「永遠の武士道」研究所所長 多久善郎ブログ

著書『先哲に学ぶ行動哲学』『永遠の武士道』『維新のこころ』並びに武士道、陽明学、明治維新史、人物論及び最近の論策を紹介。

昭和の始まりと精神復興運動

2008-03-21 20:15:33 | 【連載】 日本の誇り復活 その戦ひと精神
【連載】「日本の誇り」復活―その戦ひと精神(三十)『祖国と青年』3月号掲載

昭和の始まりと精神復興運動

『修養全集』刊行に見る日本人の志

 新教育基本法制定に基づいて、如何なる精神復興運動を起こして行くかが、日本協議会並びに日本会議に問はれてゐる。

 かつての日本にも、精神の危機に対応する国民的な運動が生じた時が、幾度かあつた。その一つが、大正時代の精神の弛緩から日本人の精神を蘇らせんと、昭和三年の天皇陛下ご即位の大典に併せて「道の国日本(道義国家日本)」を蘇らせやうとの運動であつた。

 当時の世相について、内村(うちむら)鑑(かん)三(ぞう)は日記にかう記してゐる。「此(この)国(くに)は遠からずして普通道徳の飢饉の故に亡ぶるのではあるまいか。」(昭和3年10月30日)「今の日本に於て道徳は大禁物である。今日の日本人が嫌ふものにして道徳の如きはない。」(11月26日)「東京は今や盗賊横行の都市である。今年に入りてより初めの十九日間に強盗三十件、窃盗三千五百件あつたとの事である。我等東京の住民は毎朝起きて昨夜の無難を相互に祝する有様である。」(4年1月25日)

 かかる社会状況に対して、職を賭して道徳の回復を期した人物が居た。大日本雄辯會(ゆうべんかい)講談社(現講談社)の野間(のま)清(せい)治(じ)社長(49歳)である。既に野間は、大正十四年に良風美俗を大衆的に浸透させるべく、超大雑誌『キング』七十四万部を世に出してゐた。そして遂に御大典ひと月前の昭和三年十月、一巻800ページを超える『修養全集』全十二巻(初版百五十万部予定)を世に問ふた(三年十月からほぼ毎月一冊刊行、四年十月の十二巻で完結)。

野間は第一巻の冒頭に「衷情(ちゅうじょう)を披瀝(ひれき)して満天下に訴ふ」と題して、その心意気を八ページに亙つて記してゐる。野間の已むに已まれぬ志が伺はれる素晴らしい文章である。野間は、時代風潮に対する憂ひを次の様に記す。

「殊(こと)に世界大戦役の後、国民の思想は、汪(おう)然(ぜん)として物質崇拝に流れ、自己本来の崇高なる理想を追求する自覚をも忘れられました。」「人心惟(こ)れ危く、道心惟(これ)微(かすか)なり。今にして深く内省することなくんば、邦家の前途を奈何(いかん)せんや。殊に最近において、反国家的思潮の横流するを見ては、肌、慄(りつ)然(ぜん)として粟(ぞく)を生ずるを覚えます。思想善導の声、いたづらに大にして実効これに伴はず、耳を傾くれば千山萬嶽風雨の声、騒然として大いに起る。是に於て私共は終に静なること能はず、敢(あえ)て微力を以て狂瀾(きょうらん)を既倒(きとう)にかへさんと欲し、蹶然(けつぜん)として起つに至りました。」

「個人の霊性は物質に蝕(むしば)まれ、国民は雄大なる理想の光輝と遠ざからうとする此の危機に当り、修養を本位とする全集の刊行を見ないのは、実に聖代の恨事たるばかりでなく、更に国家百年の深憂であります。是に於て私共は、個人の霊性を覚醒し、国民の理想を発揚し、以て時代の病弊を救ひ、以て百年の大計を樹立せんが為に、茲(ここ)に『修養全集』を全国民に提供するに至つたのであります。」

