食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

乳の利用ー1・3家畜は肉の貯蔵庫(4)

2019-11-30 14:06:47 | 第一章 先史時代の食の革命
乳の利用
ここで、乳の利用について考えてみよう。

乳は、哺乳類が生まれた子を育てるために乳首から分泌される液体だ。生まれたばかりの子供は乳だけで育てられることから、乳には子の生存と発育に必要なすべての栄養素が含まれている。このため乳は「完全栄養食」と呼ばれることもあり、人類が家畜の乳に目を付けたのは大正解だったと言える。まさしく、食の革命の一つだ。
ところで、乳は水分が多く高栄養のために腐敗しやすい。そこで、余った乳を保存するための加工技術が生まれた。その中で最も古いものが「乳酸菌」を用いた発酵だ。

乳酸菌は身のまわりに普通に見られる微生物だ。乳酸菌は糖類から乳酸を作ることで身のまわりを酸性化させ、他の微生物が繁殖するのを防いでいる。このため、乳酸発酵させた食品は比較的長期にわたって保存できる。

乳酸発酵によって乳が酸性化すると、タンパク質が変性してかたまり、ドロッとした状態になる。これが発酵乳だ。発酵乳を静置しておくと、透明な液と白い塊の二層に分かれる。上層の透明な液体は乳清(ホエイ)と呼ばれ、現代ではプロテインサプリメントの原料になるなど高濃度のタンパク質を含んでいる。一方、白い塊の下層は、いわゆるヨーグルトだ。

乳製品の代表であるチーズは、発酵乳にレンネットと呼ばれるタンパク質分解酵素を作用させることで作り出された。哺乳中の反芻動物の子供の第四胃にレンネットが含まれており、この第四胃の断片を発酵乳に投入すると繊維状のタンパク質が生成される。これらが集まって沈殿したものを固めるとフレッシュチーズができる。
さらに、フレッシュチーズを塩水につけ、細菌やカビなどによって発酵・熟成させて様々なタイプのチーズを作る。チーズ作りは西アジアで始まり、ヨーロッパ、東アジア、北アフリカへと伝えられたと考えられている。

さらに、寒冷地では乳脂肪分がかたまりやすくなるため、バターが作られた。搾った乳を放置しておくと、表面に脂肪分の多いクリームの層ができる。これを攪拌すると脂肪分が集まりバターができる。

ところで、哺乳類の乳の中には「乳糖」と呼ばれる糖類が含まれている。この乳糖がくせ者だ。人類が動物の乳を飲み始めた頃は、ほとんどの大人は乳糖を消化することができなかったのだ。乳糖を分解する酵素のラクターゼが乳児期にしか存在しないからだ。このため、大人が大量の生乳を飲むとお腹がゴロゴロして下痢をしてしまう。

ところが、乳の利用が広まるにつれて、大人になってもラクターゼを持つ人が増えて行った。人間も乳の登場によって進化したということだ。こうして、ヨーロッパなどでは、ほとんどの大人が乳糖を消化することができるようになった。

一方、牛乳を飲んでこなかった日本などの東アジアでは大人でラクターゼを持つ人は少なく、大量の牛乳を飲むと下痢をしてしまう人が多い。ただし、ヨーグルトやチーズでは乳糖が乳酸菌で分解されているため、食べても平気だ。これらの乳製品が開発されたのも、乳をそのまま飲むのが難しかったからかもしれない。


ヤギ・ヒツジ・ウシの家畜化ー1・3家畜は肉の貯蔵庫(3)

2019-11-29 21:54:09 | 第一章 先史時代の食の革命
ヤギ・ヒツジ・ウシの家畜化
ヤギとヒツジの家畜化は、約8000年前から開始されたと考えられている。

野生のヤギとヒツジはおとなしい性格であったため、家畜化にはそれほど大きな苦労はなかったであろう。家畜化によって、ヤギとヒツジの体格は小さくなった。

ヤギの家畜化は西アジアのいくつかの地域で独立して進んだ。一方、ヒツジの家畜化は、肥沃な三日月地帯内の山脈のすそ野で進行したと考えられている。

家畜化されたヤギは、最初は肉を得るために飼われていた。ところが、しばらくして人類が乳の有用性に気がついた。つまり、ヤギを生かし続ければ、乳を継続して収穫できるのだ。こうしてヤギは搾乳が行われた最初の家畜になり、よりたくさんの乳を出す品種が選択されて行ったのだろう。チーズやバターなどもヤギの乳から発明された。

一方、ヒツジも当初は肉を得るために飼われていたが、やがて毛の利用が広がった。その後も長い年月をかけて、より良い羊毛を得るための改良が進み、ウールと呼ばれる短く柔らかい毛を多く持つ品種が開発された。

