新川崎の黒沢家訪問。2年ぶりだ。
中村流抜刀道、戸山流居合道八段の、黒沢丘吾氏。
2年前の五月、不思議なご縁で巡り会った。
彼はその時87歳であった。
駅まで車で迎えに来てくださり、
私の差し上げたCDをすぐにカーステレオでかけてくれた。
言葉少ななご老人、と思いきや、
瞳は輝き、何しろその佇まいが素晴らしかった。
一本筋の通った、そして重心が確実に丹田にある物腰。
周りの空気を清めるような、オーラがあった。
抜刀術、居合道といっても、私にはピンと来なかったが、
壁に掲げてある刀を見たとき、体にびびっと走るものがあった。
真剣による、まさに真剣勝負の世界だ。
静かな老人の後ろに、熱い炎のようなものが見える。
漠然とだけれど、底知れぬ魅力を感じて、
そのあとも逢いたい、逢いたいと思いながら月日が経った。
そして去年、彼は脳梗塞で倒れた。
今はリハビリをしながらご自宅で療養なさっている。
献身的な奥方の姿には、後光が射している。
愛し尽くすこと。そして笑顔。心が洗われるようだ。
無口な丘吾さんは、後遺症でさらに言葉が少ない。
けれど握手すると、その腕力のつよいこと。
再会第一声は、「お父さん残念だったな・・・」
不自由な滑舌で言葉をかけてくれた。
ご自身も生死をさまよったのに、
こわばった表情の中に優しさが溢れている。
退院までのリハビリは想像を絶する。努力の賜物。
黙々と武道の修行を積んで来た姿が重なる。
丘吾さん。なんと清々しい。
私は身を清められる思いで彼を見つめる。
ああ。私は平成の世に、武士に会えたのだ。
奥方お手製のご馳走に、目も心もお腹も大感激。
美味しい、美味しいと頂くけれど、丘吾さんは召し上がれない。
皆の話をじっと聴いている。やがて、
疲れたご様子に奥方が寝室へ車いすを押して行く。
ベッドに横たわる丘吾さん。けれど、
変わっていない。何も変わらない。
彼は一生武士なのだ。
側の壁の上の方に、刀が掛かっていた。
また体がびびっとした。懐かしいような、怖いような。
何度も、何度も、手を握った。
何度も、何度も、握り返してくれた。
そのお体がさらに回復なさいますよう。
お料理、心がこもってとても美味しゅうございました。
またたくまの、(なんと)7時間であった。
お二人の手はしっかり結ばれて。