ガンバレ、ニッポン

なんか、不安定なニッポンですね。

日本人女性 釜山の港で行方不明=海洋警備当局が捜索

2017-09-04 12:29:27 | 社会
誤って防波堤から

転落したのかなあ?




ソースから

【釜山聯合ニュース】韓国の釜山海洋警察署は4日、釜山市海雲台区の尾浦港の防波堤で3日昼、40代の日本人女性の旅券が入ったカバンが見つかったと発表した。同署は女性が行方不明になったとみて付近を捜索している。

 近隣の住民によると、午前からあったカバンが午後になってもそのままだったので通報したという。

 女性は1日に一人で釜山市の金海空港から入国し、同市内の宿泊施設に滞在していたことが確認された。

 警察関係者は「まだ所在が確認できていない」と話している。

会社を辞めて気付いた、辞めて失敗したと思った瞬間3選

2017-09-04 09:27:45 | 社会
会社を辞めて気づいたこと、、

自由が得られ満員電車から解放され

ストレスがなくなりのんびり生活ができる。

自分にとってはメリットが多い。

辞めた会社の同期と年に一回会いますが

通勤時間2時間、休みはパチンコ。。


なんか、可哀想に思うが本人は納得してるのだから。

自由に時間が取れるから調子が悪いと病院へ行く回数が増えた。

良い事が多いけど生活費の工面は大変。

定年退職後の独立は辞めた方が無難と思います。

世の中甘くない。






ソースから


会社を辞めて個人で独立してはみたものの、失敗したなぁと思う瞬間を経験した方もいらっしゃるのではないでしょうか。サラリーマンやOLとは全く異なる個人事業主の世界。会社を辞めて失敗した・・・と筆者が思った瞬間を3点取り上げてみました。
その1:アルバイト中の休憩時間
情けない話ですが、筆者は個人トレーダーとしての活躍を目指して独立した後、稼げない期間が長く続きました。減っていく貯金額を前に、折を見ては派遣のアルバイトをしていたのですが、コンビニの弁当工場、パソコン設置作業など、普通のサラリーマンではまず目にすることのない派遣労働の現場を経験することになりました。

作業中は忙しいので他のことを考えている余裕がないのですが、つらいのは休憩中。いったい自分は何をしているのだろう・・・と、強烈な後悔の念に襲われたことが何度もあります。

個人事業主は食べられるようになるまで大変だというのは見聞きして覚悟してはいました。しかし、もうあきらめようかと休憩時間中や帰りの電車の中で、転職サイトを見ていたこともあります。おかげで精神的にはタフになりました。トレードで稼げなくても最後の手段があると分かったわけですから。
その2:一人で居酒屋行くのを何とも思わなくなった時
サラリーマンをしていると、必然的に人と人とのコミュニケーションが生まれます。仲の良い同僚から、嫌な上司や厳しいお客さんまで、否応なく他人との会話を迫られます。

ところが独立すると一転、家族以外と話をすることがほとんどなくなりました。何かしらやり取りをする際も、メールやチャットアプリが中心で、携帯電話すらめったに鳴りません。

人と話す機会が少ないことが日常となった結果、サラリーマン時代は気が引けたものですが、一人で居酒屋に行くのが全く気にならなくなりました。今では、カウンターで店員の方と話しながら飲むのが楽しくてしかたありません。

ただ、ふと我に変えると、いったい自分は何をやっているんだか(苦笑)と、派遣のアルバイトで感じた悲壮さとはまた違った意味で、同じことを思う時があります。

その3:視力検査の結果が判明した時
独立後は、ほぼ四六時中パソコンを見る生活を送っているので、やはり視力が低下しました。

幼い頃から両目ともに裸眼で1.5の視力を誇っていたのですが、1.0付近に落ちました。それだけの視力があれば十分だと突っ込まれそうですが、視力検査の結果を見て、大人になるまで保っていた視力が落ちたのを知った時は相当ガッカリしました。

仕事柄、パソコンを多用することは避けられないので、目薬は手放せません。視力の低下は職業病とも言えますが、これに限らず身体の不調は、会社という後ろ盾がない個人事業主にとっては心配のタネです。
いずれも覚悟していた事態ではあるが
当然のことながら、(1)のお金の問題が飛びぬけて後悔の念に駆られた瞬間です。ただ、(2)のコミュニケーションの問題、(3)の健康面の問題とともに、会社を辞める時にある程度は腹を括っていました。

