鉄道模型のある生活ブログ

鉄道模型にかぎらす、なんでも書いてしまいます。

下鴨神社

2025年01月17日 | 旅行、散歩

いつも大阪のことばかり書いているので、京都の住民としてはやはり京都も書かなければ!

朝の散歩に、下鴨神社にゆきました。

下鴨神社は京阪電車の終点、出町柳駅のそばにあり、歩いてすぐです。

 

境内には大きな森があり、糺の森と言いますが、糺が読みにくい、「ただす」です。

 

糺の森です。 ここにはカラスが多い。

 

そばに行っても逃げない。 街中でゴミを漁っているカラスとは違うようです。 でも森のすぐ外は普通の街なんですけれど、この境内は別格か。

 

この境内には綺麗な小川が2本あります。 とても綺麗な水です。

 

丸い球のようなものが飾ってある神社を見つけました。 ラグビーのボールのようで、ラグビーの選手がお参りに来るとか。

糺の森の中には小さな神社がたくさんあります。

 

下鴨神社の手洗いです。 本当の手洗所はこのすぐそばにあるのですが、多分正月用に増設した手洗いです。

 

いよいよ下鴨神社です。 出町柳駅からすぐと書きましたが、糺の森を抜けてここまで来るのには結構距離がありました。

 

こんなにロープがたくさん巻き付けてある木を見つけました。 この社は縁結びの神様だそうです。 なるほど。

 

門をくぐって下鴨神社の境内です。 

 

巳年の大きな絵馬がありました。 そうなんです、巳年で蛇なので、人によってベビは気持ちが悪いので早く今年が終わって欲しいと言っていました。

 

御手洗神社です。糺の森の小川はこの神社から流れ出しているのです。

 

修学旅行の生徒が御手洗池で手を洗っています。 ここでは夏に祭典があって有名な場所です。

ちなみに、「みたらし団子」は、この神社のすぐ外にある店が発祥地で、この池の名前をとって「みたらし団子」と名付けました。 

 

御手洗池の横では、巫女さんがおみくじの整理をしていました。

 

本殿前には、小さな社がたくさんあって、それぞれ干支を祀っています。 ここで、皆さん自分の干支の社の前でお参りします。

私は酉ですからこの右端の社でした。 もちろん本殿にもお参りして。

 

本殿の横には、小さいけれど格が高そうな社もありました。

 

こんなに、綺麗な木もあったりして、そろそろ疲れてきたので。

 

茶店で休憩。 この饅頭は申餅と言って何百年か前のものを再現したという貴重な饅頭ですと宣伝していた。

小豆餡で美味しかったです、

 

さざれ石を見ながら帰途について。

 

途中、河合神社にも寄って、ここはお化粧の神様だそうです。 丸い絵馬がたくさん飾ってあります。

 

この絵馬です。 自分で顔にお化粧をして奉納します。

 

広い下鴨神社を出て鴨川です。 この、ずーっと上流に上賀茂神社があります。 とても遠いです。

 

鴨川と高野川が合流する近くに、亀石があります。 誰か渡ってくれないかな? 近くまで来ても寒いので大人はなかなか渡らない。 子供ならあっという間に走って渡るんだけれど。

しばらく待って、やっと渡る人を見つけました。 やはり人が渡っているところを写さなければ写真にならない。

 

ということで、午前中の散歩、終わりです。

 

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津山まなびの鉄道館 岡山森の芸術祭

2024年11月28日 | 旅行、散歩

昨日、津山まなびの鉄道館を載せたら、岡山の友人Tさんが素晴らしい写真を送ってくれました。

 

こんな写真です。 窓ガラスからの光が、機関庫の床に虹模様を作っています。

きれいでしょう?  夕方だと光がこのようになって、まるで芸術作品です。

実はこれ、「岡山森の芸術祭」の一環で、ガラスに虹色のフィルムを貼っていたそうです。

 

これは私が撮った写真ですが、この時には、ガラスが古いので、水焼けで色が変わっているのかと思ったのでした。 昔の工場の窓ガラスが、こんな色になっているのを見たことがあるかと思いますが、水がついて陽が当るとガラスが焼けて(という言い方をする)こんな色がつく。 これを応用したのがカメラのレンズのコーティングだと思っているのです。

それにしても、この色はきれいすぎると不思議に思っていたら、「岡山森の芸術祭」の作品でわざわざこういうフィルムを貼っていたのでした。

 

Tさんの作品です。 床とキハ81に映った色がきれいです。

 

