ラグの「素直に生きれば人生は楽しい」

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実質より本質を目指して

2008年04月08日 | 楽時々益


私の本棚には文学や歴史の書物が一冊もありません。(こりゃアカン!)





幼い頃、
本を読むのが嫌いな子供でした。
というより、私の家庭(実家)には本を読むという習慣が全くありませんでした。

第二次世界大戦前後の混乱期、
幼少から思春期を田舎で迎えた両親は、日々の生活をやり過ごすのが精一杯で
勉学に勤しむ時間など取れなかったようです。大人になり結婚してからも新たな
生活の為に飯場を転々としながら一生懸命に働く日々の繰り返しだったようです。
結果、家には文学書や歴史書はおろか辞書や雑誌もありませんでした。そんな
家庭の中で育った私にとって、幼稚園で出遭った絵本や小学校に上がってから
与えられた教科書に興味が持てたかといえば ・・・ 全然ダメでした。

私は本にアレルギーを感じてしまったのです。
「本=勉強×苦痛」 という方程式に覆われて、本というものを理解する前に
嫌いになってしまいました。(結果としては 「食わず嫌い」 というヤツだった)
小学校時代には、その 「食わず嫌い」 を克服できなかったのですが、中学校に
入ってから、ようやく、「食わず嫌い」 の原因と向き合えるようになった記憶が
あります。そして、高校時代にハッキリ原因が自分なりに分析できたのです。

方程式の方向が逆だったのです。
「本」 が 「勉強」 の道具で、しかも 「苦しい」 ものという順番に収めることで、
“本質” から逃げていたのです。本当は、椅子に座って机でジッとしているのが
非常に 「苦痛」 だったというのが “実質” でした。その苦痛の状態で自分が
読みたい(知りたい)と思っていない本を与えられ、より苦痛が広がった(本が嫌い
になった)というのが原因でした。

学生時代には、必要に迫られて参考書や辞書を読み、
社会人になってからは、必然的に実用書と業界誌が中心となっていました。
今、私は仕事や自分の生き方に対する今後の考え方(取り組み方)を整理している
のですが、その一環として仕事部屋にある書物や仕事の資料も整理しています。
愕然としました。判ってはいたのですが、私の部屋には文学書や歴史書といえる
類いの本がほとんどありません。仕事関係以外に趣味の本もありません。これは
歪です。これでは広い視野で物事を見ることなどできる訳がありません。

もう一度、自分の人生観や仕事観を見直す必要がありそうです。
今まで正解としてきた判断や自分なりに間違い無いとしてきた要素に関しても、
もう一度、違う側面から測り直してみるつもりです。
常に 「本質」 を求めて生きてきたつもりでしたが、どこかで 「実質」 を正解として
しまっている気がします。今、心の中にあるモヤモヤをそろそろ整理しなければ ・・・





私の実家に常に唯一あったのが 「新聞」 でした。
当然ですが、子供の頃は 「新聞=テレビ欄」 でした。次に 「スポーツ欄」、そして
「三面記事」 という流れでした。「政治・経済・文化欄」 に目を通すようになったのは
社会人になってからです。

4月6日は、「新聞を読む日」 だったようです。(日本新聞協会)
「もし、新聞がなくなったら~混迷時代の座標軸」 というシンポジウムで、
作家の瀬戸内寂聴さんが、「源氏物語千年紀」 と題した講演の中で、
 「言葉は時代とともに変わるし、思想も変わっていく。昔はこうだったと知らせる
 のが活字。今後の日本を背負う世代に呼んでもらえる新聞を作ってほしい。」
と語っておられたようです。

確かに、世の中で起こっている事件や事故、今日の社会動向などに関しては、
新聞でなくても情報は取れる時代です。特に、インターネットの普及により、
テレビやラジオニュース以上のレスポンスでリアルタイムに新鮮な情報が供給
されます。“何があった” という情報の取得だけを注視するならば、もう 「新聞」
に出番はありません。

ここなんです。私がモヤモヤしている部分は ・・・
最近の若いビジネスマンのほとんどは、新聞でなくインターネットで情報を収集して
いるのではないでしょうか。しかし、若者もインターネットを崇拝している訳ではない
はずです。逆に “新聞に価値を感じない” という見解が多いのではないでしょうか。
当たり前ですが、数時間おくれでインターネットと同じ情報が紙面を飾るようでは、
私の世代でも “価値は感じない!” ですよ。「新聞」 も 「実質」 と 「本質」 の違いを
表現するしか “新たな価値” は見出せないのではないでしょうか。今、「新聞」 に
求められているのは、若者が “価値と感じる 「本質」 の創造” かもしれません。

どうやら私は
“「実質」 より 「本質」 に触れる仕事で人生を全うしたい” と考えているようです。



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