食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

1・3 家畜は肉の貯蔵庫(1)草原の動物たちの家畜化

2019-11-28 18:20:11 | 第一章 先史時代の食の革命
農耕の開始から少し遅れて家畜の飼育(牧畜)が始まったと考えられている。牧畜は、それまでは狩猟で得ていた動物の肉をいつでも食べられるように生み出された。牧畜の開始から少しして、家畜の乳を利用することも始まった。

肉や乳には動物が生きるために必須の栄養素であるタンパク質が豊富に含まれている。穀物や果実などの植物性食品にもタンパク質は含まれているが、肉や乳に比べると圧倒的に少ない。このため、家畜はタンパク質の貯蔵庫としての重要な役割を果たしていたと言える。

草原の動物たちの家畜化
ヤギやヒツジ、ウシが食べる牧草のほとんどが雑草だ。例えば、現在牧草としてよく栽培されているイネ科のチモシーやマメ科のクローバーは、野原などに普通に見られる雑草だ。

そして、ヤギ・ヒツジ・ウシはすべて「反芻動物」だ。反芻動物は四つの胃を持ち、口で咀嚼したものを第1胃と第2胃に送って部分的に消化した後、再び口に戻して咀嚼するという作業を繰り返す。この過程で、植物繊維(セルロース)を胃の中にいる微生物によって分解してもらう。その後、食べ物は第3胃を経て第4胃に送られると、増殖した微生物も一緒に胃の消化酵素によって消化されて吸収される。こうして反芻動物は、私たちが食べられない雑草から効率的に栄養を獲得することができるのだ。

人類にとってヤギやヒツジ、ウシの先祖は草原で見慣れた動物で、狩りの対象だった。そして人類は、これらの動物を子供のうちに捕まえて雑草を与えておけば、やがて成長してたくさんの肉になることに気づいたのだろう。

また、動物は子供の頃から育てると、人になつきやすい。例えば、人を襲うオオカミでも、小さい頃から育てるとイヌのように飼い主になつくそうだ。人になつくと、当然飼育しやすくなる。

このような理由から、野生動物の子供を囲い込むことで家畜化が始まったと推測される。

囲い込んだ動物に与える餌には、雑草のほかに収穫したムギやイネなどから種子を除いた藁(わら)も含まれていたはずだ。このように反芻動物は人間と食べ物を競合しないし、不必要な藁を餌に利用できるという点で家畜にするには格好の動物だった。

やがて人類は、オスとメスを交配させて子供を産ませることを始めたと考えられる。そして、より扱いやすい個体や太りやすい個体を選び出して繁殖を重ねることで、人類にとって好ましい動物に改良して行った。これが家畜化の過程だ。

農耕が始まって1000年ほどたってから、ヤギやヒツジ、ウシなどが家畜化されて飼育されるようになった。最初は肉を得るために家畜を飼育していたが、やがて乳や毛などの利用価値にも気がついて家畜の用途は広がって行く。そして家畜は人類にとってなくてはならない存在になった。

その結果、家畜化された動物たちは、人類とともにその数を増やして行くことになる。ちなみに、現代における地球上のウシの総重量は人類の総重量よりも大きいことが、現代社会におけるウシの重要性を物語っている。

トウモロコシとジャガイモの栽培化ー1・2人類は雑草を進化させて穀物を生み出した(8)

2019-11-28 12:05:56 | 第一章 先史時代の食の革命
トウモロコシとジャガイモの栽培化
朝採りのトウモロコシの実には糖分がしっかりたまっていて、焼いてもゆがいても甘くてとても美味しい。醤油とバターの焼きトウモロコシにすると、トウモロコシの甘さに醤油の香ばしさとバターの風味がマッチして、格別の美味しさだ。

この愛すべきトウモロコシは約9000年前にメキシコのバルサス川流域で、雑草だったテオシントというイネ科の雑草から栽培化によって進化したと推測されている(図表6)。テオシントの穀粒は硬い皮によっておおわれているが、トウモロコシではその皮が無くなって食べやすくなった。また、十粒程度の穀粒しか実らないテオシントに比べて、栽培化された当初のトウモロコシは数十粒もの穀粒を持つようになった。今では品種改良が進み、穀粒は数百粒に増えている。


トウモロコシは、メキシコ高地から北米やカリブの島々、アンデス山脈に広がって行き、約7000年前までには南北アメリカ大陸の主要農産物となった。

トウモロコシの穀粒を石灰水で煮てからつぶすと粘りが出る。それを薄く広げて焼いたものをトルティーヤと呼び、トルティーヤで具を包んだものがタコスである。現代ではタコスはメキシコを代表する料理になっている。

一方、ジャガイモは、南米ペルーのティティカカ湖畔を中心とする中央アンデス高地(図表6)が発祥の地と考えられているが、栽培化の過程については詳しく分かっていない。最も近縁の野生種であるアウカレが人の生活環境に好んで生息する雑草であることから、ジャガイモの祖先も同じように、人の住居の近くに生えていた雑草であったと考えられている。

ジャガイモはトマトやナスなどと同じナス科の植物であるが、他のナス科の作物と異なり、地下茎に大量のデンプンを蓄える。近縁種のアウカレの地下茎には毒であるアルカロイドのソラニンが大量に含まれている。ジャガイモも当初は相当量のソラニンを含んでいたと思われるが、栽培化や品種改良によってソラニンの少ないものが選択されて行ったと考えられている。しかし、現代のジャガイモでも、芽や日に当たって緑化した部分にはソラニンが作られるので注意が必要だ。

大航海時代に入って、トウモロコシやジャガイモは他のアメリカ大陸原産の植物と一緒にヨーロッパに渡り、人類史に大きな影響を及ぼす存在になって行く。

ダイズの栽培化ー1・2人類は雑草を進化させて穀物を生み出した(7)

2019-11-28 08:12:00 | 第一章 先史時代の食の革命
ダイズの栽培化
ダイズから作られる豆乳や豆腐などは健康的な食品として海外でも人気だ。また、ダイズに含まれるイソフラボンは女性ホルモンに似た作用を示すため、閉経後の女性がダイズ製品を多く摂取すると、更年期障害や骨粗鬆症を軽減する効果があると言われている。

ダイズはツルマメと呼ばれる東アジア原産の植物から、約5000年前に栽培化された。ツルマメは現代でも日本各地の野原で見かける雑草で、日本もダイズの起源地の一つと考えられている。

古来、日本ではダイズは五穀の一つとして重要な作物とされてきた。特に、味噌や醤油の原料として和食では無くてはならないものだ。一方、古代の中国ではダイズの地位は低く、貧乏人が食べる下等な作物だった。

ところで、マメ科植物は根粒菌と呼ばれる細菌を根の中に囲い込むことで、空気中の窒素を栄養素として利用することができる。このため、マメ科植物はやせた土壌でも生育することが可能だ。草原では、イネ科植物はマメ科植物から窒素化合物をもらって生育している。そこで、牧草地を作るときにはイネ科とマメ科の植物の種を混合してまいている。