を目で追っていた。
謎な男性だった。
謎の行商人……、か。
私はローブから手を離すと、買い取った粉薬を口に含み、唾液を溜めて飲み込んだ。
ハッピーな薬とは一体どの様な効果なのだろうか…
明子『お父さんっ!来週、父兄参観なんだけど、来られるよねっ?』
私『あぁ、行くとも。会社には休みを貰っておくよ。今まで行ってやれなくてゴメンな、明子。』
明子『絶対だよっ!!お母さーん、お父さん、父兄参観来てくれるって!!』
洋子『良かったわね、明子。今までお父さんに授業風景見せたかったのよね。あなた、約束、破ったらダメだからね。』
私『分かってるよ。』
あの日、陳という男性に出会っていなければ、今という日は訪れていなかっただろう。
結局、粉薬の効能は分からなかったが、
粉薬を飲んでから自宅に戻ると、妻と娘が戻って来ていた。
私は、もう一度、家族三人でやり直すことを誓った。
再就職は中々難しかったが、何とか今の会社に就く事が出来た。
以来、幸せな日々を送っている。
2万円にしては、この幸せは安すぎるよ、陳さん……………。
……ありがとう………
その頃………
『ここはドコネーッ!道に迷たネーーーーッ!!』
暗い森の奥深くに、一人の男性の声が響き渡った…。