虹が、従台車や動輪にまで届いていて幻想的です。

 

私が行った日が、このイベントの最後の日だったようで、まだ、虹色のフィルムがガラスに貼ってあったので、何でだろう? と思いながらガラスを見ていたのでした。  「岡山森の芸術祭」の事が何処かに掲示されていたのかもしれませんが気がつかなかった。

 

Tさん美しい写真を有難うございました。 💓

 

おまけ

津山駅前には、こんなものも展示されていました。

 

 

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津山まなびの鉄道館

2024年11月27日 | 旅行、散歩

鉄道ファンが津山といえば行くところは決まっています。

 

駅からずーと離れたこの踏切を通ってゆきます。 バスもあるようですが都合の良い時間にあるかどうか。

 

扇形車庫の横が入り口です。 ガラスの色が面白い。

 

取り敢えず目に入ったのがターンテーブルの上のDD13です。 日によって機関車が違うのでしょうね。

 

車庫にはいろいろな車両が置いてあります。 ディーゼルが多いので、梅小路の扇形車庫より華やかだ・

見に来ている人が沢山います。

 

ターンテーブルの向こうはヤードで現役の車両が沢山待機しています。

 

鉄道模型館に入る。 Nゲージのレイアウトで、ここ、津山を作ってある。 

 

駅からターンテーブルへの線路配置がよくわかります。 扇形車庫の上に見えるコンクリートの建物が、あゆみルームとか、しくみルームがある建物です。

 

桜の津山城です。 何年か前に行ったけれど、ちょうどこのように桜が咲いていました。

 

すみで担当の人が運転していたので列車は動いていました。

 

こちらは実物。 やくもはキハ181、隣はキハ52  きれいに保存されています。

この扇形車庫の窓ガラスはこの方向から見ても虹色に輝いています。 ただ写真に撮ると色が写らない、微かに色づいているのがわかりますが、肉眼ではまだまだはっきりと虹の色が見えます。

 

ということで、露出を落として撮ると、虹色が写りました。 カメラと目のダイナミックレンジの違いですね。

 

D51さんもあります。 なめくじドームですね。 ロッドは錆が浮いて来ているけれどメンテナンスは大変なのでしょう。

 

子供は機関車なんか関係ない。 線路を跨ぐ方が面白い。 それにしても扇形車庫、沢山線路があります。

 

DF50 これもきれいです。 懐かしい機関車であちこちで何度か撮影しています。

 

別棟にに行くと、こういうものが飾ってありました。 客車の窓下にぶら下がっていた、懐かしいです。

 

こういうほうろうの駅名板も懐かしい。

最近は電子掲示板に変わってきていて、それらが古くなっても保存されないというか、文字は電気がなければ映らないので、壊れたらただのガラクタになるんだろうけれど、昔のものは残しておける。

 

タブレット交換。 駅で運転士と駅員が受け渡ししていた。 止まらない列車は螺旋状のところにタブレットを投げ入れていた。 でも今は駅員すらいないから受け渡しなんかできません。 いや、そんなことをしなくても良いシステムにはなっているんですけれど。 でも、昔は正面衝突をしないように、こういう機械はとても大事だったのです。 だからしっかり作られています。

 

扇形車庫の裏側を写して帰ります。 裏は寂しい。

 

駅に近づくと列車が来ました。 扇形車庫を入れて撮影しました。

 

さて、帰ってから昔の写真を引っ張り出しました。

やくもです。 確かにこの形のディーゼルカーが走っていました。

 

餘部です。 こんなに長い特急が走る路線だったのです。

 

同じく、餘部鉄橋の上を歩いていた時に走ってきたDF50です。

保存してあったものと同じ車番かと思ったら全然違いました。 津山と山陰線では機関区がまったく違うので当然です。

 

津山に展示されている車両を見て昔を思い出しました。

 

そうだ

駅からこういうふうに跨線橋を作ってくれたら簡単に行けるんだけれど、今はぐるっと1kmほど歩かなければならないんです。 遠いこともあるし時間もかかるんです。

津山 おわり

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津山

2024年11月26日 | 旅行、散歩

岡山でございます。

こういう電車が止まっている横に

 

こんな列車が入ってきました。 SAKU美SAKU楽(さくびさくら)です。

ここに旗を持った団体が来てこの車両に乗り込みました。

私は、発売日に指定を取りに行ったのでしたが、1分以内に売り切れていたのは、このJRのツアーが取っていたからだ、たった一両で座席数も少ないので、一般客はとても買えないと思ったのであります。

