明治に『小説神髄』を書いた坪内逍遥は学生時代、イギリス人教師の試験に落ちかけました。『ハムレット』に登場する王妃の性格を批評せよ、という出題の意味がわからなかったのです。
この経験が日本の勧善懲悪型の戯作と、西洋の近代文学の違いに気づくきっかけになった―。澤田章子さんらの共著『名作で読む日本近代史』(学習の友社)は、こんなエピソードを紹介しながら、明治・大正の歴史の中に文学を位置づけます。
本書では、反戦思想に立った先駆的な作品をいくつも教えられました。泉鏡花の『海城発電』もその一つ。日清戦争での、日本人軍夫による中国人女性の陵辱事件を描いています。題名は中国の海城から発した電報という意味です。
「今また平和が脅かされているなか、『海城発電』は戦争の実相の一端を伝えるとともに、個人のあり方についても、深く考えさせる」と澤田さん。反戦の系譜は日露戦争時の与謝野晶子や内村鑑三、社会主義者へとつながっていきます。
西洋文明との格闘から生まれた日本の近代文学。作家の水村美苗さんはそれを「奇跡」と呼びます。多様な文体を使いこなし、多くの真実がちりばめられている文学は「私が知っている西洋の文学には見あたらない」と。
先日の芥川賞受賞作は人種や性差をテーマにした安堂ホセ『DTOPIA(デートピア)』と、ヨーロッパ文化の教養に根差した鈴木結生(ゆうい)『ゲーテはすべてを言った』でした。多様な文化の摂取が日本文学を進めてきた歴史は今も続いています。
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