更には様々な憂慮に対し、「火は近づいて居ります。消し止めねばならない。事は決しました。犠牲を顧慮すべき場合でない。私共の一挙は断じて小利小益の打算から出た事柄ではない。健全なる国民精神を作興するために、頽廃せんとする世道人心を一洗せんがために、公利公益の前に一切を捧げ尽さうとするのである。仰ぎ願くは皇天(こうてん)后土(こうど)も照覧(しょうらん)あれ。全心全力を傾倒するこの一挙は、必ずや、国家の前途に一道の光明を投ぜずんば已むものではないのであります。」と不退転の決意を披瀝(ひれき)してゐる。最後に「偉人出でよ、大人格者出でよ、皇国の前途に彌(いよ)ゝ(いよ)栄光あれと祈りつゝ 野間清治識」と記して稿を終へてゐる。

 この並々ならぬ決意は野間社長だけではなかつた。続けて、「第一巻の成るまで」と題する「全集部一同」名の小文が九ページに亙つて綴られてゐる。「こゝだ。小社が念願として居る報国の精神を発揮するのは、こゝだ。日に新たに、日々に又新たなる時代の潮頭(ちょうとう)に棹(さお)して、道の国日本の礎(いしずえ)をかためる為の責務を果すのは、こゝだ。全集編集局の者は勿論、各雑誌の編集に携つて殆ど寧日(ねいじつ)なき各社員も、共に倶(とも)に此の事業に没頭しました。」「原稿選択の任に当つて居る各員の如きは、感奮禁ずる能はずして、声をあげて朗読を始めると、わつと思はず一同が振ひ立つて、書中の人物の行蹟(ぎょうせき)を賛嘆するといふやうな有様。」

そして、幾度も稿を書き改めて下さつた執筆者の先生方、賛同戴いた田中義一首相を始めとする八十九名の識者、更には、膨大な紙を手配戴いた業者、印刷、製本、書店・取次店、五十以上の各種商工業者による二大全集後援会の結成と宣伝活動等々、講談社の志への共感が全国に広がつて『修養全集』第一巻が世に出た事。

最後に、「一馬走れば鬣(たてがみ)みな動くと申します。諸賢の赤誠と熱情とが、天下民人の為だと御考へ下されて、小社をして国家奉仕の念願を達成させて頂きたいと切望して止みませぬ。」と締め括(くく)られてゐる。野間社長を先頭に、講談社の職員が国家救済の志の下、高い使命感を持つてこの一大事業に没頭したその心意気が伝はつて来る文章である。昭和の初めの時代危機に対しては、かかる出版社と日本人達がゐたのである。

渡部昇一氏は『「仕事の達人」の哲学』の中で、野間清治氏が「昭和初期の日本に心学を復活させた」と記し、自分の精神が講談社書籍の世界によつて育まれた事、野間が昭和十三年に亡くなつた時、徳富蘇峰が「野間さんは私設文部省であつた」と語つた事を紹介してゐる。「私設文部省」何と志の高い言葉ではなからうか。

 私も昨秋、古本屋で『修養全集』全十二巻を購入し、毎朝繙(ひもと)き、話の一つ一つに感動させられ、吾が身を振り返つてゐる。全集は①『聖賢(せいけん)偉傑(いけつ)物語』②『東西感動美談集』③『金言名句 人生画訓』④『寓話(ぐうわ)道話お伽(とぎ)噺(ばなし)』⑤『修養文藝名作選』⑥『滑稽(こっけい)諧謔(かいぎゃく)教訓集』⑦『経典名著感話集』⑧『古今逸話特選集』⑨『訓話説教演説集』⑩『立志奮闘物語』⑪『処世常識宝典』⑫『日本の誇』といふ内容で、全てが日本人の琴線に触れる逸話嘉言で溢れてゐる。皆さんには①②③⑧⑨⑫は是非読んでもらいたい。尚、昭和五十年代前半に①~⑩は復刻されてゐる。

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