 

こっそり中を撮影。車内販売もある。 通路でつながっているのですが、こちらから買いに行っても売ってくれないとのこと。 まあ、そうでしょうけれど。

 

この前に臨時快速の一両を繋いでいるので、私はこちらに乗ったのであります。

 

今時流行りの、キハ40です。

 

扇風機もあって風情があります。これはこれで良いか。

 

岡山出発、オレンジがいっぱい 

岡山から津山までノンストップなのですが、途中何駅か止まります。 観光用にでしょう、5分以上止まります。

 

そこではシャボン玉を飛ばしたりして、キハ40の客のためではありませんよ、さくらの客向けです。

 

車窓はのどかです。

 

亀なんとか駅です。 ここにも停車、 しばらくすると発車1分前と添乗員が呼びに来る。 右手の奥さんも親亀子亀を写しながら、列車に戻ってゆきます。

 

津山到着。

 

つづく

 

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京都 清閑寺の不思議

2024年11月16日 | 旅行、散歩

京都、東山に清閑寺(せいかんじ)という小さなお寺があります。 その横には高倉天皇の御陵があります。

年寄り仲間と行ってきました。

 

五条通、国道1号線を山科に向かってトンネルの手前にあるバス停で降りて坂をあがると、清閑寺という石碑と左には高倉天皇陵の石碑がありました。 この道を少し行くと

 

六条天皇と高倉天皇の御陵がありました。

その横の道を上がると

 

清閑寺がありました。 小さな寺で、拝観の人は箱に100円入れてくださいとあります。

 

小さな庭ですがとてもきれいです。 小督局(こごうのつぼね)供養塔と書いてあります。

 

お寺の建物はこれだけです。 お堂です。

 

横には鐘楼がありました。 この近くには郭公亭という茶室があったそうで、そこで西郷隆盛たちが密談をしたと言う話はあります。

でも、この清閑寺を知るには、高倉天皇と小督局の話を知らないとわかりません。

高倉天皇は平清盛の時代です。 高倉天皇の中宮(正室)は清盛の娘の徳子でした。 小督局は徳子に仕える女官でしたが、美人で有名で高倉天皇に寵愛されて、それに対して清盛は怒ったわけです。 実はこれ以外にも小督局は清盛を怒らせることをしていたわけですが、小督局に子供が生まれると次の天皇に関係するわけで、徳子の子供が天皇になって貰わないと清盛には都合が悪い。 しかも徳子が中宮だし。

なにか、今のNHK大河の一条天皇と定子、彰子と藤原道長の話に似ています。

そして、清盛は怒って宮中から追い出そうとしましたが、小督局は自ら嵯峨野に隠れたそうですが、その後も高倉天皇と会い、子供を産んだ。 そこで清盛はさらに怒って、小督局をここ清閑寺で尼にしたそうです。

 

小督剃髪の本堂

高倉天皇は21歳のときに亡くなったのですが、「小督のもとで葬ってほしい」との遺言で、高倉天皇陵は清閑寺のすぐ横に建てられたそうです。  

この話を聞いてピンとこないかもしれませんが、高倉天皇の中宮は徳子です。 徳子の子は安徳天皇です。 壇ノ浦の戦いで、源氏に敗れて海に沈んだのですが、徳子は助けられて、そのあと京都の大原に隠蔽されて、建礼門院という名前で余生を過ごした。 後白河法皇が見舞いに行ったとかの話もあり、今も建礼門院のいたお寺は観光客で賑わっています。

というような歴史があるのですが、小督局のことはほとんどの日本人が知らないと思います。

ところが、この小さな寺には外国人が次々にやってくるのです。

 

要石という言われがある石ですが、説明は英語です。 後ろには海外の人がいます。

 

ここからは京都の街が見えるというのが売りですが、海外の人がこれだけでくるとは思えないし、まして小督局の話を知っている人はいないと思います。

この寺は、清水寺から小道が続いていて、10分ほどで来られます。

 

清閑寺から高倉天皇陵を見たところですが、この寺から清水寺に帰る外国人が見えます。

清水寺から続く道は清閑寺で突き当たりになり、どこかに抜けられることはありません。 それなのに、日本人は来ないのに外国人が次々にこの寺に来る、何でだろう? 

 

人が写らない様に写真を撮ったのですが、ほんとうに次々に外国人が来るのです、清閑寺の不思議です。

 

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