えつこのマンマダイアリー

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新聞記事より ~「ともに生きる思い」~ 

2013年10月16日 | 雑記

 東京新聞の記事で、「共感すれど、耳が痛い」寄稿があったので紹介します。2013年10月13日付朝刊の「時代を読む」というコラムに、立教大大学院教授・NPO法人 森づくりフォーラム代表理事で哲学者の内山節(たかし)氏が寄稿した文章です。そのまま引用します。

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「ともに生きる思い」

  群馬県上野村は私の暮らす山村である。この村には道ばたにも山のなかにも、五百体を超える石仏が祀(まつ)られている。いまでは何という仏様を彫ったのかわからない古いものが多いが、わかりやすいのは集落の入り口に祭られている道祖神や、水がわき出るところに祀られている不動明王や弁財天で、村には馬頭観音も多い。荷物を背中に積んで街道を行く馬たちの安全を祈って、馬が立ち寄るところにそれは置かれた。
 有名な仏師が彫ったものなどなく、おそらくは村人が一心に彫り、その場所に祀ったのだろう。そんな石仏を見ながら、昔の人たちは何を願っていたのだろうかと、私もふと考える。
 自然の神々への思いを込めたものもあるだろう。村に災いが訪れないことを願い、村人の病気の治癒を神仏に頼んだことも、人々の死後の極楽往生を願ったこともあったかもしれない。そうやっていろいろな願いを共有しながら、かつての人々は村という地域社会をつくってきたのだろう

 とするといま私たちは何を願いながらこの社会をつくっているのだろうか。
 戦後のある時期までは、平和への願いが強く共有されていた。この願いを実現するために、言論や思想、結社の自由などを失ってはならないと考えていた。戦争を経験した痛恨の思いが、戦後的願いを生みだし、それが社会の方向性をつくりだしたのである。
 ところが高度成長期をへると、願いの個人化がすすんでいった。私たちはひたすら自分のことだけを願うようになった。自分の健康、自分の就職、自分の未来...。願いの範囲はせいぜい家族や友人のことまでで、この変化とともにバラバラになった人間たちの社会ができていった。願いの変化がこの社会をも変えたのである

 もしかすると私たちは、他者への祈りや願いを回復しなければならないのかもしれない。自然が永遠であることを願い、すべての人たちがともに生きていけることを願う。そんな気持ちを奥の方にもっていることができれば、原発事故の被害者や被ばくした自然への思いを手放すこともないだろう。原発被害を過小にみせようとする愚劣さに、怒りもこみ上げてくるだろう。
 環太平洋連携協定(TPP)によって大きな影響を受ける農民や、低賃金で劣悪な雇用環境のもとで働かざるを得ない若者たちの姿に、心を痛めることになるだろう。そういう思いこそが、この社会をどう変えたらよいのかを考えさせていく。環境問題を考える奥に、自然を守りたいという願いや、よりよい環境にいだかれて生きられる社会をつくりたいという思いがあるように、である。

 上野村では昔の人々のいろいろな願いが、石仏をふやし、その願いとともに村がつくられ、それが石仏の里をつくりだした。いまでも村人たちは、その石仏に手を合わせる。
 今日の私たちもまた、自分の利害を越えた高貴な願いをいだきながら生きていたいものだ。他者のために、自然とともに生きる喜びを、手にしてみたい
 そんなことを考えるのは、現在の日本の政治や経済の動きが、下品にみえてならないからである。自分だけが勝ち抜こうとする政治や経済からは、他者とともに生きていこうという思いが消えている。それでは連帯感のない社会がつくられるばかりでなく、さまざまな他者の恨みも増幅させてしまうことになる

 

 (注:読みやすいように、ブログ筆者が段落間のスペースを設けました。太字化もブログ筆者によります。)

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 私の住む稲城市の里山地区にも、民間伝承の不動明王や馬頭観音碑があります。民家の軒先に多くの稲荷がある地域もあり、それぞれに伝承された謂われや逸話があります。

            
                        不動明王 

                   
               馬頭観世音碑*@大塚牧場    馬頭観世音碑@高橋農場
           *道路からフル望遠で撮ったので字がわかりにくいですが、拡大すると読めます。

                     
                               「光仙婆さんの祠」

    
   
        「とんがらし稲荷」@大塚家                「泣き(鳴き)石稲荷」@中山家

 これらのお稲荷さんを、地域の子ども達が年頭の願いを込めて幟を納めながら順番に巡ります。毎年2月に行われるこの行事について、過去記事「稲城の伝統行事 ~初午行事2011~」で紹介しています。よろしければそちらもご覧ください。

 せっかくのこのような里山地域ですが......
        
 遂に、ここも区画整理事業が始まってしまいました。上記の民間伝承の数々はどうなってしまうのでしょう...???

 救いは、市内に伝わる民話のうちの7篇を紙芝居にまとめるという活動が現在進行中であること...どんな形であれ、残されていくことを切に願っています。

 


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