それでも、お金の問題だけは今でも身につまされます。トレードがうまく行かないだけでなく、フリーライターの仕事も切られてしまったらどうしよう・・・という恐怖心は常に抱えています。

先々の収入に対する不安は、個人事業主であれば誰しも抱えていると言われますが、まさにその通りです。派遣のバイト生活に戻る覚悟もありますが、可能な限り避けたいと言うのが偽らざる本音です。
まとめ
「まだだ、まだ終わらんよ」とか、「あきらめたらそこで試合終了ですよ」という、アニメの名言がこれまで何度頭の中を巡ったか分かりません。しかし後悔の数以上に、独立して充実感を感じたことも多く存在しています。まだトレーダーとしても、ライターとしても半人前の状態ではありますが。

会社を辞めて独立すると、事業が軌道に乗るまで相応の時間がかかります。失敗した、と思う瞬間は度々出てきますが、いかにして精神的に折れずに続けていけるかが重要だと今では思います。

今後、独立を考えている方の参考となれば幸いです。

韓国人がおかしなことを鵜呑みにするのは漢字廃止が影響か

2017-09-04 09:27:45 | 社会
漢字が復活した

韓国人と仲良くなれるのか?

無理と思います。




ソースから


文在寅大統領の暴走が加速している。慰安婦問題の日韓合意を反故にするような発言を繰り返すとともに、解決済みである徴用工の個人請求権まで容認してしまった。日本政府はこれに抗議、韓国で開催されるアジア中南米協力フォーラム外相会議に日本の河野太郎外相に招待状が届いていたが、欠席を決めた。なぜ、韓国は国と国との約束が守れず、韓国の人たちはおかしなことを鵜呑みにするのか。ジャーナリストの櫻井よしこ氏が、その背景を解説する。
 * * *
 日本と朝鮮半島は遥か古代から非常に難しい関係を続けてきました。穏やかな国、日本が対外的な争いに巻き込まれる時は、ほとんどの場合、朝鮮半島問題が原因となってきたのです。
 古くは663年、すでに滅亡していた百済の復興を手助けするために唐と新羅の連合軍と戦い、敗北を喫しました(白村江の戦い)。13世紀に2度にわたってわが国が侵略された元寇は、元との戦いというより高麗との戦いでした。日清戦争は朝鮮半島に支配権を広げようとする清国を阻止することが目的であり、日露戦争もロシアが南下する危険性に備えた戦いでした。
 そして今、日本に同じような危機が迫っています。北朝鮮が暴走すれば、否応なく日本にも飛び火します。本来であれば日米韓が連携して北朝鮮、そして背後にいる中国と対峙しなければなりませんが、韓国の文在寅大統領はまったく逆を向いています。
 金正恩氏による大陸間弾道ミサイル実験や、そのことに対する国際社会の制裁強化の動きなど見れば、北朝鮮にすり寄り、「南北共同で強制動員被害の実態調査」をするなどと言っていられる状況ではないのは明らかです。しかし、文大統領は「反日」を親北政策に利用しようとしています。こんな状況では韓国が北朝鮮に事実上支配され、38度線が対馬海峡まで下りて来ることも、日本は覚悟しておかなければなりません。
◆韓国の「悪意」
 文氏は国際ルールを完全に無視し、「ゴールポストを動かす」どころか、国家間の取り決めをすべてひっくり返そうとしています。
 8月17日の韓国大統領府での記者会見で、文氏は日本統治時代に動員され働いていた元徴用工らの「個人請求権は消滅していない」と述べました。もちろん個人請求権が「ない」ことは、1965年の日韓国交正常化の際に結ばれた日韓請求権協定で明らかです。この問題はすべて解決済みです。
 左翼の盧武鉉大統領は2005年、日韓国交正常化交渉に関する全資料3万6000ページを公開させました。それを詳細に調査した結果、日本側が「韓国の被害者個人に対して補償する」ことを提案したのに対し、韓国側が「国として請求する」「個人に対しては国内で措置する」と主張し続けたことが明らかになったのです。そのため、さすがの盧氏も「すでに日本から受け取ったお金に個人補償分も含まれている」として、徴用工の個人請求権を諦めざるを得なかったのです。
 ところが2012年、韓国の最高裁が「個人請求権は消滅していない」という驚くべき判断を下し、日本企業を相手どった訴訟で賠償命令が相次いで出されています。文氏の発言は韓国政府として初めて、個人請求権は消滅していないと正式に認めたものであり、今後、深刻な影響が生じてくるのは間違いありません。
 慰安婦の「強制連行」も徴用工の「強制動員」もまったくの事実無根で、日本にとっては酷い「濡れ衣」です。しかし韓国は国家戦略として歴史を捏造し、それを世界に喧伝しています。儒教思想に基づく歪んだ優越意識から、韓国人にとって日本は「未開で野蛮な国」「蔑む対象」であり、今は「お金を取る国」なのです。相手を理解し、歩み寄ろうとするのは日本人の美徳ですが、その前に韓国が「悪意」を持って日本を貶めようとしていることに気づかなければなりません。
 文氏は慰安婦や徴用工問題は、1965年の日韓請求権協定時には「わかっていなかった問題だ」とも述べました。しかし、もし彼らが主張するような酷いことが本当に行われていたなら、気づかないはずがありません。
 少し考えればおかしいとわかることを、なぜ韓国の人たちは鵜呑みにしてしまうのでしょうか。拓殖大学国際学部教授の呉善花氏は漢字の廃止が影響していると指摘します。
 日韓併合当時、韓国では難しい漢字を使っており、庶民はほとんど読み書きができず、識字率は6%に過ぎませんでした。そのため日本は学校の数を59倍の5960校に増やし、庶民にハングルを教えました。ハングルは日本語でいえば平仮名やカタカナのようなもので、「漢字ハングル交じり文」を普及させたわけです。福澤諭吉らの尽力もあり、朝鮮人の識字率は1943年には22%にまで上がったそうです。
 ところが1970年代に入ると韓国は漢字を廃止し、ハングルだけを使うようになりました。それによって韓国人の思考能力が著しく低下したと指摘する人は少なくありません。
 しかも、最近では研究者でさえ漢字が読めなくなっているため、歴史的な資料を読むことができない。そのため韓国人は自国の「過去」の事実を知ることができず、自分たちに都合のいい「幻想」を歴史的事実だと思い込むようになったと呉氏は分析するのです。

