とうとう東横線から8000系が引退するときが来てしまいました。
正式にはこちらの東京急行の発表をごらん頂きたいのですが、最後まで残った8017Fが退役し、8000系が東横線から消えるということです。
私達が中学に入学した2005年の5000系列増備は49両が発表され、そのうち9両は田玉線の5104Fのサハ事故廃車と6扉挿入に伴い捻出された1両を組み込んだ5107Fの製造に当てられることが明らかでしたから、当時の私の予想としては残り40両は東横線に5050系が8両×5本が導入されて狭義8000系が全面撤退するというものでした。
実際、既に運用離脱していた8007Fが突如伊豆急カラーで復活し、8039Fが無帯になって活躍し始め、8000系引退の雰囲気は充分に感じられました。
しかし、増備は先延ばしされ、既に置き換えられた身であった8007Fと、転属した8691Fに置き換えられた大井町線の8003Fがインドネシアに送られた以外の動きはありませんでした。
2006年には、田玉線に大きな動きがあり、8604F、8605F、8608F、8611Fが一気に引退し、特にスカート設置済みの8611Fの引退には衝撃的でした。
なぜなら、私はその編成の写真を撮ってさえいれば8500系全編成の写真を撮影したことになるからです。
一方、東横線では8000系引退の前に後輩の8590系が東横線を早々と去り、大井町線や田玉線へ移籍しました。
大井町線は8005Fの開扉事故に伴う予備車不足により8003F以来離脱車両の発生はありませんでした。
しかし、8590系のいなくなった東横線でチョッパ車の活躍は細々としたものになり、遂にダイヤ改正を待たずして8013F、8015Fが相次いで退役、それ以降3編成体制でラッシュ時の運用を専ら担当するようになりました。
そして、去年2007年は東急激動の年でした。
池多摩線の7000系や大線6000系が誕生、それに伴い遂にVVVF車の1000系までもが退役するなどがありました。
他にも田玉線の8500系が大きく減り、東武対応の8613Fが退役するなど、いろいろと動きはありましたが、8000系についても「さよなら運転第一弾」が実施されました。
それにより、夏には登場時の姿を保った8039Fが退役し、続いて新年を待たずして8019Fが最後のときを迎えました。
東横に最後に残った8017Fは当初完全な予備に回ると予想されたものの、日中優等運用もこなすなど、活躍は過去の勇姿を思い出させるものとなりました。
東横線を走り続けて39年、東横線に登場してから40年目、遂に「さよなら運転第二弾」を持って引退のときを迎えることになったわけです。
東横線からは全面撤退してもなお活躍し、「さよなら運転第三弾」としてラストを飾るのは大井町線に最後まで活躍した奇跡のトップナンバー8001Fでしょう。
8000系として1969年、アポロの陰で先進的な技術を持って一番最初にデビューしたトップナンバー8001Fは、200両程もあった仲間達の最期を看取って、登場から40年目に当たる今年2008年に東急線を去るという実に変わった運命をたどるわけです。
8001Fが残った時点で東急がこれを狙ったのだろうとは思いましたけど。
退役の日まで無事に活躍して欲しいものですね。
写真は東横線最後の8000系、8017Fが当時日中運用を行っていた際に撮影した写真。
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私達が中学に入学した2005年の5000系列増備は49両が発表され、そのうち9両は田玉線の5104Fのサハ事故廃車と6扉挿入に伴い捻出された1両を組み込んだ5107Fの製造に当てられることが明らかでしたから、当時の私の予想としては残り40両は東横線に5050系が8両×5本が導入されて狭義8000系が全面撤退するというものでした。
実際、既に運用離脱していた8007Fが突如伊豆急カラーで復活し、8039Fが無帯になって活躍し始め、8000系引退の雰囲気は充分に感じられました。
しかし、増備は先延ばしされ、既に置き換えられた身であった8007Fと、転属した8691Fに置き換えられた大井町線の8003Fがインドネシアに送られた以外の動きはありませんでした。
2006年には、田玉線に大きな動きがあり、8604F、8605F、8608F、8611Fが一気に引退し、特にスカート設置済みの8611Fの引退には衝撃的でした。
なぜなら、私はその編成の写真を撮ってさえいれば8500系全編成の写真を撮影したことになるからです。
一方、東横線では8000系引退の前に後輩の8590系が東横線を早々と去り、大井町線や田玉線へ移籍しました。
大井町線は8005Fの開扉事故に伴う予備車不足により8003F以来離脱車両の発生はありませんでした。
しかし、8590系のいなくなった東横線でチョッパ車の活躍は細々としたものになり、遂にダイヤ改正を待たずして8013F、8015Fが相次いで退役、それ以降3編成体制でラッシュ時の運用を専ら担当するようになりました。
そして、去年2007年は東急激動の年でした。
池多摩線の7000系や大線6000系が誕生、それに伴い遂にVVVF車の1000系までもが退役するなどがありました。
他にも田玉線の8500系が大きく減り、東武対応の8613Fが退役するなど、いろいろと動きはありましたが、8000系についても「さよなら運転第一弾」が実施されました。
それにより、夏には登場時の姿を保った8039Fが退役し、続いて新年を待たずして8019Fが最後のときを迎えました。
東横に最後に残った8017Fは当初完全な予備に回ると予想されたものの、日中優等運用もこなすなど、活躍は過去の勇姿を思い出させるものとなりました。
東横線を走り続けて39年、東横線に登場してから40年目、遂に「さよなら運転第二弾」を持って引退のときを迎えることになったわけです。
東横線からは全面撤退してもなお活躍し、「さよなら運転第三弾」としてラストを飾るのは大井町線に最後まで活躍した奇跡のトップナンバー8001Fでしょう。
8000系として1969年、アポロの陰で先進的な技術を持って一番最初にデビューしたトップナンバー8001Fは、200両程もあった仲間達の最期を看取って、登場から40年目に当たる今年2008年に東急線を去るという実に変わった運命をたどるわけです。
8001Fが残った時点で東急がこれを狙ったのだろうとは思いましたけど。
退役の日まで無事に活躍して欲しいものですね。
写真は東横線最後の8000系、8017Fが当時日中運用を行っていた際に撮影した写真。
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