電車道

多趣味なので、いろいろなことをしています。気ままに語ります。

玉虫色を白と黒にカテゴライズすること

2014-09-13 23:11:09 | 旅行などもろもろ
「全盲少女にも非があったのでは」 白杖につまずき蹴った加害者に理解を示す心ない人たち

こちらの記事について思ったこと。
極論注意。


ぶつかることは全盲少女側が避けることはできなかっただろうし、加害者の行為自体は最悪の行為であって、「全盲の人は外を歩くな」みたいな意見は確かに酷い差別そのものだと思う。

だけど「ぶつかって相手が転倒までしたことが分かってたなら謝るべきだった」という意見、これは別に少女にも非があるという主張でもなく加害者に理解を示す意見でもなんでもなく、誰にでもどんな時にでも適用できる全うなものだと思います。
これを被害者批判だとか加害者側に理解を示していると考える方が、普遍的に物事を見れない、100%どちらかの立場にしかなれない、善か悪かみたいな視点でしか物を見られない、危険な人間ではないでしょうか。

しかも、もし相手が年寄りだったら転倒したら場合によっては死んだり二度と歩けなくなったりしますし、相手が40代の若い人だったことまで即座に理解するのは難しかったでしょう。
まぁいわゆる健常者でも謝らない人はたくさんいますけど、特に弱者とされる人たちにとっては、変な人が増えている世の中で被害を受けにくくする手段でもあると思います。
やっぱり、そういう意味でも傷害があるとかないとか、加害者だから被害者だからじゃなくて、誰でも「しまった」と思ったときにはサッと謝ったほうがいいとは思うんです。


そして、加害者が捕まってみたら、捕まった方はいわゆる知的障害者だったとか聞きますけど・・・初めからそういうことを想定できていた人は居たでしょうか。

ひょっとしたら相手が全盲だという判断ができてなかったり、衝突を回避する能力もなかったり、つまり加害者も街中において『全盲』だったとしたら・・・
『知的障害者が突然、駅で転ばされ怪我、加害者は立ち去る』とかのニュースで暫く後から『加害者は女性と判明、実は女性は反撃されて怪我の模様』さらに経って『女性は全盲で杖を突いていた』という報道の順序であったとしたら・・・
さらに、そのうえで性別と年齢が逆であったとしたら・・・

外野の人たちは同じ反応が出来るのだろうかと考えてしまいます。


加害者がいわゆる知的障害者だと聞いて「難しくなった」と言っている人もいますが、被害者が全盲と分かれば事件の見方が変わるとか、加害者がいわゆる知的障害と分かれば事件の見方が変わるとか、こんなのが当たり前にまかり通って良いのでしょうか。
もちろん、不自由のある方を思いやることは必要ですが、これでは思いやりが思いやりであるための前提が抜けてないでしょうか。

義足を隠している若者を怒鳴り散らして優先席から追いやろうとするジジババと同じように思えて仕方ないのです・・・その責任を問えるかどうかは別としてどんな人だって罪は同じ罪であって心配りは同じ心配りであるべきなんだと私は思うのですが。

いわゆる知的障害者の方もいわゆる身体障害者の方も社会の一員なわけですから。


当事者の方々の誰をも批判する文章ではありませんが、こういうところに書くことは関係者が読めば不快に思われるかも知れず、その点については申し訳ありません。
ただ、世の中には心配り次第で玉虫色に輝くような何事も白と黒にしようとする人が多くいて、玉虫色という色を見ても白と黒のどちらであるのか議論しているのが悲しいのです。
そして、白と黒の世界では玉虫色はいつまでも玉虫色になり得ないのが悔しいのです。

日本人はカテゴライズが好きです。
学歴だってジェンダーだって出身地だって家柄だって血液型や星座だってなんだってそう。
息苦しい、実に息苦しい。



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