しばき隊。。

2017-09-04 08:21:14 | 社会
元男組代表 添田充啓(高橋直輝)氏に受けた痴漢被害について


ソースから

元男組代表・添田充啓(高橋直輝)氏から3年前に受けた痴漢被害について、謝罪を求めます。

はじめに、痴漢行為については添田氏も事実を認めており、当初は私が要求した公開を前提とする謝罪文の作成にも応じていました。
しかし、書き上げられた謝罪文は事実について不足している箇所があり、また、添田氏の個人的な事情を長々述べて自己正当化をはかる主旨が見られたため修正を促したところ、一切の連絡を遮断され、以降、こちらからの呼びかけに応答のないまま3ヶ月近く経過しています。

そのため、これまでの経緯を公開し、添田氏からの謝罪を改めて求める次第です。
被害を受けてから3年の月日が流れていますが、この間、添田氏から誠意ある謝罪はなく、時に、公の場で性暴力事件について批判者の立場から言及している無自覚さは、自身が犯した行為を反省しているとは到底思えないものでした。

社会運動の場でも、それ以外の場でも、このような被害が二度と起こらないことを切に願います。


◆事件当日の詳細

添田氏とは、2014年8月に開催された、反差別について学ぶワークショップ終了後の飲みの席で初めて会いました。
都内の中華料理屋で行われた飲み会は、ワークショップ参加者の懇親会のような雰囲気ではじまり、そこに、主催の知人である添田氏ら数名が合流。
当時、反差別運動団体「男組」を主宰していた添田氏のことは見聞きしていましたが、実際に会うのはこの日が初めてのこと。
しかしこの時は、席も対面で離れていて、お互い自己紹介程度に留まり、会話はほとんど交わしていません。

異変を感じたのは、中華料理店を後にして、二軒目に移動してからでした。

私の隣に添田氏のほうから進んで座り、また、私が何度か離席しても戻るたびに隣に座るように促し、私の容姿について執拗に触れはじめました。
はじめは、飲みの席の冗談としてやり過ごしていたものの、次第に「今すぐホテルへ行こう」とエスカレート。
人目をはばからず何度もくり返しホテルに誘われ、その都度「それは無理です」と断り続けました。
あまりのしつこさに困惑していると、さらに、添田氏は、他の人もいる目の前でおもむろに錠剤を取り出して、飲みはじめました。
「これバイアグラより効く薬。寝てても勃つから。これ飲んだから、ホテル行こう」 

