シカゴ暮らしも何日か経って帰る日が近くなってきました。
アパートの近くです。家の前には歩道があって並木道になっていてとても感じが良い。
このおばちゃんたちも笑いながら話しかけてきたりするのですが、英語がわからないので逃げるようにしている。
リスは大学の中だけではなくて、こういう住宅地でもよく見かける。
スーパーに買い物に行くのも半ズボンで、買った物を紙袋にいれて腕に抱えてくるのは、日本でナイロンのレジ袋に入れてぶら下げるのとは違って、アメリカに住んでいるという感じがして I live in Chicago. なんて思ったりして。
ちなみに、1ドル240円で、たまごでも何でも日本の倍の価格です。 自費なので辛いけれど、まあこれも経験のため。
夕食だ。この日はラーメンだろうか。
日本から手紙が届いた。 職場の仲間からの寄せ書きだ。 がんばってますか? 等の言葉の中に、英語が上手になりましたか? というのがあった。 いやいや、シカゴ大学では日本人と日本語でしゃべっているので全然英語は喋っていないし、上手くなるわけがない。
寄せ書きの手紙を前に置いて、おい白○君、元気か、岸○君、仕事ちゃんとやっているか、など言いながら夕食を食べているのです。 ちょっと、日本に帰りたくなっているのです。
英語がうまくなっていますかの言葉に刺激されてではないですが、英語を話す機会がないのでアパートの管理人に喋りに行く。 アルバイトで時間によって人が変わる。 ほとんど片言で喋っているのだけれど、この人曰く。 英語は場所によって変わる、 シカゴ大学と、その周りの街では英語が違う。 と言っていた。
これはアパートの屋上だ。 アメリカでは歳をとると家は子供たちに譲って、自分たちはアパートで暮らす。
そのお年寄りたちの社交場が屋上なのだ。 ここにしゃべりに行ったりするけれど、年齢も違うし、しゃべるネタもない。
顔見知り程度にはなったが英語は上達しない。
そして、同じアパートに日本人の医師たちがいることを教えてもらった。 シカゴ大学に研修に来ているのだ。 この方は整形外科だったろうか?
ビールを飲みにおいでと言うことで部屋に遊びに行った。 この方は産婦人科の先生だと思う。アメリカで本を買って自分の病院の医局に送っていた。
もちろん日本語で会話するので、同じアパートにこういう人たちがいるのは心強かった。
掃除機も貸してもらって、自分の部屋も掃除できるようになったのでした。
花火大会があるとのことで、この先生たちに車で連れて行ってもらった。 車は大渋滞で、止まっている車から写したのですが、アメリカでも花火大会がある、と感激。
ミシガン湖の上にあがる花火を見て、シカゴの思い出がさらに大きくなりました。
シカゴ大学での研究も仕上がりました。
お世話になったFさん達と最後の夕食に、紅花of 東京 に行きました。
シェフがナイフを刀のように扱って、いろいろなパフォーマンスをした後、肉を鉄板で焼いてくれています。
これは美味かった。
ということで、シカゴを立つ準備ができました。
つづく
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