#亜人
『亜人』を観てきた。
作品から少し離れた話。
『亜人』探究心について。
純粋科学的好奇心。
北神伝綺。木島日記。
学窓会。
無論、これらは全て作り物。人体実験、非人道的社会実験、何でもあり。
「実際の人間で実験を行う。これはやってみたい行為だ」
純粋な好奇心で、人は人を丸太としか見れなくなる。
ナチス・ドイツのヨーゼフ・メンゲレの人体実験。
大日本帝国の九州大学生体解剖事件。
アメリカのMKウルトラ計画や原爆学級。
よくよく考えたら、今みんながやっている予防接種だって最初は人体実験だ。
亜人と呼ばれる人種が本当に現れたとして、
何をしても死なず。傷ついても死ねばリセットされる、その体質。
ミンチになっても死なない。
粉微塵にされても死なない。そして、リモートで動く分身を発動させる能力。
彼らを目の前にして、科学はそして科学者は、実験をやめることが出来るだろうか。
丸太として見ることしかできなくならないだろうか。
「彼らを研究すれば、今、あなたの病を治す薬が出来ます」
そう言われて、研究の支援をやめられるだろうか?
あなた、を、あなたの子供、に置き換えたらどうだろうか?
「彼らは何をしても死にません。病気に感染したとしても、殺してしまえば元に戻るんです」
どうだろうか?
亜人を最初から人としてみていれば、人として社会が飲み込んでいれば、この作品のような事態は起きなかった。
亜人などという便利な存在はおそらく存在しない。今後生まれることもない。
でも、亜人たちを「社会的に認めない」という感覚は絶対に消えない。
最近話題になっている、学生の頭髪の色の問題。些細な、いや些末な事かもしれないけれど、あれだって「社会的に認めない」の問題だ。だって、「頭髪を染めることを禁じる」校則が「黒髪にするために染める」というところまで陥ってしまっている。
もっと怖いなと思うのは、問題になっている髪の色を持つ子を誰も支援しない子どもたちだ。
「彼女が黒に染めるなら、私は茶色に染めます」「じゃぁ、僕は坊主にします」ぐらい言ってもいいと思う。
思考停止という言葉を大げさに使うけれど、要は日本のムラ社会が問題なだけだ。
そうして、「社会的に認めない」に当てはめられなかったものは排除される。
『亜人』は単なるエンターテイメント作品だから、高速の銃撃戦、頭脳戦を楽しむためにある。
だけど、観終わったあとで、身の回りの「認められない者たち」=「亜人」のことをちょっと考えてみると良いと思う。
『亜人』を観てきた。
作品から少し離れた話。
『亜人』探究心について。
純粋科学的好奇心。
北神伝綺。木島日記。
学窓会。
無論、これらは全て作り物。人体実験、非人道的社会実験、何でもあり。
「実際の人間で実験を行う。これはやってみたい行為だ」
純粋な好奇心で、人は人を丸太としか見れなくなる。
ナチス・ドイツのヨーゼフ・メンゲレの人体実験。
大日本帝国の九州大学生体解剖事件。
アメリカのMKウルトラ計画や原爆学級。
よくよく考えたら、今みんながやっている予防接種だって最初は人体実験だ。
亜人と呼ばれる人種が本当に現れたとして、
何をしても死なず。傷ついても死ねばリセットされる、その体質。
ミンチになっても死なない。
粉微塵にされても死なない。そして、リモートで動く分身を発動させる能力。
彼らを目の前にして、科学はそして科学者は、実験をやめることが出来るだろうか。
丸太として見ることしかできなくならないだろうか。
「彼らを研究すれば、今、あなたの病を治す薬が出来ます」
そう言われて、研究の支援をやめられるだろうか?
あなた、を、あなたの子供、に置き換えたらどうだろうか?
「彼らは何をしても死にません。病気に感染したとしても、殺してしまえば元に戻るんです」
どうだろうか?
亜人を最初から人としてみていれば、人として社会が飲み込んでいれば、この作品のような事態は起きなかった。
亜人などという便利な存在はおそらく存在しない。今後生まれることもない。
でも、亜人たちを「社会的に認めない」という感覚は絶対に消えない。
最近話題になっている、学生の頭髪の色の問題。些細な、いや些末な事かもしれないけれど、あれだって「社会的に認めない」の問題だ。だって、「頭髪を染めることを禁じる」校則が「黒髪にするために染める」というところまで陥ってしまっている。
もっと怖いなと思うのは、問題になっている髪の色を持つ子を誰も支援しない子どもたちだ。
「彼女が黒に染めるなら、私は茶色に染めます」「じゃぁ、僕は坊主にします」ぐらい言ってもいいと思う。
思考停止という言葉を大げさに使うけれど、要は日本のムラ社会が問題なだけだ。
そうして、「社会的に認めない」に当てはめられなかったものは排除される。
『亜人』は単なるエンターテイメント作品だから、高速の銃撃戦、頭脳戦を楽しむためにある。
だけど、観終わったあとで、身の回りの「認められない者たち」=「亜人」のことをちょっと考えてみると良いと思う。