錠剤を飲んでからは、たがが外れたように誘いが執拗になり、いくら断っても、「もうクスリ飲んだから。すぐホテルへ行こう」と、行く行かないの問答が続き、次第に、冗談では済まないのではないかとの危機感を覚え、私は途中から酒に手をつけなくなりました。

やがて、店の閉店時間になると、終電も終わっていたためタクシーを乗り合いして各々帰宅することに。
タクシーに乗り込むと、後部座席に添田氏、私、Kさん。
助手席にHさんの順番で着席。
KさんとHさんは、発車するとすぐに眠りにつき、ほどなくして添田氏も目をつぶって、私の身体にもたれかかってきました。

その直後。寝ている素振りをしていた添田氏が、私のTシャツの襟ぐりからいきなり手を入れて下着の中にまで伸ばし、直接、素肌の胸をつかんで触りました。
突然のことで混乱した私は、言葉が出ず、無言で添田氏の手をつかんで、下着の外に氏の手を出しました。

しかし、添田氏は相変わらず目をつむり、寝ぼけたそぶりをしながら、同様のことをさらに二度くり返しました。
何度拒絶をしても、周囲に人がいても平然と性的加害をしてくることに恐怖と屈辱感を覚えながら、狭い車内で身をよじって体を極力添田氏から離し、タクシーが自宅付近に到着すると即座に帰宅しました。

翌日、添田氏から一言だけ「ミサちゃん、昨日はごめんね」とツイッター経由でメールが届きました。
しかし、直後の混乱で判断能力が低下していたことや、元ヤクザであることを強調して暴力的な言動を積極的に行う添田氏の運動スタイルのようなやり方を自分にも向けられるのではないかという恐怖から、どう対応していいかわからず、人に相談することもできませんでした。


◆事件後の経過

以来、添田氏と直接的なやりとりはありませんでした。
ただ時折、メディアやネットを通して見る添田氏の発言は目に余るものがありました。
どうしても我慢ならなかったのは、添田氏が性暴力について正義を語るときです。

昨年の春、ツイッターがある痴漢事件について話題を占めていたとき、添田氏が「痴漢許せないな、俺がしばいてやる」とコメントをしていた時も、また、数ヶ月前に公になったジャーナリストによるレイプ事件について「性犯罪を受けた上に、顔と名前を出してまで(被害者が)訴えないと性犯罪が裁かれない社会はおかしすぎる」というコメントを添田氏が賛同の意味でリツイートしていたのを見たときも、私にしたこととの矛盾をどう考えているのかーー添田氏が反省しているとは思えませんでした。

また、同じことを添田氏はくり返すのではないか。

3年という月日を要したものの、添田氏に公開を前提に謝罪を求めることを決めました。
友人を介して連絡をとると、添田氏も当初は反省の様子を見せ、要求にも応じて話は進んでいました。
しかし出来上がった謝罪文は納得のできるものではありませんでした。

1・下着の中に直接手を入れて複数回胸を触ったことが記載されていない
2・薬を目の前で飲んだことが記載されていない
3・うつ状態だったことや反社会的な生活をしていたことなどの個人的な事情の弁明に、謝罪よりも多くの文章をさいている

以上の3点について、修正を求めたところ、「少し検討させてください」という返信の直後に、やりとりをしていたツイッターの相互フォローを解除した上に鍵垢にされ、以来、連絡を一切受け付けない姿勢を示され続けています。
共通の知人を通して連絡を促してももらいましたが、3ヶ月近く経ったいまも、連絡はありません。

添田氏に、二度とこのようなことをしないという反省と謝罪を求めることは、添田氏にとって「検討」の必要なことだったのでしょうか。

この一件以来、添田氏がこのことを周囲にどう伝えているのか、または伝えていないのか、不安と不信が募り、社会運動の場に赴くことは減りました。
しかし、これは運動内部のある特定の人物が起こした問題で、このことが社会運動の掲げる理念そのものを否定するものではありません。
社会運動の中心になっている人物の加害行為を訴えることで、反差別や反辺野古基地などの社会運動に否定的な立場の人たちを利することになりかねないのではないかと、公にすることを長らくためらっていましたが、問題を公にすることで運動内部の風通しが良くなることを願い、今回の公表に踏み切りました。



ソースから


民進党の有田ヨシフ議員(左) と「しばき隊」(中央のサングラス男)