ウシの家畜化は、ヤギやヒツジに比べて1000年以上遅れたと考えられている。ウシの先祖はオーロックスと言う動物で、約1万5000年前のフランスのラスコー洞窟の壁画にも描かれている(図表7)。オーロックスはウシよりも体が大きく、長い角を持っていた。また、どう猛な性格であった。このため、家畜化が遅れたのだろう。


オーロックスはアジア、ヨーロッパ、北アフリカなどの広い範囲に分布していたが、家畜化は西アジアとインドで独立して行われたと考えられている。

ウシも初めは肉や皮を取るために飼育されたが、得られる乳の量がヤギやヒツジよりずっと多いため、牛乳の利用が進んだ。また、後には、農作業や運搬に使用されるようになり、ウシの大きな力が人々の生活に無くてはならないものになって行く。

家畜化された当初のヤギ・ヒツジ・ウシは現代種よりもかなり小型だった。その後、より多くの肉や乳などを得るために品種改良が進められた結果、体が次第に大型化したと考えられる。

家畜化症候群ー1・3家畜は肉の貯蔵庫(2)

2019-11-29 08:31:23 | 第一章 先史時代の食の革命
家畜化症候群
雑草の栽培化と同じように、家畜化にともなって動物に大きな変化が生じる。つまり、家畜化にともなって、「体格の縮小」「垂れ耳や白い斑点の出現」「鼻先(吻(ふん))の短縮」「尾の巻き上がり」「脳容量の減少」などの特有の変化が現れるのだ。このような変化を「家畜化症候群」と呼ぶ。

 家畜化症候群に関しては、1959年からシベリアで始まった実験が有名だ。
ドミトリ・ベリャーエフという研究者は、野生のギンギツネを集め、その中から人に対する敵対心や警戒心が少ないものを選び出し交配を行った。その後も、生まれた子供たちの中で、さらに敵対心や警戒心が少ないものを選び出し、交配するという作業を続けたのだ。

その結果、ギンギツネに衝撃的な変化が現れた。

驚いたことに、通常は人間を見ると唸り声をあげるギンギツネが、10世代くらい後には、人に対して尾を振りながら近づいてきて手をなめるなど、まるで犬のような行動を取るようになってきたのだ。

また、性格だけを基準に選別を繰り返していただけなのに、家畜化症候群に特有の外見の変化が生じた。つまり、体格が小さくなり、耳が垂れ、毛皮に白い斑紋が現れ、吻が小さくなり、尾がカールした。さらに、野生では単独行動をするギンギツネが、群れをつくるようになった。今ではこのギンギツネの子孫たちは、「ナレギツネ」という名称でペットとして売られている。

それでは、どうして家畜化にともなって、このような広範囲の変化が生じるのだろうか。

実はこの問題は、進化論の創始者チャールズ・ダーウィンをも悩ませた。生存に有利(この場合は人間にとって有利)な形質が進化の過程で選択されるというダーウィンの説では、役に立ちそうにない垂れ耳や白斑などの出現を説明することができないからだ。

現在の有力な説として「神経堤(てい)細胞」の関与を家畜化症候群の原因とするものがある。

神経堤細胞は、受精卵が発生を始めて少ししてから一時的に出現する細胞で、体内のあちこちに移動して様々な細胞に変化する。その中には、末梢神経の細胞や、ストレスホルモンを分泌する副腎の細胞、顔の骨や軟骨を作る細胞、メラニン色素を作る細胞などがある。もし、神経堤細胞に何らかの変化が生じると、これらの細胞のすべてに影響が及ぶと考えられる。つまり、末梢神経や副腎の細胞の変化によって人になつきやすい性格になり、骨や軟骨を作る細胞の変化によって吻が小さくなるとともに耳が垂れ、メラニン色素を作る細胞の変化によって白斑が生じるということだ。

実際に、オオカミと、オオカミから家畜化したイヌの遺伝子の違いを調べた研究では、神経堤細胞で働く遺伝子に違いがあることが明らかになっている。

1・3 家畜は肉の貯蔵庫(1)草原の動物たちの家畜化

2019-11-28 18:20:11 | 第一章 先史時代の食の革命
農耕の開始から少し遅れて家畜の飼育(牧畜)が始まったと考えられている。牧畜は、それまでは狩猟で得ていた動物の肉をいつでも食べられるように生み出された。牧畜の開始から少しして、家畜の乳を利用することも始まった。

肉や乳には動物が生きるために必須の栄養素であるタンパク質が豊富に含まれている。穀物や果実などの植物性食品にもタンパク質は含まれているが、肉や乳に比べると圧倒的に少ない。このため、家畜はタンパク質の貯蔵庫としての重要な役割を果たしていたと言える。

草原の動物たちの家畜化
ヤギやヒツジ、ウシが食べる牧草のほとんどが雑草だ。例えば、現在牧草としてよく栽培されているイネ科のチモシーやマメ科のクローバーは、野原などに普通に見られる雑草だ。

そして、ヤギ・ヒツジ・ウシはすべて「反芻動物」だ。反芻動物は四つの胃を持ち、口で咀嚼したものを第1胃と第2胃に送って部分的に消化した後、再び口に戻して咀嚼するという作業を繰り返す。この過程で、植物繊維(セルロース)を胃の中にいる微生物によって分解してもらう。その後、食べ物は第3胃を経て第4胃に送られると、増殖した微生物も一緒に胃の消化酵素によって消化されて吸収される。こうして反芻動物は、私たちが食べられない雑草から効率的に栄養を獲得することができるのだ。

人類にとってヤギやヒツジ、ウシの先祖は草原で見慣れた動物で、狩りの対象だった。そして人類は、これらの動物を子供のうちに捕まえて雑草を与えておけば、やがて成長してたくさんの肉になることに気づいたのだろう。

また、動物は子供の頃から育てると、人になつきやすい。例えば、人を襲うオオカミでも、小さい頃から育てるとイヌのように飼い主になつくそうだ。人になつくと、当然飼育しやすくなる。

このような理由から、野生動物の子供を囲い込むことで家畜化が始まったと推測される。

囲い込んだ動物に与える餌には、雑草のほかに収穫したムギやイネなどから種子を除いた藁(わら)も含まれていたはずだ。このように反芻動物は人間と食べ物を競合しないし、不必要な藁を餌に利用できるという点で家畜にするには格好の動物だった。

やがて人類は、オスとメスを交配させて子供を産ませることを始めたと考えられる。そして、より扱いやすい個体や太りやすい個体を選び出して繁殖を重ねることで、人類にとって好ましい動物に改良して行った。これが家畜化の過程だ。

農耕が始まって1000年ほどたってから、ヤギやヒツジ、ウシなどが家畜化されて飼育されるようになった。最初は肉を得るために家畜を飼育していたが、やがて乳や毛などの利用価値にも気がついて家畜の用途は広がって行く。そして家畜は人類にとってなくてはならない存在になった。

その結果、家畜化された動物たちは、人類とともにその数を増やして行くことになる。ちなみに、現代における地球上のウシの総重量は人類の総重量よりも大きいことが、現代社会におけるウシの重要性を物語っている。

トウモロコシとジャガイモの栽培化ー1・2人類は雑草を進化させて穀物を生み出した(8)

2019-11-28 12:05:56 | 第一章 先史時代の食の革命
トウモロコシとジャガイモの栽培化
朝採りのトウモロコシの実には糖分がしっかりたまっていて、焼いてもゆがいても甘くてとても美味しい。醤油とバターの焼きトウモロコシにすると、トウモロコシの甘さに醤油の香ばしさとバターの風味がマッチして、格別の美味しさだ。

この愛すべきトウモロコシは約9000年前にメキシコのバルサス川流域で、雑草だったテオシントというイネ科の雑草から栽培化によって進化したと推測されている(図表6)。テオシントの穀粒は硬い皮によっておおわれているが、トウモロコシではその皮が無くなって食べやすくなった。また、十粒程度の穀粒しか実らないテオシントに比べて、栽培化された当初のトウモロコシは数十粒もの穀粒を持つようになった。今では品種改良が進み、穀粒は数百粒に増えている。


トウモロコシは、メキシコ高地から北米やカリブの島々、アンデス山脈に広がって行き、約7000年前までには南北アメリカ大陸の主要農産物となった。

トウモロコシの穀粒を石灰水で煮てからつぶすと粘りが出る。それを薄く広げて焼いたものをトルティーヤと呼び、トルティーヤで具を包んだものがタコスである。現代ではタコスはメキシコを代表する料理になっている。

一方、ジャガイモは、南米ペルーのティティカカ湖畔を中心とする中央アンデス高地(図表6)が発祥の地と考えられているが、栽培化の過程については詳しく分かっていない。最も近縁の野生種であるアウカレが人の生活環境に好んで生息する雑草であることから、ジャガイモの祖先も同じように、人の住居の近くに生えていた雑草であったと考えられている。

ジャガイモはトマトやナスなどと同じナス科の植物であるが、他のナス科の作物と異なり、地下茎に大量のデンプンを蓄える。近縁種のアウカレの地下茎には毒であるアルカロイドのソラニンが大量に含まれている。ジャガイモも当初は相当量のソラニンを含んでいたと思われるが、栽培化や品種改良によってソラニンの少ないものが選択されて行ったと考えられている。しかし、現代のジャガイモでも、芽や日に当たって緑化した部分にはソラニンが作られるので注意が必要だ。

大航海時代に入って、トウモロコシやジャガイモは他のアメリカ大陸原産の植物と一緒にヨーロッパに渡り、人類史に大きな影響を及ぼす存在になって行く。